それが少女の存在理由 …2
龍ヶ峰市。この街が“牢櫃神蔵”に囲まれてから数日しか経っていないというのに、ここまで色々なことが変わってしまうものなのだろうか。異常だから、というだけとは考え難い。
……いや、それほどの影響力はあるだろう。
こちらに顔を向けたままの鈴を見ながら、俺は思い直した。
人が死ぬ、それだけで十分だ。世界規模で見ればちっぽけなことでも、“恐鬼”に襲われた人の身近な人々にとって最低最悪な影響を与えることになる。
俺も鈴、戌海琴音、浅滅や五十嵐。この街で“支配者”の毒牙にかかった人々、皆が何かしらの影響を受けているに違いなかった。
「何だったんでしょう、私が生きたこの年月は。私の為に生きていたはずなのに。結局盤上で踊る駒に終わるしか、道はなかったのでしょうか」
鈴は先ほどと同じような事を繰り返して言った。
「……」
『そんなことはない、お前はお前の人生を選べばいい』と言いたかったが、その言葉はついぞ俺の口から出なかった。俺自身分かっていたからだ。俺にはそんなことを言う資格なんてない、と。
復讐を選んでもその人は報われないし喜んでもくれない、とは常套句だ。俺だって間違ったことなんだと知っている。
それでも復讐を選んだ俺には、鈴と同じ場所にいる俺には、慰め紛いのことをしても何の説得力も無いのだ。
「……ねえ、響輝さん」
でも。例えそうだとしても。
「……やっぱり、私は……」
俺には続きを止める権利など……。
「こんなに空しく生きるくらいなら……」
「……止めてくれ」
……ないのだ。誤った俺には、この鈴が言おうとしている言葉を遮ることなんて出来ない。してはいけない。間違っている。矛盾だ。
「きっと、あの日あの時に……」
「……止めろ、鈴……続きを言うな」
俺の口出しなど言語道断。このまま戦うかどうかなんて、鈴が決めること。彼女の問題だ。そこにすでに堕ちるところまで堕ちてしまっている俺が……。
「……何の抵抗もせずに、死んでしまえばよかった……ッ」
「お前……!」
鈴は微笑みながら……全てを絶望しているが故にやわらかな笑みを浮かべたまま、そう言った。
「――ッ鈴!!」
思わず身体が動いていた。気がついた時にはベンチから立ち上がり、真向かいに座っている鈴に向かって片手を振り上げていた。
「……!」
鈴の眼が少し、驚いたように見開かれた。叩かれると思ったのかもしれない。
「……言うなよ」
「……?」
俺の顔を見る鈴の表情が見る見るうちに変わっていくのが見えた。まるで、年相応の少女のように、鈴の顔は焦りと不安を浮かべていた。
それもそうだろう。
「そんな事、言ったら駄目だッ!!」
鈴の眼には、本気で怒っている俺の顔が映っていたのだから。




