第十二話『そよ風の如く』
―――ガルルルル……ガルゥゥ!!
獣の唸り声。
彼に理性は果たして残っているのか疑問だ。
凄まじく速い。
左の大振り。
『未来視』が無ければ見えない。
「シャチ!!!!」
視界に居たはずのシャチがいない。
思い切り吹き飛ばされた。
フィストの大きな爪は、当たりどころが悪ければ即死。
これは試練だろ。
「おい!これは試練なんだろ!殺しは無しだろ!!」」
「今度は、お前が切り刻まれるか?」
威圧的な目だ。
獲物を狙う肉食生物の目をしている。
でも、変だ。
シャチが致命傷を負っているならあるはずのものが爪にない。
「いいや、まだ勝負はこれからだそうだ。」
―――ザザッ!
「……?!」
草の陰から、土で汚れたシャチが出てきた。
打撲程度で済んだのか、口から血は出てるものの他に外傷が見られない。
「痛い。」
「お前、なんで……」
「お返しです。」
怒っているな。
初めての痛みを感じたからか、服が汚れたからかわからない。
でも、確かにその目は起こっている人の目です。
「よっと。死にたくないなら、避けるか防げよ~。守護者さん。」
俺は少し嫌味だけ言って木陰に戻る。
シャチが詠唱を始めたからだ。
それも今回は―――
「汝、風の女神アイオロスの名のもとに
我に風の加護を貸したまえ。自然の力を糧に、その魂を解放せよ。
全てを刻む風の刃を無数に吹き飛ばせ。」
彼女の一番得意な魔法攻撃で決めるらしいから。
それを怒っている時の威力を陰で見ておきたい。あと巻き込まれたくない。
「突風の千刃!!」
シャチの周りに風が応えるように風の刃物に変化する。
狼程度ならバラバラになる威力だったが、今回はそれと同等か以上の効果が期待される。
硬く、鋭く、数も多い。
名の通り、千もの刃物がフィストに向かい始めた。
「ぐっ……!!!!」
風が凄い。
土煙が舞い、草木も揺れる。
僅かだが、血の香りもする。
突然吹いた突風のように一瞬で終わったのか。
土煙も消えゆく。
そして、勝者の姿と―――
獣化が解け、ボロボロの姿だが立っているフィストが目に映る。
「いい魔力だ。だが、まだ師匠には及ばない……なぁ。」
「なら、これで通してもらいます。」
「ちょ……!」
おいおい。これ以上ぶつけたら本気で死んじまうぞ。
ただでさえ、フィストはボロボロで血塗れだというのに。
「じゃあ、俺も最後の技で沈めるわ。」
「わかりました。」
いや、ここに割って入るのは違う。
今の二人の顔つきは、どの戦士よりもいい顔をしている。
覚悟の目つきだ。
「汝、風の女神アイオロスの名のもとに
我に風の加護を貸したまえ。自然の力を糧に、その魂を解放せよ。
静寂な大地に齎す、爽やかな風を送れ。」
「気の流れに従い。大いなる種族の誓いをここに――」
「森閑なるそよ風。」
「虎の一撃!!」
フィストは、右の拳に力をためこれまでにない威力で振り抜く。
その拳を諸に喰らえば、病院送りじゃすまないだろう。
当たった部位はきっとぐちゃぐちゃになる。
だが、シャチは強く轟音を立てる彼とは正反対のようだった。
それは、とても静かで冷静。
天気のいい広い草原に吹く、そよ風のようなすれ違いだ。
何が起きたのか、一瞬わからなかった。
でも、すぐに気づく。
これは、綺麗なカウンターが入った。
すれ違い様の攻撃ではなく、相手の威力を理解しそれを利用した反撃。
素早いフィストの拳を華麗に避け、シャチの魔力が籠った拳に下顎目掛けて突っ込んだ。
力の足りない彼女なりの勝ち方。
見事な完勝だ。
「よくやったな。シャチ。」
フィストは、白目を剥き倒れている。
完全にダウンしているな。
「シャチ。」
「はっ!リハエル!!」
あたふたしながら、焦って身なりを整えている。
若干顔も赤らめている。
あの戦う姿から想像できない。
すごいギャップだなと思った。
「えっと……えっと……。勝った!!」
もじもじしながらも、最後は笑顔で喜んでいる。
それに応え、俺は頭を撫でながら……
「はい。よくやりましたね。」
笑顔で、そう言ってあげた。
「でも、無茶していたので焦りはしましたよ~?」
「えっと、ごめんなさい……。」
髪の毛をいじりながら、えへへと言った感じにはにかみながら謝る。
心配したのは事実だからな。ちゃんと注意はする。
「少し休憩したら行くか。」
地面で伸びているフィストが起きるのを待ちつつ、
シャチの戦闘での疲れを癒すために、少しだけこの洞穴前で休息をとることにした。
ーーーーー
「うぅ……。」
地面に転がっていた獣が目を覚ました。
まだ動けるのがやった程度だが、回復力は人間の比じゃない。
『身体透過』で見ていたが、筋力構造、血流の流れ。
自然治癒への働きが異常なまでに早い。
獣人族の特異なのかもしれないが、他の獣人族でもこのように早く治るのかは気になる。
これは医者としての好奇心だ。
「目、覚めましたか?」
「うぅ……。」
「まだ、揺れていますね。」
「問題ない。」
ゆっくりとフィストは身体を起こし、シャチの方を見た。
「悪かったな。試練とはいえ手加減を忘れていた。お前にはこの先へ進む権利がある。」
「あ、あぁ。いえ、私こそごめんなさい。」
まあ、フィストが気絶している間、ずっと罪悪感に苛まれて俯いてたもんな。
オロオロはしているものの、いい戦闘ではあったのには間違えは無い。
でも―――
「シャチと言ったか。」
「は、はい!」
「お前には才能があるようだが、一歩間違えれば命を落とす戦い方だ。」
「……。」
俺も、それは思っていたがここまで直球に言うとはな。
でも、フィストが言わなくても自分では少しは理解してそうだ。
わかっている人間の反応をしているからだ。
「はぁ。わかっているならいいけど、冷静な敵ならカウンターが通用しない。もっと鍛錬を積むべきだ。連れの男はわかってるみたいだけど。」
「……。」
「お前、型が定まっていないんだ。だから、剣術を磨け。それは、最高の武器になるぞ。」
「……!」
いずれ、その道も提案はするつもりだった。
剣術か槍術。
どちらも、シャチの魔法との組み合わせを考えれば最高の武器となり力になる。
自分の身を守る手段にも。
「でも、私……剣とか使ったことない……。」
「そりゃ、生まれた時から扱える奴なんかいない。」
「……あ、悪い。使える天才もいたわ。」
「いるんかい。」
思わず突っ込んでしまった。
剣を扱う最強に近い男の話。
クリムゾンからも聞いた。
『剣の天才』と呼ばれた男。『ラスリー王国騎士団』にいる『ディア=ジュダイン』という男の話を。
「私なんかじゃ……。」
「それはやってみればいい。俺も見てやる。傷の謝罪とでも思ってくれ。」
「え、えっと……。」
シャチが困惑してる。
フィストの言いたいことは概ね分かった。
けど――――
「俺たちと一緒に来るってか?」
「あぁ。そのつもりだ。問題あるか?」
戦力としては嬉しい限りだ。
でも、この祠はどうするんだ。
一応守護者だろ。
「大ありだろ。この祠はどうするんだ。」
「あぁ。この祠か。いいんだ。俺は負けた。師匠との約束もあるんだよ。」
「約束?」
「そうだ。」
フィストは思いつめた表情でそう言った。
『この祠は、お前に任せる。』
『は?え?師匠は……?』
『私は旅に出る!だから、任せた!』
『勝手ですよ?!』
『それが冒険者だ。もし、お前が誰かに負けるようなことがあれば明け渡して追いかけてこい。その時になれば私はいつでも、師匠として弟子を鍛えなおしてやるよ。』
フィストは幼いころから、この祠を守っていた。
中に眠る『光の水晶』を守っていたんだ。
師匠に言われ故郷を出て、この祠を教えられて
師匠という人物に一発だけ攻撃を当てられ免許皆伝。
この祠を守り続けるうちに、祠の守護者と言われるようになり
誰かに負けた時に継承しろと。
そんな話を、俺たちにフィストはしてくれた。
「だから、この祠はお前たちの……シャチのものだ。どうするかは任せる。」
「『光の水晶』か……。」
「う~ん……私いらないよ……?」
「でも、無条件でお前のもんだ。どうする?」
「う~ん……。」
とっても困っている。
それもそうだ。突拍子もない話だから。
とにかく、条件のものを持っていきそれから決めることにしようと促した。
もちろん、シャチもフィストも承諾。
旅への同行は一旦保留。そういうことにして、俺たちは祠を後にした。
日も沈みかけ、暖かい風が吹く。
夕焼けが少しばかり目立つ。
まるで風たちは、今回の件を祝福しているようだった。




