表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/16

第7話 守るだけでは足りない


 集会所の中には、重たい沈黙が落ちていた。


 二日後に敵の本隊が来る。

 井戸も狙われている。

 森の遺構には、すでに七人以上の武装した男たちが潜んでいる。


 ノアたちが持ち帰った情報は、村人たちの顔から色を奪うには十分すぎた。


「二日って……そんなの、すぐじゃないか」

「防柵をもっと増やしても間に合うのか?」

「井戸まで狙われたら終わりだぞ」


 不安の声が広がる。


 けれど今の村には、ただ怯えるだけではない空気もあった。

 ベルンはすでに木材の残りを数え、ディルは縄の束を抱えている。

 ミナ婆は薬草を乾かす場所を増やしていたし、母は倉庫の中身を傷みやすいものから分け直していた。


 昨夜までの村とは違う。


 それでも、守るだけで足りないことは誰の目にも明らかだった。


 村長が静かに口を開く。


「昨日までは守りを作ればよかった。だが今は違う」


 白髪の村長の目が、集会所の全員をゆっくり見渡した。


「敵は二日後に増える。それまでに何もしなければ、いずれ押し切られる」


 誰も反論しなかった。


 父が腕を組む。


「遺構にいる七人を正面から叩くのは無理だ」

「弓持ちもいる」

 ハンスが短く付け加える。

「近づく前に削られる」

「じゃあ、どうするんだよ」

 カイルが苛立ったように言った。

「守るだけじゃ駄目で、攻めるには人数が足りない。そんなの詰んでるだろ」


 その言葉に、何人かがうつむいた。


 詰んでいる。

 そう思いたくなる状況だった。


 そのとき、ノアの視界に、いくつもの文字が静かに浮かんだ。


【次の一手】

候補:井戸防衛強化

効果:短期安定

弱点:主導権なし


【次の一手】

候補:遺構正面強襲

効果:成功時大

危険:高/損耗大


【次の一手】

候補:敵補給阻害

効果:継戦力低下/本隊遅延

必要:地形利用/少数行動/夜間実行


 ノアは息を呑んだ。


 見えた。


 勝ち筋ではない。

 けれど、負けを遠ざける道ならある。


「村長」


 声を出すと、全員の視線が集まった。


「正面からぶつかるのは無理です」

「……それはそうだな」

 村長が頷く。


「でも、敵の本隊が来る前に手を打つ方法はあります」

「なんだ」

 父が聞く。


 ノアは、森で見た灰色の線を思い出した。

 空き地から北東へ伸びていた、物を運ぶ流れ。

 敵が使っている補給路。


「敵の拠点そのものを潰すんじゃなくて、そこへ届く道を潰します」

「道を?」

 ディルが眉をひそめる。

「どういうことだ」

「遺構にいる連中も、食べ物も油も矢も、どこかから運ばないと戦えません。だったら、その補給路を切るんです。道を通れなくすれば、本隊も予定通りには来られない」


 ざわめきが起こる。


 ベルンが顎髭を撫でた。


「森の道を壊すってことか」

「はい。昨日見た空き地の先、北東へ向かう細い流れがありました。たぶん、あれが補給路です」

「確かか」

 ハンスが問う。

「まだ全部は見えてません。でも、候補は絞れます」


 ノアの視界に、森の形が重なる。

 斜面、倒木、浅い沢、獣道。

 その中で、一本だけ不自然に“人のための道”が浮かび上がる。


【北東の補給路】

状態:細道

地形:崖沿い/沢渡りあり

弱点:老朽木橋/倒木帯

可能性:遮断可


「崖沿いの細い道か、沢を渡る橋みたいな場所があるはずです。そこなら人数が少なくても止められる」

「橋を落とすのか?」

 父が言う。

「できれば。それが一番早いです」


 ベルンの目が、わずかに細くなった。


「老朽木橋なら、支えを抜けば落とせるかもしれん」

「それに縄を使えば、音を立てずに引ける」

 ディルも口を開く。

「切るより、引き倒すほうが早い」

「薬は?」

 ミナ婆が腕を組んだまま言う。

「怪我人を出す前提なら用意するけどね」

「できれば戦わずに済ませたいです」

 ノアは答えた。

「見つかったときだけ逃げる。そのために、足を滑らせやすくする粉とか、煙みたいに使えるものがあれば」

 ミナ婆はふん、と鼻を鳴らした。

「あるよ。目くらまし程度ならね」


 少しずつ、村人たちの表情が変わっていく。


 無理だ、ではなく。

 それならどうやる、という顔に。


 村長がゆっくり頷いた。


「守るだけでは足りん。なら、敵の手足を先に折る」

 その声は静かだったが、よく響いた。

「補給路を断つ。やる価値はある」


 カイルが口の端を上げる。


「ようやく攻める話になってきたな」

「正面から突っ込む話じゃないからな」

 ノアが言う。

「そこは間違えないでくれ」

「わかってるよ」

 そう言いながら、カイルは少しだけ嬉しそうだった。


     ◇


 日が傾くまで、村は慌ただしく動いた。


 ベルンは森の道具小屋から古い木槌とくさびを掘り出し、支え木を外すための薄い鉄片を削って作った。

 ディルは長さの違う縄を何本も束ね、絡みにくいよう輪を整える。

 ミナ婆は灰と乾燥薬草を混ぜ、投げれば目くらましになる粉袋を三つ作った。

 母は干し果物と水袋、それに傷薬を小さくまとめて布に包む。


 ノアはその合間、集会所の机に木炭で森の簡単な見取り図を書いていた。


 昨日見た空き地。

 遺構。

 敵が退いた方向。

 そして、灰色の線が伸びていた北東。


 何度も頭の中でたどり、視界に浮かぶ“可能性”と照らし合わせる。


【補給路候補】

第一候補:北東沢道

地形:丸木橋あり

可能性:遮断効果・高


【補給路候補】

第二候補:尾根道

地形:狭い

可能性:足止め可/完全遮断は難


 第一候補。

 北東の沢道。


 そこにある丸木橋を落とせれば、少なくとも大きな荷運びは止まる。

 本隊が重装備で来るなら、なおさらだ。


「これか」

 父が見取り図を覗き込む。

「沢にかかってる橋」

「うん。たぶん一番細いところです」

「狙うなら夜か」

 ハンスが言う。

「見張りが薄くなる時間を待つ」

「敵が補給に使うなら、逆に夜も人が通るかもしれない」

 父が返す。

「なら、通ったあとを狙う」

 ノアは言った。

「橋そのものを落とすより、支えを緩めておいて、荷が乗ったところで崩す形でもいい」


 ベルンがにやりとした。


「面白い。なら細工は儂だな」

「俺は縄を引く役か」

 ディルが自分の手を見た。

「そうです。ベルンじいさんが支えを緩めて、ディルさんと父さんで引く」

「わしは?」

 カイルが口を挟む。

「見張りと退路確認」

 ノアは即答した。

「何かあったら一番先に知らせてほしい」

「また偵察役か」

「向いてるから」

「……まあ、悪くない」


 そこへ、母が包みを差し出してくる。


「持っていって」

「ありがとう」

「それと」

 母はノアだけを見る。

「帰ってくる約束、忘れないで」

「忘れてない」


 そう答えると、母はそれ以上何も言わなかった。

 ただ、ほんの一瞬だけ、ノアの肩に手を置いた。


     ◇


 日が沈み、空が群青に変わるころ。


 村の北口から出たのは、ノア、父、ハンス、カイル、ベルン、ディルの六人だった。


 正面から戦いに行くわけじゃない。

 だが、補給路を壊すには手がいる。


 村長は見送りの前に一度だけ言った。


「無理だと思ったら引け。橋より命だ」

「わかってる」

 父が答える。

「だが、できるなら落とす」

「もちろんだ」


 ミナ婆から渡された粉袋を腰に差し、ノアは森へ足を踏み入れた。


 夜の森は、昼よりずっと狭く感じる。

 木々の間に溜まる闇が深い。

 足元の葉を踏む音ひとつが、やけに大きく響いた。


 ハンスが先導し、ベルンとディルが中央、父が後ろを守る。

 カイルは少し前へ出て、耳を澄ませながら進んでいた。


 昨夜と違うのは、ノアの視界に“赤”ではなく“灰”の線が揺れていることだった。


【北東沢道】

状態:接近中

可能性:補給路一致率・高


 間違っていない。


 そう思えたとき、前方から水音が聞こえてきた。


 沢だ。


 少し進むと、木々の隙間に丸木橋が見えた。


 太い丸太を何本か並べ、その下を粗い支柱で支えている。

 古いが、最近補強された跡もある。

 人が通るだけでなく、荷も運べるようにしているのだろう。


【丸木橋】

状態:補強済み

弱点:右側支柱二本/中央固定縄

可能性:崩落可

必要:同時作業


 ノアの鼓動が速くなる。


「ここだ」

 小声で言うと、全員の顔が引き締まった。


 ベルンがしゃがみ込み、橋の支えを確かめる。

「右の二本だな。こいつを緩めて、最後に縄を引けば落ちる」

「音は」

 父が聞く。

「多少は出る」

「なら、誰かが通ったあとだな」

 ハンスが周囲を見た。

「ここで待つ」


 全員が物陰へ身を潜めた。


 沢の音だけが、やけに大きい。


 どれくらい待ったかわからない。


 やがて、北の奥からかすかな灯りが揺れた。


 人影だ。


 二人。

 背には荷袋。

 その後ろに、短槍を持った男が一人ついている。


 補給だ。


 ノアの視界に文字が浮かぶ。


【補給役】

人数:三

構成:運搬二/護衛一

荷:油/乾物/矢束の可能性


 橋を渡る。


 今だ。


 そう思った瞬間、ベルンがわずかに首を振った。

 まだ早い。


 護衛が橋の中央に来るまで待て、という合図だった。


 息を殺す。


 荷運びの男が橋を渡りきる。

 護衛が中央で一瞬、足を止めた。


 その瞬間だった。


 ベルンが支えに鉄片を打ち込み、ディルと父が縄を引く。


 ぎし、と鈍い悲鳴のような音が響く。


「何だ!?」


 護衛が叫ぶより早く、右側の支柱が外れた。


 橋が大きく傾く。


 荷運びの一人が沢へ落ち、護衛が体勢を崩した。

 もう一人も荷袋ごと地面へ転がる。


「行くぞ!」

 ハンスが低く叫ぶ。


 ノアたちは一斉に飛び出した。


 戦うためではない。

 荷を奪い、橋を完全に使えなくするために。


 護衛が短槍を構え直そうとする。

 だがカイルが素早く間合いに入り、刃をぶつけてその動きを止めた。


「お前の相手はこっちだ!」


 父は転がった荷袋を蹴り寄せ、ディルと一緒に沢の脇へ引きずる。

 ベルンは崩れた支柱へ追い打ちをかけるように木槌を振り下ろした。


 ノアの視界に、橋の残った固定縄が浮かぶ。


【中央固定縄】

状態:張力残存

可能性:切断で完全崩落


「父さん! あの縄を切って!」

「どれだ!」

「中央の下! 残ってる!」


 父が鍬の刃を振り下ろす。


 太い縄が裂け、次の瞬間、橋の中央部が完全に沈んだ。


 丸太が沢へ滑り落ち、水しぶきが闇に散る。


「よし……!」


 ノアが息をついたそのとき、倒れていた護衛が口笛を吹こうとした。


 はっとする。


 援軍を呼ばれる。


「カイル!」

「わかってる!」


 カイルの短剣の柄が、護衛の手首を強く打つ。

 笛のような小さな筒が草の上へ転がった。


 だが、もう一人の荷運び役は這うように森へ逃げようとしていた。


【逃走者】

可能性:拠点へ通報

危険:高


 ノアは腰の粉袋を掴み、夢中で投げつけた。


 白い粉が男の顔へかかる。


「ぐあっ!?」


 目を押さえた隙に、ハンスが足を払った。

 男はその場に転がり、起き上がれない。


 荒い息だけが、その場に満ちた。


 沢の音。

 崩れた木の軋み。

 誰かの苦しい咳。


 やった。


 橋は落ちた。


 荷も奪った。


 少なくとも、今夜すぐにこの道は使えない。


 ノアの視界に文字が浮かぶ。


【北東沢道】

状態:遮断成功

効果:補給遅延/本隊進軍阻害

持続:短期~中期


 胸の奥が熱くなる。


 初めてだ。


 守るためではなく、止めるために《導き》を使ったのは。


「ノア!」

 父の低い声が飛ぶ。


 見ると、倒れていた護衛の腰から小さな革筒が落ちていた。

 父がそれを拾い上げる。


「地図か?」

「見せて」


 ノアが受け取ると、中には丸めた薄い羊皮紙が入っていた。


 広げる。


 そこには、森の簡単な見取り図と、いくつかの印。

 遺構、北東沢道、そして――リトの村。


 さらに、その北側には別の印があった。


【羊皮紙の地図】

状態:携行用

記載:遺構/補給路/村位置

特記事項:北方集合印あり


 北方集合印。


 それが意味するものを考えた瞬間、背筋が冷たくなった。


「本隊の合流地点かもしれません」

 ノアが言う。

「どこだ」

 ハンスが覗き込む。

「森のもっと北です。遺構じゃない。別の場所に集まるつもりだったのかも」

「……なら、まだ余裕はあるか」

 父が低く言う。


 だが、そのときだった。


 遠く、遺構の方角から、短い角笛の音が響いた。


 全員の顔色が変わる。


「気づかれたな」

 ハンスが言う。

「荷が戻らねえのを不審に思ったか」

「撤収だ」

 父が即座に言った。


 異論はなかった。


 橋を落とした。

 荷も奪った。

 地図も手に入れた。


 これ以上は欲張れない。


 ノアたちは補給の荷袋を最低限だけ抱え、夜の森を引き返した。


     ◇


 村へ戻ったのは、夜もかなり更けたころだった。


 防柵の前で鐘番をしていた村人が、ノアたちの姿を見つけて駆け寄ってくる。


「戻った!」

「どうだった!?」

「橋は」

 カイルが息を切らしながら笑った。

「落とした」

「本当か!?」


 その声に、村の空気が一気に揺れた。


 集会所へ入ると、村長が立ち上がる。

 母も、ミリアも、起きたまま待っていた。


 ノアは羊皮紙を机の上へ広げる。


「補給路を遮断しました。北東の丸木橋です。しばらくは通れません」

「荷も奪った」

 父が続ける。

「油、乾物、矢束だ。全部じゃないが、痛手にはなるはずだ」

「それだけじゃありません」

 ノアは地図の北側を指さした。

「これ、たぶん本隊の集合地点です。遺構とは別に、北で合流するつもりだったみたいです」


 村長の目が鋭くなる。


「……なるほどな」

「まだ終わっていない」

 ハンスが短く言う。

「だが、向こうの予定は狂った」


 ミリアがノアの袖を掴む。


「じゃあ、勝ったの?」

「まだ」

 ノアは首を振った。

「でも、向こうにも予定外は起こせた」


 村長が深く頷いた。


「十分だ」

 その声は、前よりずっと力強かった。

「初めて、敵に“守られる側”じゃない一手を打てた」


 集会所の中に、静かな熱が広がっていく。


 怖さは消えていない。

 だが、もう一方的に削られるだけではない。


 村にも、打てる手がある。


 ノアの視界に、また文字が浮かんだ。


【リトの村】

状態:警戒継続

変化:士気上昇

可能性:先制防衛段階へ移行


 ノアは小さく息を吐く。


 まだ最強なんかじゃない。

 余裕もない。

 時間も少ない。


 それでも、外れスキルと笑われたこの力で、ちゃんと敵の流れを変えられた。


 村長が机を軽く叩いた。


「次だ」


 低い声が、集会所に響く。


「橋は落とした。だが本隊が来る前に、まだ打てる手があるはずだ」


 ノアは羊皮紙の北側の印を見つめた。


 遺構。

 補給路。

 そして、北の集合地点。


 敵の予定は、もう狂い始めている。


 ノアは静かに拳を握った。


 ――次は、本隊が来る前に決着の形を作る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ