しかし少年は苦悩する …4
まじまじと松阪久美の顔を見て俺は思った。
こういう時、どういう顔をしたらいいのか皆目見当もつかない。
……いや、そもそも前例がない。
「それって……、冗談だよな……?」
「ううん、マジな話よ。だって……あなたも見たんでしょ?“あれ”を」
……仰る通りで。
湿気を帯びた川風が彼女の髪を揺らした。
そういえば、昨夜立っていた骨女と今目の前に立っている彼女が似ていないこともないなと思った。
まあ、比較対象が髪しかないが。
いや、それより、なぜ彼女が“あれ”を恐れていないのか不思議だった。
まさか……。
「もしかして、今夜も来るのか……?」
そう言った瞬間だった。
それまで笑っていた松阪久美の表情が一変した。
眉根を寄せて、川面を見つめ、しばし口を引き結んでいた。
……やばい、地雷を踏んだな。
「――――――怖い……」
「………」
ぽつりとつぶやく彼女を見ると、顔が青ざめていた。肩のあたりがわずかに震えているのがわかった。
「……。今夜は、窓の外を見ない方が、いいよ」
……何?
「……それってどういう……」
「絶対に、見ないでね」
そう言うと、松阪久美はふいに手を振ると、俺に返答の隙を与えることもなく、自転車のペダルをこいで走り出した。
あの手の振りの意味が「また会おう」なのか「さようなら」なのか、俺はまだ知りもしなかった。
――――――――――――――――――KOTONE side
戌海琴音は困惑していた。
彼女は生まれたときからこの龍ヶ峰市に住んでおり、外といっても、東京や大阪ぐらいにしか行ったことがなかった。
それ故、街の「外」からこの街に移り住む人には非常に興味があるのだ。
一ヶ月にすぐ近くに岩手から松阪さんが引っ越してきた時にはすごくわくわくした。
琴音は東京より北には行ったことがなかったからだ。
そして、立て続けに今度は関東のあたりからお隣へ引っ越してくる人がいるというのだ。
しかし、その家族が引っ越してくる日に両親から頼みごとをされたのだ。
その帰り、何も考えず(考えていたとすれば、どんな人が引っ越してくるかってことくらいだろう)歩いていると、あることに気付いたのだ。
道に迷ったのだと。生まれ育った街だというのに、情けないったらありゃしない。
そして、とりあえず歩き続ければいいと思ってふらふらしていると、道で転んでしまったのだ。
そして、そこを巽野さんに通りかかられた、というわけだ。
引っ越してくるお隣さんとこうも偶然に出会えるとは!
……などと思っていたのだが。
ひとつだけ問題があった。