かつての少女とある少年 …2
「本当、お父様ったらどこにいるの。約束したのに……」
梨菜が走りながら不服そうな顔をする。
「ああ、約束を守らないなんて、悪いお父さんだな」
同調せざるをえない。今こいつがヒステリックになってしまったら動くのが非常に面倒になるのだ。ばっさり切り捨てるわけではないが、仮に梨菜の父がここにいても、おそらく生きてはいないだろう。よほどのことがない限り、ここで“恐鬼”を斃しつつ生きるのは難しい。
本当に子供は苦手だ……。
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ここで少し前の話をしよう。
一時間ほど前のことである。
「“鍵”の位置は大体把握できています」
缶詰タイムの間に突然、鈴はそう言った。
「“逸れ者”や“狩り人”の特性……だったか」
「はい。戌海琴音は今、このロストランドの一番の目玉である「大観覧車」のゴンドラにいます」
ずいぶん正確だな。まあそれに越したことはないが。
しかし、可笑しな話だ。“恐鬼”が暴走したものであるということを知る側の人間である俺達は世界の法則からすると邪魔な存在のはず。なのに、こちらにとって有利になりえる効果が人間側にもある。
「そうですね。こうなるともう、どこかの哲学者が言っていた『偶然は必然で、この世界に必要ないものなど存在しない』みたいな言葉の方が信憑性があります」
必要なもの……。俺が生まれたことに意味があるのなら、それはなんだろうか。
この“街”に来て、戌海を奪還し戦うことか?
……いや。そうではないだろう。決まっているはずがない。
なぜなら、俺自身が世界にとってイレギュラーな駒だからだ。おそらくではあるが、俺は本来、この街に来て何も知らないまま暮らし、いつの間にか追いつめられて死ぬ運命にあったように思う。俺の性格を考えればそうなっただろう。
だが、そうはならず、俺は今だ、守るために生き続けている。
「……そういえば、響輝さん」
「どうした?」
「あの……、その腰の端末、最近全然喋りませんけど、壊れたんですか?」
鈴は俺の腰の方に目線を向けたまま、こちらに語りかけた。
「ああ、ハーテッドは今機能停止状態だ。“偽”の“牢櫃神蔵”に転移した時に磁場とGPSがおかしくなっちまったみたいで。まあメモリーカードが生きてるから、媒体さえあれば復帰させられるんだが……」
改めて考えてみると、こいつがしゃべらないだけで俺の中での安心感は若干低下するな。地図が使えないのは痛いが、ハーテッドに無理は言えない。
「まあ、後は観覧車を目指すだけですし、すべてを終わらせてから考えましょう。支えが無くても、戦うしかありませんからね」
そう言うと、鈴は食べ終えた空き缶を部屋の隅にあるごみ箱に放り投げた。
乾いた音を立て、ごみ箱の縁に当たった空き缶はそのまま地面に落ち、そのままからからと床を転がっていった。