そして黒い空は闇に沈む …5
「どういうことだ?」
鈴が何に納得したのか俺には見当が付かなかった。虚空に放り投げた扉の落下途中に“クエレブレ”が喰らいついた。そこまではいい。
だが、それが何につながるんだ?
「簡単なことですよ。響輝さんが先ほどやったことと同じく、奴にこちらを攻撃せざるを得なくするんです」
鈴が説明口調になり話そうとするが、いまだに俺には何のことだか分からなかった。
「俺がさっきやったことだと……?」
俺がやったのは、“クエレブレ”をかく乱しながら上に登って行き、奴にこちらを止めさせること。だが、今の“クエレブレ”の行動に何の関係があると言うんだ。
「見たところ、あの“クエレブレ”はそれほど知能が高い部類の“恐鬼”ではないようです。おそらく、上に登ろうとする者を攻撃することと、観覧車に危害の出ず、かつ奴のリーチに敵が入ったら、襲いかかるようになっているのでしょう。それだけの本能をプログラムされたロボットのようなものと考えて貰えばいいです」
「お前……」
そこまで聞いて、俺にも鈴の言わんとすることが理解出来た。
「囮になるつもりか……?」
そう。観覧車から空中に飛び出した物に人、物構わず喰らいつく“クエレブレ”の性質を利用すれば、確かに一人が囮になることでもう一人を上に向かわせることが可能になる。
だがそれは大いに危険を伴う策だ。身投げするようなものである。
「はい。ですが、そんなことは百も承知です」
鈴はもうその策しかないと思っているようで、既に自分の服のベルトを締め直し、鎌を構え直している。
「止めろ。お前がここまで付いてきた意味が無くなるだろうが」
いきなり何を言い出すんだこいつは。奇策っていうのは身の危険も考慮に入れて行うものだ。ましてやそれが死や重傷に繋がるものならばなおさらだろう。
「意味ならありますよ。そもそも私は下の戦闘で入る隙がなかったからこちらのサポートに来ただけです。このような伏兵の出現があった時の保険だったんですよ。響輝さん、私達には時間がないんです。迷っている暇なんかないんですよ」
鈴が焦ったようにまくし立てる。
「だが……」
「じゃあ響輝さんには何か案があるんですか?」
鈴は反論を許さず、俺を丸めこんでいく。
「……無い、が」
「もはや一刻の猶予もありません。急いでください、響輝さん。振りかえらないで、駆けだしてください」
「お、おい、鈴……」
何だか鈴の様子がおかしい。焦り過ぎだ。……それとも、こいつには何か俺に見えない戦況の変化が見えたのだろうか。
「急いでッ! “鍵”の反応がおかしいんです。今すぐ行かないと間に合わない!」
しびれを切らしたかのように鈴が叫んだ。
“鍵”の反応がおかしい? どういう意味だ。
「そのままの意味です。それまで揺れたり安定したりといった反応だった“鍵”の存在が急に静まったんです。不気味なほどに。急いでください、響輝さん。ここは私に任せて。何か……、何か不味いことが起こっている気がするんです」
そう、少し落ち着きを取り戻した鈴が言った。
「……ああ。分かった」
勿論、鈴が飛び降りるような真似をしてまで囮をすることに賛成したわけではない。だが、この歴戦の猛者がここまで動揺するようなことが起こっているのだ。
一刻を争う時だというのなら、判断をすぐしなければならないこともある。
それに、ここでお別れと言う訳でもない。俺がそうさせない。ならば仲間を信じて背中を任せればいい。
それだけのことではないか。