第八話『ナナシ村』
夜が明けた。
外で一日を過ごしたのは、中学生でのキャンプ以来だった。
特に、夜を狙って襲ってくる魔物はいなかった。
この辺はおそらく知性の高い魔物は少ないのだろう。
スライムや黒兎、狼が主流なのか。その魔物の生息地帯がこの近辺なのか。
考えれば考えるほど、ゲームのような世界観。
「んぅ……。」
シャチが目覚めたようだ。
目をこすって欠伸をしている。普通の子供だ。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「ふぁぁ~。おはようございますぅ……。」
すごく眠そうだ。
「はっ!」
驚く少女は、焦って垂れているヨダレをふき取って
キョロキョロとあたりを見渡している。
「どうかしましたか?」
「い、いえ……。魔物は大丈夫かなって……。」
「心配しなくても、この辺りは静かです。大丈夫ですよ。」
そういうと、シャチはホッと息をついて安心したようだった。
魔力感知に引っ掛かる魔物は1匹もいなかった。
そう思いながらも、立ち上がって先を急ごうと声を掛ける。
シャチはこくりと頷いてついてきた。
ーーーーー
どのくらい歩いただろうか。
時間帯的には、もうお昼前後。
今日も天気が良く、木漏れ日が所々で漏れている。
昨日野営した場所は開けた場所だったが、あまりそんなところはないだろう。
「ん?」
ふと、シャチの方を見ると、少し怯えたような表情をしている。
そして、手が震えていて冷たい。
「どうかしましたか?」
俺がそう聞くと、「ううん。」と首を振る。
絶対に無理している。
何かにおびえているんだ。
だが、俺には心当たりがある。
シャチが言っていた『村』の件だ。
きっともうすぐ目的が見えて来るんだ。それくらいは俺でも察せられる。
「もうすぐ、その村に着きそうなんですか?」
「うん。」
静かに少女は、頷きながらそう答えた。
俺の中では「やっぱりか。」という結論に行きついただけ。
―――キィィーーーン。
「――?!」
引っ掛かった。
魔力感知に何かが引っ掛かった。
これまでよりも多く、そして禍々しい魔力を察知した。
感覚でわかる。
あの時の、ミノタウロスに似たような魔力量。しかも複数。
息が荒くなってしまう。少し怖い。
「シャチ……!」
シャチの方を見ると、もっと怯えている。
少女も魔力感知ができているのか、それとも本能的に危機察知能力が反応しているのか。
「くっ……。」
この先に、村がある。
いや、もう廃村間近じゃないのか。
生きている人はいるのか……。わからない。
でも、それでも、行かなくてはいけない。
俺たちは駆け足で村に入り込んだ。
「なっ……これは……。」
俺たちの目の前に広がる光景。
確かにある。
村がある。
でも、それは俺の知っている光景じゃない。
よく、漫画やアニメで見るような村は昔ながらの構造の建物があって農作物もあり平和そのものを体現したようなイメージ。
そんな光景とは程遠い。
目の前には、禍々しい魔力を放つ植物のツタが張り巡らされている。
辺りを見渡すも、倒れている人々が大勢。
植物が絡み合っている。
身体に根が侵食している。
生きているのか、植物はうねうねと蛇のように動いている。気味が悪い。
特徴を見るに『ヒューマンプラント』という魔物だ。
クリムゾンがある程度の魔物の知識も教えてくれた。
話の中に出てきた、人の生命エネルギーを養分としている生物がいると。
でも、おかしい。
「い、いや……。こんなの……。」
「シャチ……?」
「だって、こんなに大きくなかったのに……。」
成長しているんだ。
この植物は絶えずに大きくなり続けているのか。
だが、この魔物は1年も経ったくらいの大きさだ。
というか、シャチが見た時はまだ小さかったのか。
話には聞いていたけど尚更おかしいだろ……。
考えるのは後だ。
黙ってみているわけにもいかない。
「身体透過。」
俺の目に魔力を集中させる。
倒れている人の肉体構造などを見るための能力。
使う機会がまさかこんなところで出るとは思ってみなかった。
目を凝らすと分かる。
植物の根が、体中に張り巡らされて何かを吸い取っている。
生命エネルギーの源か魔力かはわからない。
植物の成長には、水や日光が必要、そして栄養。
この化け物植物は人の生命エネルギーを栄養にしている。すぐわかった。
「シャチ。この村を今のこの状況から一旦助け出します。」
「え……。」
「だから、協力してくれますか?」
そういうと、少し怯えながらも頷いてくれた。
勇気があって、優しい子なのだろう。
「風の魔法、昨日の狼に使ったやつで構いません。それを、植物目掛けて打ち込めますか?」
「う、うん……やってみるけど……みんなは……。」
「大丈夫です。信じてください。」
不安そうな少女の表情。
それを安心させるのが大人ってものだ。
だから、笑顔で安心させたんだ。
策はある。これ以上傷つけさせないための応急処置。
「汝、風の女神アイオロスの名のもとに
我に風の加護を貸したまえ。自然の力を糧に、その魂を解放せよ。
全てを刻む風の刃を無数に吹き飛ばせ。」
少女の詠唱に空気の流れが答える。
あの時の狼を屠った一撃の刃が作り出されている。
「突風の千刃!!」
無数の風の刃が植物を切り刻む。
根っこをどうにかしないと意味がなさそうだ。
生命エネルギーを吸い取っているのは根の方だろう。
植物を切ってもらったのは他でもない。
この後、俺が使う魔法の二次被害を最小限に抑えるためだ。
「汝、炎の女神イフリートの名のもとに
我に炎の加護を貸したまえ。燃え盛る熱き命の灯を糧に、その魂を解放せよ。
悪を裁くための聖なる焔で焼き尽くせ。」
両手を前に出し、魔力のイメージを膨らませていく。
掌に炎を生み出すそのイメージ。
クリムゾンが吐いていた炎をイメージする。
「裁きの炎!!」
両手に集めた炎を一気に放つ。
村民に向けて放っている。
普通なら村人ごと焼き尽くすほどの威力。
シャチが不安そうに、村人とこちらを交互に見ているが安心してほしい。
この魔法は特殊だ。
悪さを働く魔物の身を焼き尽くす炎。
原理は単純だ。魔物のみを狙い撃ちしている。
普通に撃てば村人も黒焦げだが、俺の特異体質を利用した応用技。
火属性と水属性の複合魔法。
魔物以外には、水属性の魔力で村人を包み込むようにコーティング。
蒸発した所から、カバーしていく高等技術魔法。
6年間、ただ普通に魔法の勉強と訓練をしていたわけじゃない。魔法の組み合わせも試していた。現代の知識も持っていた俺は、火事が起きた現場から運ばれてくる患者も見てきた。未然にやけどを防ぐ方法があればと考えたこともあった。
この世界であれば、魔法が普通のこの世界であればその理想も可能となる。
実験台にクリムゾンを利用した。
最初は、なんでだ、ふざけるなと拒否されたな。
「くっ……。」
魔力の消費が激しく、声が漏れてしまう。
当たり前だ。
火属性の魔法なんて、得意じゃないというか教え込まれてない。
耳に胼胝ができるほど聞かされた水属性魔法とは違う。慣れていない。
やばい。
植物が徐々にまた生えてきている。
魔力が底を尽きる。
炎が、消えてしまう。
そう思った瞬間。
スッと。
腕にぬくもりを感じた。
「……!!」
「シャ……シャチ?」
「信じている。私、リハエルを信じてるから……。」
嬉しいね。
他人に信頼されるなんて何年ぶりだろうか。
「信じてる。」なんて言われたら期待に応えたくなっちゃうじゃんか。
押し付けられた期待じゃない。
純粋に向けられた信頼だ。
『お前ならできる』『貴方にしかできない。』
そんな、期待ばかり押し付けられたものとは違う。
魔力の底が尽きそうだ。
でも、なぜだろうか。
この子が傍にいると、そんなことを忘れるくらい力が溢れて来る。
「もしかして……。」
「うん。大丈夫。一緒に助けよう。」
察する間もなく、シャチは一緒に助けようと言ってくれていた。
シャチ自身の魔力を無意識か意識をしてかはわからないが、俺に流し込んでくれている。
だから、底の尽きない魔力を放てているんだ。
そして。
―――ボゥ。
灰となった植物が塵になって消えていく。
周りで育っていた植物の魔力は完全と言っていいほどに感じなくなった。
すごく静かになった気がした。
―――ドサッ
「おっと。」
シャチが安堵したのか、魔力切れで疲れてしまったのか。
その場から崩れ落ちそうになったのを抱えてあげる。
「大丈夫ですか?シャチ。」
「う、うん……。初めてだったから……。」
「……?」
「初めて、こんなに大きい魔法を使ったから……。」
「そうですね。助かりました。」
シャチがいなければ、この植物の魔物を完全に消し去ることは叶わなかった。
彼女がいなかったら植物は再生を繰り返していただろう。
「さぁ。早くみんなを運んであげましょう。」
村人が多く、運ぶのにも一苦労だった。
でも、その疲れすら感じさせないほどに彼女の真剣な眼差しには心打たれる。
「みんな、大丈夫かな。」
全員を、一か所の場所にまとめた。
身体透過で全員を見て回ったが、命に別状はないだろう。
「うん。大丈夫です。安静にしていれば魔力も回復します。そしたら、いつものように元気になりますよきっと。」
「良かった。」
「はい。無事で何よりです。」
「良かったよぉぉおお……!!」
シャチは、我慢していた涙をたくさん零しながら抱き着いてきた。
大声で、この静寂の森の静けさが無くなるくらい響き渡る。
まだ、10歳の少女だ。
無理をしていたのだろう。
途中で感情任せになって泣いてしまったら、俺に迷惑がかかると思って。
「大丈夫です。よく頑張りました。」
俺には、こういうことしかできない。
ただ、頭を撫でることしかできない。
傍からしてみたら、20歳の男性と10歳の少女。
でも、この世界で長く生きているのは彼女の方だ。
人生通したら俺の方が大人だが、不思議な感覚だった。
シャチは、安心したんだろう。
村のみんなが無事なことに。
外傷は特になかった。医者の目からしても命にかかわるような怪我はなかった。
「そうだ。シャチ。」
「1つ尋ねてもいいかい?」
俺は、ふと1つの疑問にたどり着いた。
「なに……?」
シャチと目が合う。
俺は気になった。
地図もないこの状況で……。
この森の中には、この村以外に集落があるのかどうかが。
「ここ以外に、森の中に村と町はあったりしますか?」
たどたどしい言葉遣いになった。
俺的には、あると言ってほしいところだ。
「えっと……。」
だって、そうじゃなければ……。
おかしいんだから。
「この森の中には、この村しかないよ。」
俺の嫌な予感はあったのかもしれない。
いるはずの人間がここにはいない。
いなくてはいけないはずの人間が。
あの行商人が居ない。




