されど変化は訪れる …3
「……」
目が覚めた。どうやらいつの間にか眠ってしまっていたらしい。
時間は九時を指している。開け放された窓の向こうの夜から、
生温かい風が吹きこんできていた。
何というか、最近街の空気が淀んでいる気がする。
二階の自室を出て、一階に降りると、電話が鳴っていることに気付いた。
お世辞にも美しいとは言えない音調で「亜麻色の髪の乙女」を流している受話器を手に取り、耳にあてた。
……思えば、この時寝ぼけたまま電話の横を通り過ぎていれば、事はさっさと終わっていたのかもしれない……。
「もしもし……」
しばらく返事がない。
『……戌海か?』
男性の声だった。……いや、この声には聞き覚えがある。
「……大柴君?」
大柴瑞彦。背は高めでイケメン。そして文武両道の言うことなしの優等生だ。
『ああ。なあ、お前、気付いてるだろ?』
……っ。気付いている……といったらもう、あの赤褐色の文字の事しか思い浮かばなかった。
あの不気味な印。自分の見た中では文字通り亡くなっていた物についていた。
「……なっ、何が?」
『あの文字だよ。俺も周囲の奴に訊いたけど、みんな何も知らないし、そんな物は無いって言うんだ。多分限られた人間にしか見えないんだ』
「う、うん……」
自分のほかにも知っている人が居たのは嬉しかった。
ただ、何故か喜ぶことはできなかった。
『お前、気付いてるか?教室に来る生徒の数が減っていること』
「えっ……?」
しばらく絶句していた。
それには気付かなかった。いや、気付けなかったのか?確か自分のクラスの人数は三十一人。
思い返してみれば、昨日行った時には二十人程しか居なかったような……。
……どうして気付けなかったのか。そんなことに気付かない程自分が参ってしまっていたことに軽く衝撃を受けた。
『やっぱり気付いてなかったのか……』
やっぱり……?どういうことだろうか。何か思い当たる節でもあるのだろうか……。
『どういうことかはわからない。あの文字が他の人には見えないのと一緒さ。
人が減ったり、……いや、元から居なかったことになったり。何が基準かはともかくとして、今のところ俺の周りで気付いているのはお前だけなんだよ、戌海』
大柴はそこで急に声をひそめた。