かつての少女とある少年 …9
――――――――――――――――――――――――HIBIKI side
「……響輝さん」
大観覧車前広場にある細い通路。それを挟んで真向かいのベンチに座っている鈴が、ふとこちらに声をかけた。
「……何だ」
もうじき“恐鬼”どもとの戦いが再開される。この大きな広場の周りを、近づきすぎず、離れすぎない距離でいくつもの濃い霧が囲い始めていた。
「すこし、昔話をしてもいいですか?」
「……?」
鈴は視線を下に向けつつ鎌の手入れをしている。何か切羽詰まったような、真摯な表情ではない。
余興ということか。俺は黙って続きを促した。
梨菜は鈴の隣でこっくりこっくりと船をこいでいた。幼い子供にはこの状況は厳しいものがあるのだろう。
「……あるところに、一つ、人里離れた村があったんです」
鈴は表情を変えず、むしろ何かを懐かしむように話し出した。
「そこの村長の家には、一人の箱入り娘がいたんです。家の敷地から出されず、生まれた時からずっと屋敷の庭と空しか見て来れなかった、哀れな少女です。
ある日、その少女が屋敷の庭で毬をついて遊んでいると、誰かの気配を感じ取ったんです。家のモノではない、だれかの。……少女は好奇心に誘われるまま、敷地の外れに来ました。そこで少女は、一人の女の子が座りこんで泣いているのを見つけたのです」
そこで鈴は一息ついた。
「その子が、高峰緑だった……」
ということなのだろう。身の上話ということか?
鈴は答えずに、続きを話し始めた。
「家の中から出たことの無かった少女は、すぐにその子と仲良くなりました。そして、その子が迷い込んできた敷地の隙間を通じて、外の世界のことも色々学んだんです。仮にも明治時代です、いくら昔のことと言えど、少女のいた村は古式的すぎたんですよ。
その交流は運よく、本当に運よく、二年近く続きました。もう二人は唯一無二の親友と言っても過言ではありません。そして、少女が十四歳の誕生日を迎える前日……」
鈴が一息つき、うつらうつらとしている梨菜を見て、少し顔をほころばせる。かつての自分に重ねているのか、昔の記憶をたどっているのだろうか。
「確か、十一月の十九日でしたか。その日は決まって訪れるその子――高峰緑――が待ち合わせた場所に来なかったんです。不審に思いつつも、都合が悪い時は今までもありましたから、少女は気にしていませんでした。……その日の夜、屋敷の一角で悲鳴が上がりました」
それまで古き良き日々に浸っていた鈴が、急に緊張感を漂わせて話し始めた。その唐突な陰りに、思わず話にのめり込んでしまう。
その表情も先ほどとは異なり、鈴の視線はここにはいない怨敵を捉え、眼にはあからさまな敵意が燃えていた。