そして盤上は動き出す …6
「鈴、お前は強いか?」
「はい……?」
しばしの間が空き、鈴がわけが分からないと言った様子で返事を返した。
「自分で自分が強いと思っているか、と聞いているんだ」
「はあ……自分が強いか、ですか……」
鈴が怪訝そうな顔を浮かべる。
「……強い、とは思います。それでなければいままでに死ぬような場面は何度もありました。それでも今私が今生きているのは、やはり“支配者”を斃すためにこの鎌の使い方を学んだからだと思います」
大真面目に自慢させないでください、と鈴が続けた。
「“支配者”に復讐するため……」
「そうです」
憎き宿敵に復讐の鉄槌を。そう考え、そのために生きている祗園鈴。
だが時々思う。
彼女が復讐を果たして何らかの決着がついたとして、そのあと鈴はどうするのか。
俺の経験から言わせてもらえば、復讐の後には何も残らない。前にも述べたことはあっただろうか、心の中の復讐の焔が消え、その部分にぽっかりと穴が空いてしまうのだ。
「復讐を果たして“支配者”を斃した後、お前はどうするんだ?」
「え……?」
訊かなくては何かが収まらなかった。今訊いておかないと、もう鈴とゆっくり話す機会も無くなってしまうかもしれない。
「そのあと……ですか? そんなこと、今の響輝さんを見れば分かると思いますけれど」
「今の俺?」
「そうです。復讐を果たして抜け殻みたいになっても、響輝さんのように何か生きる意味を捜して生き続けるんじゃないですかね。……もっとも、私は実質この時代の人間ではないわけですから、まともに世渡りができるわけではないですが」
鈴は表情を変えずに言う。この“街”を出た後のことも、きっとなるようになると思っているのだろう。
だが、復習や恨み憎しみというものは、果たしてようやくその空しさが分かるものなのだ。鈴はいずれ俺のように辛い思いをするに違いない。俺の場合だと、復讐を果たすころには、周りには誰も居なくなってしまっていた。孤独の中、心の空白を抱えて生きて行くのだ。
「……じゃあ、どうしてくれるんですか?」
「……?」
顔を向けると、少し含み笑いのような表情を浮かべ――いじわる顔というやつだろうか――鈴はそう言った。
「私がこの戦いを終えて虚空の中彷徨ってしまったら、響輝さんはどうしてくれるんですか?」
「どうしてって……俺がか?」
「はい、あなたがです」
霧を抜け、周りの状況がはっきりする。それと同時に、赤黒い空にその巨大なシルエットを掲げる大観覧車の姿も視認できるようになった。
「俺にしてやれることなんて……ない。お前には俺よりも純粋な強さがある。“恐鬼”に関する知識も豊富だ。お前に訊いておいて何だが、俺も“街”を抜けた後のことは考えていないしな」
悪い癖だな。言いきった後に心の中で自分に詰問する。
他人との会話で常に、“模範解答”を打ちだす。何を言えば話が続かないか、相手を捲けるか。
人が離れて行くにつれ、そういう風に接するようになってしまったのだ。
「……ない、ですか……? 本当に?」
何だよ急に。詰め寄った鈴が何かを訴えるような表情をする。
「……」
「ありますよ、響輝さんにできることはたくさんあります。今だって、私のそばにいてくれます。それだけでも、人ってものは幸せになれるものなんですよ?」
……そんなことを言われても……
「……それだって、模範解答じゃないか。綺麗事だ」
「確かにそうです。でも、現に私は今、あなたといられてとても幸せですよ?」
「ッ……」
そうにべも無く言う鈴に、少したじろぐ。
何だこいつは。俺は時折、祗園鈴という人間がわからない。
「分からないならそれでもいいです。いつか分かる時が来ますよ。……ほら」
そう言い、鈴が前を指し示す。その先には、再び迫る濃い霧の一団。
「次が、来ますよ」