されど変化は訪れる …5
「でも、街の人たちはどうして気がつかないの?」
これはずっと疑問だった。なぜ、自分や大柴君だけが気付いているのか。
大柴は少し俯き加減に言った。
「多分だが、操作しているんだ、心を」
「心を……操作……」
「何かを“視た”り、異変を“感じた”りっていうことを出来ないようにしてるんだ。だから、麻酔薬みたいに感覚がしびれて、無気力になっていく」
……だけど、それは私たちが文字印を見える理由にはならない。
「……それは、わからない。奴らが完全じゃないだけかもしれないし、俺たちだけ体質とかがちがうのかもしれない。後、重要なことがもう一つある」
大柴君が少し語気を強めて話す。
「……絶対に街から逃げ出そうなんて思うなよ」
……“街から逃げるな”?
「どういうこと?」
「……無駄、なんだ」
無駄……。もう街から出られないということだろうか。
「いや、そうじゃない。街から出ることは可能だ。でも、一歩外に出たら最後、記憶を消されるんだ」
大柴がお茶を一杯飲む。私は黙って続きを待つ。
「うちの学校の教師に英語科の有本がいるだろ?」
有本先生。文系のくせにがっしりした体格の英語教師だ。
「あいつ、市街から通っているけど、先週、急に休職届をを出して帰っちまったんだ。でも、次の日になったら、何も無かったかのような顔して、学校に来てる……」
大柴は優等生だが、このように先生に対しても敬語を使わないという欠点がある。
「俺、休職届を出した日にあいつ本人に訊いたんだ。クラスメイトの一人が来なくなったんで、そいつの家に行ったって。でも、有本はその三十分後くらいに、顔面蒼白になって帰ってきた」
「先生は……何か見たの?」
「多分、だけどな。一度この街の外に出たら、記憶をリセットされちまうんだ。“視る”ことのできる人間が奴らを見てしまって、助けを求めて外へ出ようとしても、街を出ると、何が理由で街を出たのか忘れてしまう。有本がその日からいつもと変わらない表情で学校に来ているってことは、“視る”こともできなくなってしまうんだろうな。」
「電話とか、メールは外に通じるの?」
大柴は少しだけ黙り、うつむいた。
無理……ということらしい。
「…………」
「たとえ街を出ても、奴らにとって不都合な記憶を消される。そして何も知らない状態になって、戻ってくる。俺たちの気付かない間に、この街は完全に制圧されているんだ。あの文字は何かの印だろうさ」
「でも、その……大柴君の見た黒い……ローブを羽負った骨は、その生徒を引きずってたんだよね?普通は見えないのに、何かに触れることはできるのかな……」
大柴君は少しだけ考えて、
「……これも多分だけど、奴らは獲物を狩る時だけ、実体になるんだ。物理的に接触して、そいつの負の感情を吸い取り、ついでに身体も壊すんだ」
と言った。優等生は頭の出来が違うんだな……。
認めずにうじうじしてた私と違って、よく考えてるなあ……。