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無能と追放された天才結界師、死の森で覚醒する〜絶対無敵の結界内でエルフと魔族と最強の楽園を築きます〜  作者: 黒崎隼人


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第4話「隔絶された楽園と共有する過去」

◆シルフィ視点


 木枠の窓から差し込む陽光が、白いシーツの上で淡いグラデーションを描いている。

 シルフィがゆっくりと瞼を開けると、木目を活かした天井の柔らかな色合いが視界に広がる。

 彼女の鼻先をかすめるのは、森の奥深くで嗅ぎ慣れていた腐敗した土や瘴気の匂いではない。

 どこまでも澄み切った清涼な空気と、ほんのりと甘い薪の爆ぜる匂いが、肺の奥深くまで満たしていく。

 シルフィは体を起こし、シーツを握りしめていた自分の両手を見つめる。

 全身を覆っていた無数の切り傷は、かすかな赤い痕を残すのみで、痛みは完全に引き去っている。

 ベッドから床に足を下ろすと、滑らかに磨かれた木の板が足の裏に心地よい冷たさを伝えてくる。

 彼女は窓枠に両手をかけ、外の景色へと視線を向ける。

 その瞬間、翡翠の瞳が驚きに見開かれる。

 窓の向こうに広がっていたのは、緑豊かな畑と、瑞々しい葉を揺らす果樹の木々だ。

 透明な壁のようなものがはるか上空までドーム状に広がり、その外側には黒く淀んだ死の森の風景が張り付いている。

 まるで、世界の一部だけが切り取られ、別の法則で塗り替えられたかのような光景だ。

 結界の境界線で瘴気が渦を巻いてぶつかっているが、内側には微かなそよ風しか届いていない。


『ここは、あの死の森の中なのだろうか』


 シルフィは信じられない思いで、窓の縁を握る指先に力を込める。

 その時、外から微かな土を掘り返す音が聞こえてくる。

 視線を下に向けると、昨夜自分を助けてくれた青年、ルークが土にまみれながら農作業をしている姿が見える。

 彼の周りには淡い光の粒子が漂い、彼が土に触れるたびに、枯れかけた植物が息を吹き返すように緑を濃くしていく。

 シルフィは部屋の扉を開け、静かな足取りで家の外へと踏み出す。

 草の上を踏むかすかな足音に気づいたルークが、土を払って立ち上がり、こちらを振り返る。


「もう起き上がっても平気なのか」


 ルークの声は、風が木々の葉を撫でるように静かで穏やかだ。


「はい……体の痛みも、すっかりなくなりました」


 シルフィは胸元に両手を当て、深く頭を下げる。


「あなたが、私を助けてくださったのですね」


 ルークはわずかに視線を伏せ、手に持っていた農具を木の壁に立てかける。


「倒れていた君を見つけて、ここに運び込んだだけだ。結界の力と、温かい食事が君の生命力を引き出したに過ぎない」


 ルークは謙遜しているようだが、シルフィには彼の持つ力の異常さが痛いほど理解できる。

 エルフである彼女は、植物や大地の声を感じ取る力を持っている。

 この空間の土や空気は、ルークの魔力によって完全に調律され、自然の理を凌駕するほどの生命力に満ち溢れているのだ。


「この美しい場所は、あなたが作り出したのですか」


 シルフィの問いかけに、ルークは空を覆う半透明のドームを見上げる。


「私はもともと、王国の国境を守る結界師だった。だが、ある事情で任務を解任され、この死の森に追放された」


 ルークの言葉には、怒りや悲しみといった感情は含まれていない。

 ただ事実を淡々と述べるその横顔は、彫像のように静かだ。


「結界の力で外部の脅威を遮断し、内部の環境を整える。それが私の能力だ。王国ではただの防御壁としてしか期待されていなかったが、ここなら誰に気兼ねすることもなく、自分の力を使うことができる」


 シルフィはルークの言葉を聞き、自分の故郷を思い出す。

 豊かな緑に囲まれていたエルフの集落は、突如として発生した瘴気と狂暴な魔物の群れによって一晩で呑み込まれた。

 仲間たちは散り散りになり、彼女は生き延びるためにただ必死で森を逃げ惑うしかなかった。

 その絶望的な逃避行の果てに、彼女はこの場所にたどり着いたのだ。


「私の故郷は、魔物に奪われました……もう、帰る場所はありません」


 シルフィの翡翠の瞳から、水滴が一つ、二つと頬を伝って土に落ちる。

 ルークは数歩だけ彼女に近づき、そっと手を伸ばしかけて、空中で止める。

 代わりに彼は、視線を真っ直ぐにシルフィの瞳へと合わせる。


「もし君に帰る場所がないのなら、ここにいればいい」


 シルフィは驚いて顔を上げる。


「この結界は、どんな魔物も瘴気も通さない。外の世界がどれほど荒れ狂おうと、ここだけは安全だ。君が望むなら、いつでもこの場所を君の居場所にしていい」


 ルークの言葉は飾り気がなく、だからこそ深い真実を帯びてシルフィの胸に響く。

 冷え切っていた彼女の心の奥底に、小さな温かい火が灯るのを感じる。


「私……ここにいても、本当にいいのでしょうか」


 シルフィの声は微かに震えている。


「君さえよければ。一人より、二人のほうが食事も美味しいはずだ」


 ルークがわずかに目元を和らげると、シルフィも涙を拭い、小さく頷く。

 朝日が二人の間に降り注ぎ、結界内の緑がさらなる輝きを放ち始める。

 外界から隔絶されたこの小さな楽園で、二人の時間が静かに交わり始めていた。

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