かつての少女とある少年 …13
―――――――――――――――――――――RIN side
「これ……は……?」
父が投げたものを拾い上げ、手を広げるとそこには、一つの古びた大きな鍵が光っていました。
「寺の……倉庫の鍵だ……。そこに、逃げなさ……い」
血を吐き出しながら言う父を前に、私の足は全く動きませんでした。あまりの恐怖で身体は硬直し、思考は逃げることよりも混乱の極みであったと思います。
「早く……行くんだ。鈴、すまないな、こんな父親で。……だが、今は……逃げるんだ。すぐに……。……早く逃げないと……」
そこまで言ったところで、父の言葉は途切れました。
「つまらんな。盤上に余計なものは必要ない」
「ぁ……あ……」
……否、父は、父の頭は、再び男の手の先から放たれた“光球”によって……そう、まるで風船がはじけたかのように、砕け散ったのです。
「脆い、実に脆いな、人間と言うモノは。かくある私も以前はそうだったわけだが……ふ、忌々しい」
「ぅぁ……あ……うああぁぁぁぁああああぁあああああああああああ!!」
恐怖。絶望。
男の声などもう耳に入らず、私の口からは息の続く限りの絶叫が溢れだしました。
――どうして、なんで!? 何でお父さんが死なないといけない!?
頭の中で世の不条理に対する欺瞞が駆けずり回り、しだいに心の中に“虚”が積っていきました。
いくつもの言葉と怒りと恐怖と、ありとあらゆる負の感情が体中を蝕み、頭を押さえてその場にうずくまっていた私は、しばらくして――――ふと、立ちあがりました。
奇妙な感覚でした。何かに対して怒ったあとの喪失感、あれに似ていますかね。
心には何も残らず、ただただ“虚”のみがありました。
異常なまでに冷静になった脳味噌が、棒立ちになっていた足に、走るよう信号を送ります。
「……ッ」
倉庫といったら大抵は裏の方にあるものです。冷静な頭でそう考え、私は一目散に寺の本殿の裏へと走り出しました。
男は追ってきません。……あの時、緑をその場に置いてきたことに関しては今になっても悔やみきれません。それほどまでに私は目の前でお父さんを殺され、心の何かが振りきれた状態になっていたのです。