かつての少女とある少年 …8
「私が……“支配者”に抵抗するっていうこと?」
「その通り」
それのどこが問題なのだろうか。私なんかが抗ったところで、“支配者”に傷一つつけることなどできるわけないのに。
「いやいや、それが勘違いなんだよお嬢ちゃん。わかるかい? 今君は自由に空中に居る。つまり、“支配者”やオイラと同等の地にいるわけだよ。まあ、念じて壊すだけじゃ、確かに“支配者”には勝てないだろうけどね」
「じゃあ……」
同じ事ではないか。“鍵”の力か何かは知らないけれど、私がこんなことをできたところで、現状には何の変化もない。
「だーかーら、その『変化』を今から起こすんじゃないか。……ちょっと我慢しなよ」
そう言うと、“黒帽子”は一瞬で距離を詰め、私の額をデコピンではじいた。
「いたっ!」
途端に、頭の中に何かが流れ込んだような感触が私の全身を襲った。異物が自分の脳内に流れ込んでくる感触。厭……というよりも、奇妙な感覚だった。
「今、オイラが何をしたかわかるかい?」
朦朧とする頭を押さえながら、首を横に振って否定する。
「じゃあ教えてあげよう。……たった今、君は“支配者”と同じ能力を手に入れたのさ」
「え……?」
何を言っているのか一瞬分からず、思わず訊き返した。
「わかってないみたいだね。じゃあ、分かりやすく言おう。例えば、君の中にあるチカラの容量が……そうだな、USBメモリーに例えて2Gあったとしよう。でも、君の固有の能力“琴瑟調和”で消費するチカラの量が1G程度だったとすれば、残りはどうなると思う?」
突然何を言い出すのだろうか。
USBメモリーは情報の授業で使っていたから機械音痴の私でも少しは分かる。でも、その話が私にどう関係するのだろうか……。
「残りは君の“鍵”に残存するのさ。確かに“琴瑟調和”自体はさほど強い効果のある能力とは言えない
だろう。でも、何故か君の中にはそれに有り余るほどの“チカラ”が保有されている」
またも白い手袋が中でくるくると回る。癖なのだろうか。
「“支配者”は君の“琴瑟調和”のことなんてどうでもいいのさ。奴が必要としているのは、君の中にあるチカラの源流そのもの。使いようによっては、化け物なんてレベルの話では無くなるほどの力を……ね」
何が面白いのか、“黒帽子”はまたシルクハットを揺らした。
私が、化け物……?
「まあ、そういうわけじゃないけれど。そうなり得るってことさ。それで、今オイラはその君の余った源流に一つ力を分けてあげたわけだよ」
「なッ……!?」
私に力を分けた!? いったい何の為に……。
「あなた達と同じ、怪物の力なんかいらない……」
そんなことをして何になるのか。元より、私に戦うつもりなんか無いというのに。
「おいおい、冗談はよしてくれよお嬢ちゃん。せっかく“光球”を君にあげたっていうのにさぁ……」
“黒帽子”の顔にあたる仮面が俯く。
「オイラの盤上に逆らうっていうのなら、オイラも怒りざるを得ないなあ――――」
その言葉を言い終わるやいなや、“黒帽子”はぐいっとその仮面を降りあおいだ。
「ッ……!」
背筋に寒気が走る。
今まで浮かんでいた笑みの表情は消え、その仮面には怒り狂った般若にも似た、悪鬼羅刹とも言うべき表情が刻まれていた。