それが少女の存在理由 …5
一瞬、空気が冷え渡る。
ほんの一瞬だが、確かに周りから音が消えた。
「……“支配者”がいた空間と私達の空間が繋がりました。これで奴も出てこざるを得ないはずです」
鈴はそう言うと、鎌の柄を逆手で握り、上空を見上げた。
別次元、もとい異空間を作り出す能力ともなればいくら異形の存在でもかなりの消費があるはずだ。それ故、“支配者”は“鍵”を取り込むために力を使う際、一時的にこの遊園地の“牢櫃神蔵”を解くのである。
……しかし、“支配者”が使う“光球”というものは非常に厄介な代物らしい。金属を高速回転させているものと鈴は言っていたが、それはつまり、ただ光っているだけではなく高熱を纏っているということでもある。
そして、俺自身、その残虐なまでの威力は目の当たりにしていた。
色々なことが起こり過ぎて時間の感覚が薄れてしまったが、半日程前に龍ヶ峰東高等学校に身を隠し、鈴と見張りをしていた時だっただろう。確か、俺が初めてベレッタを使って“恐鬼”を斃してすぐ後のことだ。
悲鳴を聞いて急いで階下へ駆け下りた俺と鈴は、既に“支配者”が去った後の教室を見て戦慄した。扉を開けると、教室は血の海となっていた。海、というと語弊があっただろうが、ともかく人間のパーツというパーツ全てをすり潰し、弾け飛ばしたような光景がそこには広がっていたのだ。
「そうです。本当なら掠るだけでも致命傷になりかねないそれを、奴は狭い室内で使ってその場に居た人全員を蹂躙しました」
何故あそこで“支配者”があの学校に現れたのかは分からないが、おかげで相手の力がどれほどのものなのかも理解出来た。一瞬のミスが死に繋がってしまう。奴との戦闘ではそう考えた方がいいだろう。
「しかし……」
鈴が上空を見つめたまま呟いた。
「……おかしいですね」
「どうかしたのか?」
何か問題でも起きたのだろうか。
“支配者”は何をしてくるかわからない。何か姑息な手を用意している可能性もあるのだから、既存の常識はかなぐり捨てて状況を理解しなければならないのだ。
「確かに上空に何か――“支配者”――がいるのですが、何故かこちらに降りて来な――――ッ!?」
急に鈴が顔色を変え、眼は上に向けたまま、横に居た俺に向かって叫んだ。
「下がってッ!! 今すぐ何かの陰に身を隠してください!」
「!?」
そう言うと、俺の返答も聞かず、鈴はすぐそばにあったレンガの壁のくぼみに俺ごと身を押し込んだ。
「どうした?」
一方の俺は事態が理解できていない。何が起こっているんだ?
「とにかく身を隠して! 当たったら終わりです!」
『当たったら?』
どういうことだ、と口を開こうとした瞬間、何かが耳を掠めて行く感触。
「ッ!?」
とっさに身体をくぼみの奥に押し込むと、数秒後に、レンガを抉り、生け垣を跳ね飛ばし、
大量の銃弾が壁や地面に直撃した。
「これは……」
壁や地面を抉り、反射して地面を転がっていく丸い物を見る。
……銃弾か? いや……。
「散弾……、まさか!?」
思わず隠れていた窪みから顔を出した。
「……先を越されていた。いえ、ずっとこの時を待っていたんですね……」
銃弾の雨に続いて地面に降り立った者を見て、俺の横から顔を出している鈴が憎々しげに呟く。
「“魔弾の狩り人”……浅滅燎次」
カーキ色のロングコートがわずかな風になびき、浅滅は一瞬顔をこちらに向けたが、すぐに自分の上空を見上げた。