そして黒い空は闇に沈む …7
既にそこそこ距離が離れているので音は聞こえないが、“クエレブレ”は背中に鎌を突き立て、引っ掛けている鈴をどうしても落としたいらしく、ねじりながら飛行したりともがいていた。
だが、引っ掛かり方からして“クエレブレ”がジェットコースターのように背面飛行でもしない限り、鈴が落ちることはないだろう。
「ッ!」
そう考えていたところで急に地面が揺れたため、思わず身をかがめる。注視すると、もがき続けている“クエレブレ”が右も左も分からないといった風に下の方のゴンドラ数個に激突するのが見えた。それほどの衝撃では無かったが、如何せんゴンドラは揺れるように出来ている。
「……行くか」
鈴の戦いが終わるまで見ていたかったが、いつまでものんびりしていては鈴が身の危険を冒してまで“クエレブレ”に挑んでいった意味が無くなってしまう。
立ち上がり、ちらりと下を確認する。すると、パニクっている(実際そんな感情機能があったかどうかは知らないが)“クエレブレ”が空中で縦に円を描くように一回転するのが見えた。
したがって、一瞬ではあるが“クエレブレ”は背中を下に向けることになる……!
思わず再び見入ってしまう。予想通り、鎌は“クエレブレ”の鱗を貫くまでには至っていなかったらしく、回転の途中に“クエレブレ”の背が下になった瞬間、鎌の刃が鱗から外れ、鈴の身体は自由落下を始めた。
鈴の口が何か動くのが見えた。何を言っているのかは知らないが、“クエレブレ”が上空を通り過ぎた瞬間、そのさらに上からこちらを見下ろす俺に気付いたらしい。何かしら催促することでも言っているのだろう。
だが鈴は自分の置かれた状況に意識を戻したらしく、姿勢を整えて大鎌を構えた。
背中の邪魔者が消えたことを認識した“クエレブレ”は今度はその邪魔者を片付けることにしたらしく、少し直進すると鈴のいる方へ方向転換する。鈴は今空中だ。もうとっかかりも無い。
再び喰らいつこうとしてきた“クエレブレ”を見て、鈴は右手で鎌を持ち、左手を腰に手を伸ばすとそこから一本のダガーナイフを取り出した。あの広場で“偽”を空中で磔にした物の内の一本を拾っていたのか。……だが、あのダガーナイフが出てきた空間の入口は、いやに“牢櫃神蔵”に似ていた。あの“偽”が自分で自分を刺したとは思えない。では、あのダガーナイフの投射は何者によるものなのだろうか。……“支配者”か?
恐らくそうだろう。だがこの違和感は何だ……?
まあ考えたところで仕方あるまい。
左手にダガーナイフを持った鈴は、そのナイフを突撃してくる“クエレブレ”の顔面に垂直に突き立てた。
一瞬、空気がぶれる。かなりの衝撃があったはずだ。
だが“クエレブレ”は慣性に従って(そもそも空中を羽根なしで移動する存在に慣性の法則が適用されるかは甚だ疑問ではあるが)、
鈴を押しながら進んでいく。
鈴は左手のナイフだけでそれを耐えていたが、数秒後。
あまりの威力に耐えられなくなった鈴の左腕が関節からあり得ない方向に曲がり、続いて“クエレブレ”の頭部が直撃し、鈴は体をくの字に折り曲げ、突進に巻き込まれた。