それが少女の存在理由 …3
身体が熱い。
……いや、違うな。体温が上がっているんじゃない、頭が沸騰しているんだ。
激情のままに怒りをあらわにする自分を、思考の片隅で客観視する。
これが“怒り”か。なんだか懐かしい感情だな。
思えば、姉さんの葬式以来、俺は怒ることも泣く事もなかった。時折、夜に一人で拳を握りしめて何かに耐えていた時もあったが、あれは怒りなどではなく、ただの後悔だったに違いない。
「鈴、お前は俺に言ったことを忘れたのか? 自分のことを蔑ろにせず、皆で生き残ることを考えろと言ったのは誰だ!」
こうしてみると、本当に俺と鈴は似た者同士なのだと再認識してしまう。
どちらも本当は脆く、壊れやすい。それ故に、何かの支えが必要なのだ。
「自分が言ったことには責任を持てよ。お前が俺に言ったことをお前自身が出来ていないなくてどうする!?」
「でも……でもッ!」
そこで鈴が声を上げた。目じりに再び光るものが滲み始めているのが見える。
「……私はあなたとは違う!!」
「ッ!」
急に鈴が両手を握りしめながら叫んだ。思わず口から出ていた説教とも似ても似つかない言葉の羅列が制止されてしまう。
「私はあなたほど強くない! 大切な人の死を乗り越えて生きることなんて出来ない!!」
「……鈴」
涙を目の端に溜め、鈴はこちらを見た。
「復讐しかなかったんです! 生きる意味を見つけるにはそれしかなかったんです! でもどうです、私はそれすら“支配者”に、それこそ赤子の手をひねるように、あっさりと否定された!!」
鈴はそう言いながら、わからない、わからないとでも言いたげに髪を振り乱した。
「どうすればいいんですか! もう、もう耐えられない! 私は何のためにここにいるの!? どうして生き残ったの!? ……どうして……」
「……生きていなければならないんですか……」
「……」
怒りの様な、頑固な子供を見ていたような、そんな気持ちはとうに消え去っていた。
訴えるように言う鈴は、もう限界だったのだろう。俺がこうしてのうのうと……いや、言うほどのうのうもしていないが、何にせよ、俺の生きる姿を見て封じていた記憶と感情の整理がつかなくなったのだ。
「……自分の為だろ」
「……え?」
言葉に迷いはなかった。迷うことを、自分で制した。
「お前が生きるのはお前の為だ。何に阻まれようとも、何もかもが上手くいかなくても、いつだって人は自分の為に生きている。……どうしようもなくて、不条理で理不尽でいい加減な世界だ。法則も規則も俺からしたら頭がどうかしているんじゃないか、と思う」
「……」
鈴は目に涙をためたまま視線を逸らさない。
「“復讐”の為に生きてきたんだろ?」
「……そう、です」
「でも、お前は気付けたんだ。そのどこにもぶつけようのない、もどかしい感情は、その選択が間違っていることに自分がどこかで気付いていたから」
「……」
きっと、高峰緑は復讐なんて望んでいなかっただろう。
きっと、巽野茜は復讐なんて願っていなかっただろう。
「自分の行動を、永い生きた時間を否定したくなかったから、お前はそれを封じ込めたんだ。気付く事を恐れていたが故にな」
「……」
巽野響輝は隠された罪を暴かれることを一番恐れ、それ故“恐鬼”を恐れなかった。
祗園鈴は、自分自身が過ちに気付く事を一番恐れ、それ故“恐鬼”に負けなかった。
「……でも、それでも私は自分が間違っていたとは思いたくないんです。自分で自分を否定してしまえば、もう私には何も残らないから」
過ちに気付けなかった俺は、戻ることも出来ず、空虚となった日常を生きていた。
間違いに気付けた鈴は、どうするのだろうか。
「今まで生きた事を無意味にしたくないから、か?」
「……はい」
鈴は頷いた。束ねたポニーテールがさらりと揺れる。
「……別に、今からでも遅くはないだろ」
「……え?」
……何だろうか。ふと、心の中に居座っていた重くて辛い何かが軽くなるのを感じた。
「無意味じゃなかったさ。お前は戦った、戦ったからこそ気付けたんだろ」
「……でも」
「今更何を、って顔してるな。別に遅くはないだろ。今からでも人生を楽しめばいいじゃないか。誰にも、俺にもそれを止める権利はない」
「……でも、でも!」
きっと高峰緑は、鈴に“普通”に、自分の生きられなかった時間を楽しく生きてほしかったに違いない。
でも鈴はどうしても“支配者”を許すことが出来なかった。
自分が生きるはずだった青春も、何もかもを犠牲にして、彼女はいつ終わるともしれない戦いに身を投じたのだ。