それが少女の存在理由 …12
高度が増すに連れて、眼科で繰り広げられる戦闘の音が小さくなっていき、代わりに肌寒い強風が身体を煽るようになってきた。
「うわっ!」
突然突風が身体を吹き付け、少しバランスが崩れる。
「大丈夫ですか、響輝さん!」
後ろからついてくる鈴もその脚力でどうにか踏ん張っているが、そろそろきつそうだ。寒さに負けないよう気持ちを切り替えて、次のゴンドラに手を伸ばす。こうなったらただ無心で登るしかないな。
『大』と名前に付くだけあって、この観覧車はかなり大きい。登っていく、というのは少々負け目の強い賭けだったが、強気に出たのが裏目に出たな。
「大丈夫……だ。お前もさっさとついてこないと置いて行くぞ!」
「言われるまでもないですよ!」
片膝をついて強風をやりすごしながら、背後で鈴が叫んだ。
実際は登り始めて十分足らずしか経っていなかったのだろうが、こちらの体感ではもうすでにかなりの時間が経っているように感じられた。思い込みとは恐ろしいものである。
ここまで無心に手に力を込め、足を踏ん張り、下を見ないようにバランスをとっていると頭がルーチンワークに麻痺してきたようで、俺は少々無駄な思考に身を投じてみることにした。
……それにしても何でこの街で突風や強風が起こるのだろうか。
一瞬、そんな疑問が脳裏をかすめて行く。……まあいいか。
そう思ったところで少し考え直し、身体を持ちあげ、ゴンドラの上に乗せる。
「……」
……いや、よく考えろ。“牢櫃神蔵”に囲われた街は、今も淀んだ赤黒い空と雲が上空に広がっている。
どうして物理的、かつ怪異的に街を四方から閉ざしているのにここでは強風なんかが吹いているんだ?
……おいおい、冗談だろ。
どう考えてもおかしい。風に飛ばされないよう足を踏ん張って上を見上げるが、見た限りでは雲に動きは見られなかった。
「……鈴!」
少し後方にいた鈴が強風を物ともせずスピードを上げてこちらに追いつく。
「どうしたんですか?」
まだここは大観覧車の中腹だ。怪訝そうに、すぐ後ろに来た鈴が問いかけてくる。
「何かがおかしいぞ。今この街でこんな強風や突風が吹くはずが無い」
鈴があっ、と言いたげな顔をした。驚くと同時に、流石、歴戦の勘が冴えたらしく鎌を持ち直し、辺りを見回す。
「……確かにあの“支配者”が何の仕掛けもせずに“鍵”を放置するとは思ってなかったが」
懐からベレッタを取り出し、弾をリロードした。
「流石にこんな展開は予想できないぞ……」
“何か”が大観覧車の周りを飛び回っていることに、今更気付く。
真っ暗な街の景色に時折見える飛行物体を確認すると、俺は鈴と背中合わせに立ち、暗闇に銃口を向けた。