かつての少女とある少年 …17
「緑! みど……ぐッ……」
おぼつかない足取りで前に進もうとしましたが、途端に腹部に激痛が走り、私は片膝をついて地面に崩れ落ちました。
「この“鍵”……。取り込むのも危険なものなのかもしれないが、背に腹は代えられん」
そう言いながら、緑の前に歩いてきた“支配者”は片手を緑の方に向かって伸ばしました。
「ぐうっ……く……そぉ……」
私は立ち上がることもできず、うめき声を上げることしかできません。
そんな私には目もくれず――きっと余裕が無くて焦っていたのでしょう――“支配者”はその腕で緑の腹部に触れました。それと同時にその接触面が不気味に光り、“支配者”の腕がまるで緑の身体をすり抜けるようにその中に差し込まれました。
「……」
自分の無力さに破壊的な衝動を覚えましたが、その時の私では自分を叱咤することも叶わなかったのです。
「これが、今回の“鍵”か……ふっ、手に入ってしまえば怖くなどない」
しばらくして、“支配者”が緑の腹部から手を引き抜くと、その手には黒い霧を纏い、黒い光を放つ手のひらに乗る程度の大きさの“球”が握られていました。
途端に、中に浮いていた緑の身体が急に力を失ったかのように地面に落ち、そのまま倒れ伏します。
「緑ッ!!」
ようやく動くようになった足を奮い立たせ、私は倒れている緑の元へ駆けよりました。まだ身体のいたるところが痛みましたが、もうそんなことを考えている余裕はなかったのです。
「緑ッ! 起きて、返事をして!!」
必死に肩を揺らし、呼びかけるも緑の身体はまるで人形のように力を持たず、四肢はだらりと垂れ下がったままでした。
「無駄だ。宿った“鍵”と宿主は我々のような存在が無理やり干渉しない限り離れることはない。そして、もし離された場合は二度と再び宿り直すことはなく、人間の方は死亡するのだ」
すでにかなり離れた場所に移動していた“支配者”が地の底から響くような声で言いました。
「死亡……死ぬ……?」
では、緑はもう……。
すぐに緑の胸に耳を近づけるも、そこからはおよそ命の鼓動と呼べるものは何も聞こえてきませんでした。
「ッ!!」
振り返りざま、激情のままに刀を一振り“支配者”に投擲します。
「ふっ」
見てから回避余裕、とでも言いたげに一歩“支配者”が距離をとると、刀は空を切って視界の端の林に消えて行きました。
「回収も終了した。もうこの村に用は無い。全く、珍品を見つけただけで何の面白味も無い“盤上”だったな」
そう言うと、“支配者”は身を返そうとします。
「……今、何て言いました?」
自然と口が開いていました。
「……」
こちらに背を向きかけていた“支配者”は足を止めると、さも面白そうな表情を浮かべて顔をこちらに向けました。
「何の面白味も無い……ですって?」
「ああ、そう言った」
その余裕ぶった口ぶりと興味無さげな態度に、もう正常な思考ができませんでした。
「この……外道がぁぁ―――ッ!!」
緑の遺体を地面に寝かせてくくりつけていた武器の大半を振り払うと、私は背中から身の丈ほどもある長さの大鎌を抜き、“支配者”の方に向かって駆けだしました。
「無駄だ。もう私はここに興味がないのだよ」
全力で距離を詰め、“支配者”の背中に向かって鎌を振り下ろしましたが、鎌の刃は空を切るに留まり、もうそこに“支配者”の姿はありませんでした。
「……どこにッ……」
辺りを見回してもその姿をとらえることは出来ません。
「私が憎いか? 鎌の少女よ。そうだろう、そうだろうとも。私を斃したければ、生きることだ。貴様は私を楽しませてくれそうだ」
どこからともなく、さらにエコーがかかった“支配者”の声が響き渡りました。
「ふざけるな。……絶対に許さない、許すものか……!」
逃げられた。悔しさに目に涙が浮かび、私は握りこぶしを地面にたたきつけます。
絶望。悔しさ。言葉に出来ないほどの感情に身を震わせ、私は声にならない叫びをあげながら、空を仰ぎました。
「私を追ってこい、鎌の少女よ。貴様とはいい“盤上”ができそうだ。せいぜい、憎み続けるといい……」
それっきり、“支配者”の声はしなくなり、村中を包んでいた邪悪な気配も消え去りました。
地平線から浮かび上がる太陽。その刺すような眩しい陽の光が、寺の境内を照らします。
私は涙をぬぐうと、その場から立ちあがりました。
……もう何の音もしない。誰もいない。
「それでも……」
奪われた親友の寝顔を見る。もう起きることのない、安らかな寝顔。
「必ず、絶対に……ッ!!」
心に灯る、静かな焔。
『復讐』という焔は、いつまでも私の心に燃え続けていました――――――――――」
――――――――――――――――――――HIBIKI side
「それが、お前の原点……」
「……はい」
鈴は、顔を上げない。
なんだか“説明者”の異名をとりそうな“支配者”氏。
次から新章です。




