そして黒い空は闇に沈む …2
鳴き声はない。ただ、風邪を切る音が夜闇に響く。
「ですが、奴も迂闊にこの大観覧車に攻撃をすることは出来ないはずです」
鈴が“クエレブレ”の動きを眼で追いながら言う。
「どうしてだ?」
「この観覧車のおそらく最上部には“鍵”が居るはずです」
成程。戌海の様な生身の人間がこの観覧車の最上部から落ちたりでもしたら間違いなく助からない。大観覧車を傷つけたくないなら、こいつは迂闊に俺達を攻撃できないわけか。
「竦みの状態です。どうしようもないですね」
確かにな。牽制のしあいと言うのもなかなか疲れるものだし、何を言ってもこちらが不利であることに変わりはない。
だが何度も考えた通り、こちらからしかけることは何も……。
「いや……あるぞ」
「? どうしました?」
鈴が問いかけてきた。俺は返事の代わりに空気を一息吸い込むと、
「行くぞ、走れッ!」
と声を張り上げ、俺は弾かれたバネの様に跳躍し、一つ先のゴンドラに飛びついた。
「ッ!? ちょ、響輝さん!」
驚いた鈴が急いで後に続く。鈴の早さならすぐに俺に追いつくだろう。
そう考え、俺はさらに速度を上げた。
点検用の金網で出来た通路を駆けあがり、大観覧車の骨組みを縦横無尽……は言い過ぎだが、とにかく俺の出せる最高速度と俊敏さで不規則に、だが確実に、上へ登っていく。
「……成程、そういう……ことですっ、かっ!」
すぐ後ろの骨組みに着地した鈴が息を荒げながら言った。
「私達が中腹に上がってから姿を現した“クエレブレ”。お互いに手の出せない竦みの状況。……つまり」
「ああ。よく考えればすぐに分かったことだ。“こいつ”の役目は確かに俺達を落とすか、殺すことだろう。だがそれは段階的には最後だ。……要するに、“支配者”がこの“クエレブレ”をこの高度に配置した理由は簡単。俺達をこの状況に縛り付けて足止めしたかったからだ」
俺達にとってここにきて未知の“恐鬼”と遭遇することはマイナスでしかない。迂闊に手を出せないという心理的な負担を与えて二重に足を止める方策だったのだろう。
「……まんまと相手の考えに嵌まるところでした。あのままだと何十分もあの状況のまま身動きが出来なかったでしょうから」
鈴が感心したように俺を見る。
「だが、俺達がこう行動することによって、俺達を“鍵”の元に送りたくない意志も反映している“クエレブレ”も動かなくてはならなくなるわけだ」
ただ大観覧車の周りを回るだけだった“クエレブレ”の旋回に乱れが起きているのが見えた。空を切る音が単調なものとは打って変わって、轟音の様な音に変わる。
「私達が動くことによって、相手も動かざるを得なくなる……」
「そうだ。そして、この竦みの状況で俺達の進行を阻害するためには……」
ひときわ音が近づくのが耳に聞こえ、俺は鈴の頭を押さえると、
「ひゃっ!」
同時に身を伏せた。