それが少女の存在理由 …1
――――――――――――――――――――――――HIBIKI side
人生においての分岐点、すなわちクライシスというものは、どのタイミングで訪れるのか分からないものだ。ただし分岐点というだけあって、それが果たして良い方向へ動くものとは限らない。
祗園鈴の場合は、最も邪悪な形でその分岐点が訪れたのだ。そして、考えうる中で最も歪んだ方法で彼女は生きることを選んだ。
それが復讐である。
「……」
自らの過去を語り終えてから数分たっただろうか、まだ鈴は顔を上げない。俯いたその顔から表情は読み取れず、膝に落ちるしずくは止んだものの、肩はまだ震えたままだった。
「……」
どうすればいいのだろうか。ハーテッドが動いていればまだ助言を求められたが、いま奴は動けない。
鈴が話している間に寝てしまった梨菜はまだ目を覚まさず、ベンチに横になっている。
「……ねえ、響輝さん」
そのままずっと流れていくのだろうかと危惧した時間は、鈴の呟きによって破られた。
「……何だよ」
俺は人の慰め方は知らない。はっきりと慰められたことがないからだ。
いや、慰められるようなことはあった。あり過ぎるくらいにあったとも。だが姉さんとの一件以来、俺自身が人を遠ざけ、自分の中でそういう感情を処理してきたから、そもそも機会がなかったのである。
「私、どうしてここにいるんでしょうね。緑を助けることもできないままに」
「……」
鈴は自嘲気味に、表情を隠しながら上を仰いだ。しかし上空には太陽も月も無い、暗くて無機質な空が広がっているだけである。
「“支配者”の持つ“鍵”を奪うか、斃すか。それをしたところで、私がもう一度緑に会えるわけでもないのに……」
「……」
だが、復讐とはそういうものだ。無くしたものの為に怒る、その行為こそが復讐だろう。
「そうかもしれません。でも……」
そこで、鈴はようやく俺の方に顔を向けた。
「……何ででしょう。あの時のことを思い出したら、無性に虚しくなっちゃって……。おかしいですね、ずっと、復讐の為に戦ってきたのに……」
「……」
そう言う鈴の顔はこれまでにないくらいに、哀しげで、儚げだった。涙はもう浮かんでいない。だが、そう言いながら少し微笑んでみせる鈴は、どうしようもなく、本当にどうしようもなく……。
「……響輝さんを見ていると、やっぱり間違っていたんじゃないかと思います」
「……何がだよ」
「“復讐”です。今の響輝さんを見ていると、私が復讐をやり遂げた後に待っているものが見えるようで怖いんです」
……それ、俺が悪い例ってことだよな。まあ、否定はしないが。
「やっぱり、駄目だったんですかね。私は結局、過去の因果に囚われて、“支配者”にもいいように躍らされるだけで」
そう、視線を逸らさずに鈴は言う。何となく、鈴が続ける言葉が分かってしまい、俺は膝の上で拳を握った。