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3恥目 時間遡行の先輩(2)


「これが僕の最初の話。どう、同じでしょう?」

「はぁ、まぁ、落とされたのは同じですね」


 先生が現代から来たばかりの話、確かに大体は同じだ。

 だけど質問はたくさんある。先生はいいさ。憧れの偉人の居る場所に来られたのだから。


 なら私は誰に会いたかったんだ? 


 あの邪神は、私にそんな事一切聞教えてくれなかった。


『ここに来るヤツってさ、あの物書きと同じようになりたいって思うらしいよ』


 再び頭の中で言葉が響く。まるでヒントを伝えるように。

 なら私は、誰かを追って玉川上水へ行っていたの?


 何か、繋がるヒントはないんだろうか。

 先生は強く「古在由直」という偉人を尊敬していた。それなら私にも何か、タイムスリップさせられる程の強い何かがあるはず。


『そのリュックの中には、死ぬのが好きが沢山詰まっている』


 また、言葉が頭を過ぎる。耳元でささやかれているような、ヒントをくれている感じ。

 

 部屋の隅に置いていたリュックをひっくり返してやろうじゃないか。チャックを開けて真っ逆さま。音を立てて旅行のために詰め込んだ物達が古い畳に散らばった。


「要さん?」


 2人はそれを見て不思議そうにしているだろう。お構い無しに探すのだ。さあ、どれだ。手帳の中、ポーチの中、服のタグ、なんでも探した。


「あ」


 先生が何かを拾いあげて「なるほど」と頷いた。何かわかったんだと、手に持つものを見る。


「パンツはボクサー派なんですね」

「ちょっと!」


 一週間分、つまり7枚入りで500円の超特売パンツ。偉人関係なし。先生からすぐ取り返して、リュックに押し込んだ。

 

 けど、見つからないじゃないか。何故なんだ。

 リュックに「死ぬのが好き」が詰まってるんじゃないのか! 詰まってんのはパンツだよ! パンツの偉人がいるってのか!?


「あ、これは」


 後ろで先生が何かをめくる音がして振り返る。


 どうせまた訳のわからない物でしょう……と思ったが、先生は本を数冊持っていた。小説の単行本だ。4冊もあるけど、何の本だったかは思い出せない。


「要さん、玉川上水で亡くなった方は知っていますか?」

「わかりません……でも、なんでだろう。思い出せないと言った方が近い気がするんです。先生は知ってる人ですか?」

「ええ。知ってますよ」


 先生は本を捲り、やがてムラサキケマンを手に取って私に手渡した。


「確かに、この人には何かしらの助けが必要だったのでしょうね……とんでもない男ですよ」


  伏し目がちに、しかし口元は悪戯に笑っている。


「か、要さん。あ、あの……た、助けになる? とか、大学の近くで、背の高い男性に、言ってませんでしたか?」


 吉次が言うと、先生は「やっぱり」と一冊の単行本の最後のページ近くを開いて見せた。


「僕は足尾鉱山でアマランサスを持たれて、古在由直と“粘り強い精神“を持って、足尾鉱毒事件に立ち向かいました。もし、僕らに意味を持って花を持せているとすれば――」


  ムラサキケマンの花言葉は「あなたの助けになる」と「喜び」。 そして見せられたページの指差す先に書いてあるのは、「1930年4月、東京大学の仏文科に入学」という一文だ。


  その隣に、大学に行く途中に声をかけてしまった男の写真があるじゃないか。


「この人です! 要さんが声をかけた人! でも、こんなに老けてませんでした!」


 吉次は興奮していた。


 うっすらと思い出すことがある。遠い記憶かな。取り憑かれたように読んでいた。大事な人と繋がるための言葉達を。私が私であるために、生きるために読んでいた、そんなものが――


 でも、なんで。それは。それは、誰の…………何を……………それはどうして読んでいたの?


 つい数秒前までの記憶が消えた気がした。誰かに操作され、記憶が消されてしまったみたいだった。

  怖い。何もなくなってしまうのは、怖い。恐怖で心臓の脈が急に早くなる。


 呼吸の乱れる私に、先生は本を渡してくれる。


「要さんは――太宰治の助けにならなければなりませんね」


  先生が簡単に言うが、私にどうしろというのだ。

 先生曰く、“恥ずかしい“生涯を送って来た男に、私が出来る事なんかあるのだろうか。



 そもそも太宰治って――。

 

 ”誰”?


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