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無能と追放された天才結界師、死の森で覚醒する〜絶対無敵の結界内でエルフと魔族と最強の楽園を築きます〜  作者: 藤宮かすみ


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第7話「絶望の進軍と揺るがぬ光」

◆ガルド視点


 死の森の静寂は、無数の足音が踏み鳴らす重圧によって無惨に引き裂かれていた。

 乾燥した土が踏みしめられる度に舞い上がり、淀んだ空気の中に土埃の層を作り出す。

 魔王軍の先遣隊を率いる竜人の将軍ガルドは、軍勢の先頭を歩きながら、前方で青白く発光する巨大な半球状の壁を鋭い視線で睨みつけていた。

 彼の背後に続く数千の兵士たちは、一糸乱れぬ隊列を組んでいるものの、その歩みにはかつての精強さは見る影もない。

 彼らが身にまとう黒鉄の鎧はひどく錆びつき、歩を進める度に金属が擦れ合う鈍い音が重苦しく響き渡る。

 兜の奥から覗く彼らの双眸は極度の飢餓によって落ち窪み、荒い呼吸とともに吐き出される白い息には、長きにわたる疲労と絶望が色濃く滲んでいる。

 魔族の領土を蝕む原因不明の枯渇は、大地から一切の恵みを奪い去り、草木一本生えない不毛の荒野へと変貌させてしまった。

 同胞たちが次々と飢えに倒れていく中、残された最後の希望が、この死の森の奥深くに突如として出現したという異常な生命力を内包する領域だった。

 ガルドは硬く乾いた唇を噛み締め、巨大な大剣の柄を握る手に力を込める。


『なんとしても、あの壁を打ち砕き、中の資源を奪い取るのだ。それが我ら魔族が生き残るための唯一の道だ』


 内心でそう決意を固めるものの、青い光の壁に近づくにつれて、ガルドの全身の鱗が本能的な警鐘を鳴らして逆立つ。

 その光は冷たく、そしてどこまでも静寂でありながら、近づく者の一切を拒絶する絶対的な威圧感を放っていた。

 ガルドが右腕を高く掲げると、背後の軍勢がピタリと足を止める。

 土埃がゆっくりと地面に舞い落ちる中、ガルドは大きく息を吸い込み、肺の底から絞り出すような大音声を張り上げる。


「全軍、攻撃用意。あの光の壁を一斉に叩き割れ」


 将軍の号令を受け、魔族の兵士たちが一斉に武器を構え、呪文の詠唱を開始する。

 槍、斧、そして無数の魔法の光弾が、うごめく漆黒の波となって青い結界へと殺到する。

 しかし、武器の切っ先が結界の表面に触れた瞬間、硬質な硝子が弾け飛ぶような甲高い破砕音が連続して響き渡る。

 結界は微かな波紋を広げるだけで、傷一つ負うことはない。

 それどころか、結界に接触した武器の刃は次々と欠け落ち、放たれた魔法の光弾は青い光の壁に吸収されるように霧散していく。

 兵士たちの間に動揺が走り、攻撃の勢いが徐々に鈍り始める。

 ガルドは舌打ちをし、自らの足で大地を強く蹴り上げ、結界の正面へと跳躍する。

 彼の全身の筋肉が膨張し、赤黒い鱗が魔力を帯びて赤熱した鉄のように輝きを放つ。

 振りかぶった大剣に全魔力を注ぎ込み、空気を切り裂く鋭い音とともに、結界の中心に向かって渾身の一撃を振り下ろす。

 周囲の空間が歪むほどのすさまじい衝撃が結界に叩きつけられる。

 だが、青い光の壁はガルドの全力の一撃をまるでそよ風のように受け流し、反作用の衝撃だけがガルドの両腕に跳ね返ってくる。

 骨が軋むほどの痛みに顔をしかめ、ガルドは後方へと大きく跳び退く。

 彼の大剣の刃は無残にも半ばから折れ曲がり、使い物にならなくなっていた。


「馬鹿な……これほどの攻撃を受けて、揺らぎ一つしないだと」


 ガルドの額から冷たい汗が流れ落ち、乾いた土の上に黒い染みを作る。

 どれほど武力を尽くしても、この壁に傷一つ付けることはできないという残酷な現実が、魔族の軍勢全体を重い沈黙で包み込んでいく。


◆ ◆ ◆


 結界の内側では、柔らかな朝の光が木々の葉を透過し、緑色の斑模様を地面に描いていた。

 ルークは家の前の椅子に腰掛け、手の中にある木製のマグカップから立ち上るハーブティーの香りをゆっくりと吸い込んでいた。

 外側で起きている激しい攻撃の衝撃は、結界によって完全に相殺され、内側には微かな振動さえも伝わってこない。

 ただ、結界の表面で幾重にも重なる青い光の波紋が、外で何かが壁に干渉し続けていることを視覚的に知らせているだけだ。

 家の扉が静かに開き、シルフィが不安げな表情を浮かべてルークのそばへと歩み寄ってくる。

 彼女の翡翠の瞳は外で光る波紋に向けられており、細い両手は胸の前で固く組まれている。


「ルーク……外の様子が、いつもと違います。魔物の群れとは違う、もっと組織立ったような、強い意志のぶつかり合いを感じます」


 エルフの感覚は鋭敏であり、結界越しであっても外の空気の変化を正確に読み取っていた。

 ルークはマグカップをテーブルに置き、ゆっくりと立ち上がる。


「ああ、私も気づいている。ただの獣の襲撃ではない」


 ルークはシルフィの肩にそっと手を置き、その温もりで彼女の強張った体をなだめる。

 彼の視線は結界の壁を通り抜け、外に広がる荒野の光景を正確に捉えていた。

 そこには、理性を失った魔物の群れではなく、統制の取れた軍隊の姿があった。

 ルークの目は、彼らの振りかざす武器の鋭さではなく、その奥にある彼らの肉体の状態を冷静に観察している。

 彼らの鎧の下にある肉体は極度に痩せ細り、肌の艶は失われ、立っていることすら辛い状況であることが見て取れた。

 彼らが放つ殺気には、純粋な敵意というよりも、生き延びるための切実な悲痛さが混ざり合っている。


『飢え、か』


 ルークは静かに心中で推測を立てる。

 王国の防衛戦で相対してきた魔物たちは、ただ破壊と殺戮を楽しむために襲いかかってきていた。

 しかし、目の前にいる者たちは違う。

 彼らは何かを守り、生き延びるために、自らの命を削ってこの壁に挑んでいる。

 ルークはかつて自分が王国で置かれていた境遇を思い出す。

 誰からも理解されず、ただ利用されるだけだった冷たい日々。

 彼らの抱える絶望が、どこか自分自身の過去の影と重なって見える気がした。


「シルフィ、少し外の者たちと話をしてくる」


 ルークの言葉に、シルフィは驚きに目を丸くする。


「話をするって……彼らは私たちを攻撃しているんですよ」


 ルークはシルフィの目を真っ直ぐに見つめ返し、静かに言葉を紡ぐ。


「彼らの刃には、憎しみよりも深い悲哀が宿っている。ただ力で弾き返すだけでは、何も解決しない気がするんだ」


 シルフィはルークの揺るぎない瞳を見つめ、やがて小さく頷く。

 彼女はルークの判断がこれまで一度も間違っていなかったことを、誰よりもよく知っていた。


「気をつけてくださいね」


 シルフィの声に背中を押されるようにして、ルークは青く輝く境界線に向かって、ゆっくりと歩みを進めていった。

 足元の草が風に揺れ、彼の歩みを優しく見送っている。

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