そして盤上は動き出す …5
しかし、この状況はよく考えてみるとこちらにとって相当不利である。
梨菜を庇わなければならないというのもそうだが、何より問題なのは……鈴だ。
「たあッ!」
大鎌が振り下ろされ、薙ぎ払われるたびに、こちらに迫る“恐鬼”が幾体も切り刻まれて行く。
彼女自身に疲労は見えない。だが、一度“支配者”に抉られた心はまだ回復していないはずだ。
“支配者”が鈴に対して持っているアドバンテージと言えば、実力よりも、おそらく高峰緑の存在が大きい。何かの拍子にそのカードを切られると、おそらく鈴は何もできなくなってしまうだろう。
ならば、その心をどうにかして支えてやらなければならない。こちらに背を向けて鎌を振るっている鈴の表情は読み取れない。だが、少なくともこれだけは確かだ。
鈴は今、逡巡している。
――――――――――――――――――――――――。
「はあっ……はあ……」
数十分の戦闘の末、ひと固まりの霧を抜けることが出来た。ひとえに鈴の活躍のおかげであるが、党の鈴本人は満足が行っていない様子である。
「……まだ、足りない。こんなものでは、“支配者”を斃すことなんて……できない……」
鎌の柄を強く握り、身体を支えているその様子はまさに戦を終えた戦乙女と形容すべき羞月閉花なものだったが、それでも……。
「……」
“支配者”は強さというものにたいして特殊な概念を持っているらしい。鈴に対して言っていたという、『“それ”は強さだが本当の“強さ”ではない』という言葉。奴の思想なんか知ったこっちゃないが、その言葉には何か奴を攻略するヒントがあるような気がした。
「鈴」
「……ッはあ、何です……か?」
少し疲れているのか、鈴は俯いたままだ。
それが急に、数時間前の“壊された”時の表情を彷彿とさせ、俺は考えなしにその肩をつかんだ。
「え!?」
そのまま顔をこちらに向け、表情を確認する。
「な、何ですか!? 急に……」
表情は問題ないな。だがあの時の鈴は、目が完全に堕ちていた。
そう考えつつ、鈴の目を覗き込む。
……ふむ、問題無い。だが、やはり瞳の奥に見える憎悪の光の存在だけは気がかりだ。
「ひ、響輝さん……」
そこまで考えたところで、鈴の困惑を露わにしたような声が耳に届いた。
「……何だよ」
「あ……こ、困ります、そんなにじっと見ないで……」
もう限界だ、とでも言いたげに鈴が俺の手を振りほどく。
「私は大丈夫です、ですからそんなに心配しなくても……」
俺がしたことの意味を理解したらしく、鈴はなだめる様に話し出した。
「……鈴」
……だが。
「……何、ですか?」
「鈴、お前は言ったよな。“恐鬼”と戦う時は心の強さが重要だ、って」
「…はい、そうでしたけど……」
俺の言わんとしていることが読めないらしく、鈴がは問いかけるような視線をこちらに向けた。