かつての少女とある少年 …5
――――――――――――――――――――――KOTONE side
「ん……」
いつの間に眠ってしまっていたのだろう、ふと気がつくと、自分が眠っていたことを思い出すとともに、それと同時に意識が起きていく。
「あ……れ……?」
しばし沈黙し、思い出す。やはりここは大観覧車のゴンドラの中だ。外は相変らす赤黒い空と、ほとんど明かりの残っていない街の影。
見渡すも、“支配者”や“黒帽子”の姿は見えない。
この街に異変が起きてからもう数日経ったのだ。外の様子は分からないが、あの得体のしれない黒帽子の話を信じると、この街には今も常識の範疇を越えた化け物……“恐鬼”が徘徊しているのだという。
幸い、このゴンドラが狙われている様子はないが、そもそもこの観覧車は動いていないのだ。その“恐鬼”が地面を動くものなら、ここまでは来れないことになる。
そこまで考えた時だった。
「さあ、“鍵”戌海琴音よ、時間だ」
「ッ!!」
地の底から響いてくるような声。顔を上げると、真っ黒なローブを纏った男……“支配者”がゴンドラの中に立っていた。
「時間って……」
「そうだ。もうじき盤上は終焉の時を迎える。その前にお前を……お前の“鍵”を喰らわねばならない」
“支配者”が余裕の表情を浮かべ、風もないのにローブがはためく。
「私を喰らうって……まさか!」
「そうだ。既に勝負は決した。奴らは遅かったのだ」
「浅滅さんが……負けた?」
まさか。あの不死身のような肉体と驚異的な戦闘能力を持った“狩り人”である浅滅燎次が、負けたとでもいうのか。
そんな馬鹿な。
「結局、あいつでは私を止めることはできなかったということだ。ふはは、いくら“狩り人”と言えど所詮はただの人間。永い戦いの中でやつは衰え、すでに限界のはずだ」
“支配者”が一歩近づく。私は狭いゴンドラの中を後ずさった。
「では、同胞よ。私のものとな……」
距離を詰められ、今にも首筋を掴まれようかというところまで“支配者”が近づいたが、その言葉は最後まで言い終えられなかった。
「……」
不思議に思い、瞑っていた目を片方開ける。
「ッ……どういうことだ! 何故あいつがここにいる!? くッ……ひとまず置いておくか。“鍵”よ、私はすぐに戻る。無駄なあがきはしないことだ」
そうとだけ言うと、次の瞬きの後には、“支配者”の姿は消え、すでにどこにもなかった。
「……」
しばらく時間が経ち、再び膝を抱いたまま座りこむ。
浅滅さんが、負けた……。人と異形との戦いで、人間が負けた。その事実は、戦いの場にいなかった私にさえ深く突き刺さる。
だが附に落ちないこともある。時間に間に合わなかったというのはどういう意味なのか。文字通りなにかに間に合わなかったのか、それとも私の気持ちをかき乱すための嘘か、だ。
「それは嘘だね。ああ、絶対に嘘だとも」
「ッな!?」
今度ははっきりとした、むしろ拍子の外れた高い声が頭に響いた。
とっさに振り向くと、今度も黒。
あの時出遭った“黒帽子”が、ゴンドラの外の虚空から姿を現すのが見えた。