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31恥目 君の虜

 文京区の某レストラン。


 僕と中也さん、吉次と先生での会食が始まった。夕食を食べにきている客が多いのもあって、あちらこちらで馴染みある洋食メニューの名前が飛び交っている。


 現代では当たり前のように触れていた洋食も、この時代に来てからは全くと言っていい程食べていない。

 何故かといえば、金額が高い。余裕がない。金がない。この三拍子。悲しいです。


「僕はローストチキンにしましょうかね。吉次は何食べる?」

「先生と同じにします。間違いないですから」


 宇賀神親子が真正面の席で和気藹々とメニュー表を見ながら注文の相談をしている。

 僕は財布とメニューの相談をしている。


 ……なんだこの差は。なっさけない。


 壊れたがま口財布の返事はこうだ。


 おにぎりと味噌汁ぐらいならいける。ちなみに給料日まであと8日。


 財布の幻聴が聞こえる。給料日まであと8日?


 現代の金の価値にしたら大体5000円くらいの金額で、あと1週間暮らせと。


 僕1人なら余裕だよ。3人分の食費等を考えるとギリギリな気がする。でもしゅーさんの歯医者もあった気がする。


 出来るなら少し余るくらいにして、貯金に回したいのが本音だ。

 先のことを考えると、外食のおにぎりと味噌汁もしんどい。

 歯医者以外にも、何かの支払いがあった気もするし。


 レストランを選んだ先生を心底恨んだ。末代まで祟る勢いだ。 いい子の吉次を養うのと、どこぞの夫婦2人を養うのではレベルが違う。


 目を凝らしてできるだけ安い物を探す。


 そもそもレストランにおにぎりなんてあるのか? 洋食屋だぞ? なんでこんなに金がないのかな、本当に悲しい。最近はアルバイトの数も減ってしまったから、生活費だけでギリギリ。

 ここに来て辱めを受けるような金額しかないなんてお粗末過ぎる。


「中也さん、中也さん」

「ん?」


 恥ずかしがりながら中也さんに声をかけ、「レストランにおにぎりと味噌汁ってないんですかね」と、尋ねた。


「無いと思う。洋食は好きじゃないの?」

「最近食べてないので、舌に合うかなって」


 下手な嘘だ。


 好きな人にまさか「金がない」なんて口が裂けても言えるか。すると中也さんは僕の顔をジッと見て、目を逸らさずに何かを読み取るような表情をする。


「洋食を食べる要はどんな顔するのか、見てみたいな。俺がご馳走するから、見せてよ」

「悪いですよ! こんな高いのに」

「どれかなあ。うーん、ハンバーグとか似合いそうだ」


 中也さんは聞く耳を持たずに勝手にハンバーグを注文してしまった。いくらだったんだろう……。


「あの、給料が入ったら払いますね」


 申し訳ないと、こっそり囁く。

 彼は運ばれて来たサイダーに手を伸ばして僕の前に置くと「夜は長いから」と意味深な事を言ってニヤついた。


 よからぬ事を考える。つまりそれって、あんなことやこんなことをされてしまうのでは? 破廉恥されてしまうのでは? と、頭の中で大人な事をしている自分と中也さんを想像する。


 うわ、クラクラする。顔が熱いので、水を一気に飲み干すと気管に入って大パニック、咽せた。


 何考えてんだ。僕は。イヤラシイやつだなあ。


 スケベなことを考えていると、乾杯の音頭をとった先生が中也さんと改めて軽い挨拶を交わすと、酒やら料理やらが次々と運ばれて来る。


 気を取り直して食事だと意気込むも、久々のナイフとフォークに困惑。もうテーブルマナーはどうでもいい。

 フォークで分厚いハンバーグを切り、口に頬張った。


 久々に溢れる肉汁。鼻から抜けるデミグラスソースの香り。舌を火傷する程、熱をもった挽肉。美味すぎて声も出やしない。

 肉と共に食べる白米の美味さたるや。最高オブ最高だ。ハンバーグの優勝です!


「うっま……」

  

 中也さんには感謝しかない。

 後で何をされても甘んじて受け入れようじゃないか。美味さと優しさを噛み締めて、もぐもぐと口を動かした。


「それで、要さんと中也さんはどう言う関係なんですか?」


 先生がほろ酔い気分で尋ねた。


 この人の笑みも悪戯な雰囲気を出している。余計なことは言わないで欲しいけど。


 僕が友達と言おうと口に含んだサイダーを飲み込もうとすると、「恋仲ですかねぇ」なんて、隣で爆弾を何食わぬ顔で投下させる。


 僕はあまりに驚いて、サイダーを真正面にいる吉次に思いっきり吹きかけてしまう。それは吉次も同じで水を僕に吹きかけてきた。

 

 先生は「あらぁ」とニタニタ。


「こ、恋仲!? か、要さんはだ、男性ですよ!?」

「違う! 違う違う! まさか! あるわけなくないですか! 僕はしっかり男の子ですから!」


 吉次は、要さんの性別がバレてる! とわかりやすく慌てて、僕が男である事証明するようなエピソードをいくつか並べた。


「いつも足開いてますし!」

「おならは臭いし!」

「寝癖をつけたまま外へ歩いていきますし!」

「有り得ない距離を歩いたり、女性とも思えないものを持ち上げたりする力がありますし!」

「女性から言い寄られたりしてますし!」

「喧嘩っぱやいし!」

「要さんには、太くてスゴいアレがぶら下がってますよ!」


 最後はガッツリ嘘だ。


 あと屁が臭いのも余計じゃない? 今言う必要ある? 後で本気で殴るからね? さぞ幻滅したろうと中也さんを見ると「吉次って面白いね」と笑っている。


「司が未来では男性同士結ばれることもあるって言っていたよ」

「では、中也さんは要さんが男性でも構わないと?」


 先生が問いかける。


「要も吉次も拓実さんも嘘をつくのが下手だなあ。揃いも揃って嘘が吐けない、正直者か」


 中也さんは全てを見透かしている。だから僕ら3人はギクリと目を少し大きくして固まった。


「え……っと、じゃあ中也さんは要さんが女性だと思うんですか?」

「……さあ、どうでしょうね。脱がせてみないとわからないな」


 あまりにも大胆な発言と、僕の着ている袴の胸の辺りをガバっと開いて「どれ」と悪戯顔で笑う。


 ああこんなところでいけません! せめて2人の時にしてくれませんか! 電気は消していただけると助かります! 僕、そういうの初めてなんで!


 うわあ、鼻血が出そう。耐性がないから、どう反応していいかわからない。


「ひゃあ」


 すると吉次もこういうことに耐性がなかったようで、まるで漫画のように鼻血を出すとそのまま椅子から落ちて倒れてしまった。


「吉次!」


 3人で名前を呼ぶが返答はない。童貞の吉次にはまだ早かったようだ。……いや、お前が倒れんのかい。



 吉次を担いでアパートに戻ると、先生は今日も泊まっていいと言って僕と中也さんの分の布団も敷いてくれた。


 しかもご丁寧に、先生と吉次とは別に部屋を分けて。


「僕は吉次に付き添いますから。あとは2人でごゆっくり」


 一枚襖を隔てただけの部屋に2人にされると、妙な雰囲気になった。

 

 本当に脱がされる? 本当に夜は長い? マジか。マジでか。ついにそうされるんですか。


 脇や服の匂いを嗅いでその時を待った。 しかし、待っても待ってもその時は来ない。

 中也さんはただ黙って真剣な目で、そこら辺にあった本のページを捲るだけ。僕には見向きもしない。


 あんなに揶揄われて困惑していたのに。それがないと、それはそれで寂しくなる。

 勘違い野郎だったんだと落ち込んだりして、彼がくれていた言葉の刺激に飢えている。


「構ってくれないんですね」


 中也さんの寝巻きの背中部分を摘んで引っ張ってみる。僕は何を期待してるんだろう。


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