かつての少女とある少年 …12
――――――――――――――――――――RIN side
「人ではない? 物の怪だとでもいうのか?」
父が一歩踏み出し、ローブの男に向かって叫びました。
「物の怪、か。呼び名がいくつもあるというのは面倒なものだな」
男は蚊でも払うようなしぐさで首を竦めると、掴んでいた緑を自らの後方へと投げ飛ばし、その緑はか細い声を上げて石の敷かれた地面に転がりました。
「貴様は駒ではないな。ただの人間に私を止めることなど出来んよ」
「何を……!」
父はなおも怒りをあらわにし、男の方へ歩もうとします。
「お父さん! 駄目!」
ローブの男の纏う異様な空気に厭な予感を覚えた私は、父を必死に呼びとめました。しかし、父は止まりませんでした。
「村の人々が襲われているこの状況は何だ!? お前の仕業なのか!」
「……そうだな。私のやったことだ。だが、それを知ったところで……貴様に何ができる?」
男は片手をこちらに向けました。ローブの端から除く手は骨ばっていて、人とは何か違うものを感じさせます。
「村の敵を取るまでだ!」
「お父さん、駄目!」
父は片手を向ける男に向かって走り出しました。怒りに乗って、殴りかかろうとしていたのかもしれません。
……でも、父は、“それ”の前に人間はあまりにも無力でした。
「……焼け、“光球”」
そう男が呟くと同時に、男の手の先から何か眩い光が放たれ、
「やめてええええええ!!」
その言葉に危機を察知した私は父の背に向かって叫びましたが……。
……もうその時には、手遅れでした。
「うッ……」
父が急にその場で立ち止まり、震える自分の身体を見下ろしました。
「なッ!?」
驚愕の声と共に、父の口の端から一筋の赤い線が垂れました。
父が驚いたのは無理もありません。一瞬の間に、父の身体には大きな風穴が空いていたのですから。
父には、男の手の先が光っただけに見えたでしょう。
でも、その後方に居た私には何が起こったのかが見えていました。
男がにやりと嗤った瞬間、その手から手のひらサイズの光る弾が射出されたんです。真正面にいたのでは見えないでしょう。それほどまでに、その攻撃は速く、そして残酷でした。
「一体……何が……うぐっ!」
両膝をついた父がは信じられないといった様子で自分の体を見下ろしていました。
「お父さん‼」
思わず私は叫びました。悲しみよりも、怒りよりもまず、ただただ心に染み渡る“恐怖”が感情を支配していたのです。
「鈴……どうやら、私は……ゔぅッ……もう、駄目らしい……」
父はゆっくりとこちらを振り向くと、その顔に哀しそうな表情を浮かべ、歪に微笑みました。娘に心配をかけたくなかったのでしょう。
「逃げても……どこへ……、そう……だ」
父は痙攣する腕で懐から何かを取り出すと、こちらに投げかけました。
黒ローブの男はその様子を面白そうに眺めています。
――――――――――――――Re:Once HIBIKI side
「もういい、止めろ、鈴」
鈴はその華奢な身を震わせ、語り続ける。なぜそんなにしてまで自分の過去を語ろうとするのか。
「……」
鈴は無言で俺の言葉を制すると、話の続きを語り始めた。
……その膝にいくつもの雫を落としながら。