かつての少女とある少年 …3
霧に飛び込むたび、様々な姿の“恐鬼”との戦闘を強いられる。
蟲も爬虫類も人型もなんでもござれだ。飛びぬけて戦闘能力が高い奴がいないのが幸いである。
だが、こいつらは全て誰かしらの恐怖から生み出されたものなのだ。こうも立て続けにこんな連中を見ていると、結構くるものがある。その一方で、鈴はそんなことなど感じていないらしく、流れるような動作で襲いかかってくる“恐鬼”を両断していく。もう鎌の扱いが上手いとかいうレベルじゃねえぞそれ。関節どうなってんだ。
俺は梨菜を庇いつつ、防衛戦を行う。これは俺の提案で、鈴がその戦闘能力を余すことなく発揮するための負担を減らそうと考えた末のものである。鈴は少し心配げな顔をしたが、一応といった様子で了承してくれた。
―――――――――――――――――――ロストランド・大観覧車前。
「……ッ」
大観覧車の前には、おそらく普段は売店などが並んでいたであろう地面がレンガで作られている広場があった。だが、そこにあるべき人はいない。
代わりに、この街のどの場所よりも重い空気が漂っていた。
頭の中に何かが入り込んだかのような厭な感覚が脳を支配する。
「クソっ……」
だが、ようやくここまで来たのだ。
「……“支配者”!! どこにいる!」
「いませんよ、ここには」
憤りのままに叫んだが、鈴があっさりとそれを制した。
「前に言ったでしょう。今戌海琴音は“牢櫃神蔵”の中にいます。この場所でありながら、別の次元にいるんです」
「……じゃあ、どうすればいいんだ?」
自分のフィールドに引きこもっている奴をどう倒せと言うのか。引き出す方法でもあるのか?
「いえ。ただ、“支配者”がこの街を囲っている以上、鍵を取り込む時だけはこの次元、この街にいなければならないんです。そうでなければ、宿主が力を抜いたこの街が元の世界に戻り、時間錯誤が成立しなくなりますから」
……何だかよくわからないが、“支配者”が鍵を取り込むのにはそれだけ力がいるってことか。
「そうです。ここまで来れば、こちらにとってはただの消耗戦。ここに集まる全ての“恐鬼”を斃し、“支配者”が現れたらそれも斃す。それだけです。ただ……」
そこで少し口ごもり、鈴はこちらをちらりと見た。
俺は梨菜を庇う体勢のまま、続きを促す。
「“偽”の例がある以上、想定外なことが起こる可能性も捨てられません。私としたことが、失念していました。“恐鬼”は未だに、私たちにとって未知の存在であり、恐怖の対象であることを」
“偽”……か。だが鈴、それはあまり心配しない方がいいかもしれないと俺は思うぞ。
奴は“恐鬼”の本来の性質を残し、俺が一番大切に思っていた人の姿をとった。
クローンの原理と似ているか……いや若干違うな。奴は俺の記憶の中から姉さんの声、仕草、性格の何から何までを引き摺り出し自分を模っていた。外見だけは今の暴走した“恐鬼”の性質に従って戌海のものを使い、俺を惑わした。
『鍵、戌海琴音に自分の罪を知られること。それが今の響輝君が一番恐れていることだもの』
“偽”が言っていた言葉が思い出され、俺は再び自分に問いた。
……俺は戌海を裏切る行為をした。それなのに、のうのうと顔を合わすことができるのか……。
答えは、出ない。