表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/46

27恥目 きちんとしっかり恋煩い

 これを恋だと言うのなら、悪戯が過ぎませんか。

 喫茶店に来て、目の前のアイスクリームに手がつけられない。店内は暖かい。だからアイスクリームもドロドロ溶けていく。 器が汗をかいたら、僕も汗をかく。


 中也さんが飲んでいるコーヒー。カップの器が音を立てる度、心臓が足を生やして跳ね上がる。

 落ち着け! 心臓は足をしまえ!

 それにしてもカップの持ち手を持つ指が色っぽいと思う。語彙力、皆無です。はあ、しんどいしんどい。生唾ごっくんだ。


 こんだけ見惚れていれば、当然目が合うわけで。


「食べないの?」

「あー……アイスは飲む派なんですよね! 冷たいと歯に染みるから、溶け待ちです」

「へえ」


 まだ溶けきらないアイスクリームを口の中に流し込む。するとわざと、中也さんはこう言う。


「恋煩いかと思った」

「ブ」


 白いバニラを口から少し吹き出した。中也さんはそれを見て「ごめんごめん」とからかって笑うのだ。


 恋煩い、とは。恋する感情が強いあまり、病にかかったようになることである。


 私は恋をした事がない。別に避けていたとかではなくて、平成ではそういう環境にいなかった気がするし、昭和に来てからはそんな事考えすらしなかった。

 ああ、息をすることも苦しい。死にそうです。大至急棺桶持ってきて。


 しかし、これを「初恋」と言うんですか。恋をしているから、普段はガッツリ開く足も閉じて食事するんですか。恋をしているから、冬なのに暑くて、鼻血が出そうなんですか。


 いいや要、いかんよ。これではいかんよ。

 恋なのかどうか知りませんが、昭和にいる理由をお忘れではないでしょうか? そうだよ、僕はしゅーさんが死ぬその日まで、遂行者として生きる。現代人ですよ?

 そんなことにうつつを抜かしちゃあ、務まるものも務まりませんて。


 自分に強く言い聞かせる。


「僕は男なので、男性には恋しません! からかうのはやめてください!」


 それでも私、いや僕は男として生きているんだから間違っても“女“を出してはいけない。バレたらこれから先にきっと支障が出るに決まってる。


 これからも、同性として良い友人関係を築いていこう。だけど簡単に「そうですか」と引かないのが中也さん。


「なら、風邪かな? 顔が真っ赤だ。ほら冷たい物を食べて熱を覚まさないと。はい、口開けて」

「ちょっ」


 下唇に冷たいバニラアイスの乗ったスプーンの先があたった。


 これは、俗に言う、「あーん」ですか。料理を食べさせ合うイチャイチャ行為じゃないですか。

 失神寸前。棺桶まだ!? 死にますよ、いいんですか!? いやいやいや、まだ死んでたまるか! キュン死回避!


 僕はすかさずスプーンを奪うと、これ以上からかわれないようにアイスクリームを全て平らげた。

 「ああ残念」とニヤニヤと笑みを浮かべて、残念そうにしているのが憎たらしい。


 嘘。何その笑顔、めっちゃかわいい。


「で、今までどこで何をしてたんですか。急に居なくなって」


 気を取り直し、中也さんのペースに乗せられないよう、この会わなかった期間をどう過ごしていたか聞いた。


「それって寂しかった、ってこと? ふふ、嬉しいなぁ。要にそう言ってもらえるなんて」

「心配だっただけです!」

「俺も心配したよ。喧嘩して入院してるなんて。左頬はまだ治らないの?」

「これは……喧嘩する前からあるモノです。変な痕が出来ちゃって、見せられるようなものじゃないんですよ」


 左頬に貼られたガーゼ。これは初代さんに殴られた時から貼っているものだ。最初は傷口が炎症しないように貼っているだけだった。   

 その後も治るのにだいぶかかり、貼るのが癖になっていた。


 そしてあの事件の日。何かで殴られてしまい、頬骨を折った。プラス、一緒に頬も殴られて深手を負い。痕がくっきり残ってしまったのだ。

 おまけに傷は深かったのでアザの上に傷痕という二次災害である。見た目がよくないので隠していた。


「可哀想に。かわいい顔に傷をつけられてしまったんだね」

「かわいいは余計です」

「かわいいよ、要は」

「ち、中也さんは何してたんですか」


 危ない。またペースを崩されるところだった。中也さんは「えっとね」と僕の顔をじっと見たまま、質問の返事は返さず、ただそのまま。


「何、してたんですか?」

「暫くは山口に居たよ。司に9月に弟が死ぬって言われたからね。さすが未来人だよ。本当に死にやがった」

「あ……」

「でも、死ぬと知っていたからこそ出来たこともあるさ。後悔はしてない」


 もう日が経っているからなのか、あまり悲しい顔はしていなかった。

 司はどんな気持ちで中也さんに話をしたのだろう。自分の未来を知られているという不気味さは、現実味はなく、事実となった時に本当だと信じるのだろうか。


 中也さんは続けた。


「そこから筆を取ってね。山羊の歌ってのを書いて刊行しようと思ったけど、これもまた司の言うとりダメだったよ」

「中也さんも文章を書いてるんですか! 読ませてください!」

「平成で読まなかったのかい?」

「多分読んでません。ごめんなさい」


 僕は記憶のある部分とない部分が器用に切り取られている。


 しゅーさんが何を書いたとか、何を刊行したとかそういうことは一切思い出せない。興味がなかったのか、と言われそうだが、きちんと文章に救われた記憶はあるのだ。

だから中也さんのそれも、どちらか定かではない。


「でも、今の中也さんが書いた文章が読みたいんです。今の僕が知っているあなたが紡ぎ出したものを!」


 中也さんに迫り、山羊の歌の原稿を見せてほしいと頼み込んだ。

 すると次は中也さんが顔を赤くして、照れた表情で「結構いいと思うんだ」と、原稿用紙を出してくれた。


「ありがとうございます!」


 受け取るとすぐに読んだ。


 山羊の歌――。


 フランス象徴詩に影響を受けたと中也さんは言っていた。僕にはそのフランスなんとかがわからなかった。どこか影のある詩に、中也さんの心の中を読んでいるような気分になった。

 儚くて、寂しい。こういうのをノスタルジーというんだろうか。


 きっとこの作品も世の中に出回って、いろんな人に見てもらえるに違いない。


「僕は好きだな」


 中也さんに伝えると、肩の力が抜けたように微笑んでくれた。


「要ならそう言ってくれると思ったよ――うん、大丈夫だ」


 本当は何か思い詰めていたのだろうか。

 後からこの時の史実通りの中也さんの話を司に聞いた所、本当はこのころ中也さんはノイローゼ気味で幻聴等が酷かったと聞いた。それを司は酷く心配していたようだが、その後も中也さんは大丈夫そうだった。


 それから僕らはしゅーさんの事や司の事を話して、気がついたら夜は明けて朝まで話をしていた。しゅーさん以外のことで朝帰り。


 初めてだった。帰り際、特にからかわれることもなく別れたと思ったが、家に着いてからそんなことはないと、玄関でまた顔を赤くした。


「また2人きりで会おう」


 フラッシュバックする、中也さんの姿。ストーブもどんぶくもいらないくらい熱い。


「2人きりなんて、あぁあ、もうそれって、はあ、本当にデートだよねぇ」


 顔はニヤニヤ、羽織袴を着たまま茶の間へ向かった。 手には原稿用紙。結局そのまま貰ってきてしまった。


「遅かったな。アルバイトか」


 家には僕1人だと思っていた。酷く驚いた声を出すが、相手は特に動じていないようだ。角机の座布団へ胡座をかいて座り、ちょっと怖い顔で座るヒョロり長い人。


「しゅーさん! 帰ってたのか!」

「なんだ、デートって」


 腕を組み、睨みを聞かせた顔は完全に怒っている。


「中也さんとちょっと出かけてて、デザート美味かったなあって、独り言」

「デートってなんだ」

「だからデザー」

「デートってなんだ!」


 怒鳴るしゅーさんの声に驚いた僕は、中也さんがくれた「山羊の歌」の原稿用紙を部屋にバラバラと落としてしまった。

 それを拾いあげ、少し読んだのか、すごいけんまくで家を飛び出して何かを探しに行った。


「ナカハラァ!」

「しゅーさん!?」


 僕も後をすかさず追うと、しゅーさんは走り慣れていないくせに全力で走っていた。


 だからバテるのも早い。薬とタバコ、それから酒のせいで若いのに肺がとても悪いからだ。無理をして咳き込むので、背中をさすってやった。


「なんだよ急に! 朝帰りに怒ってんのか?」

「朝帰りなんかどうだっていい! 中原って奴が気にくわない! 会った事もないが、何故か心底むかつくんだよ!」


 ――1932年、冬。


 昭和に来て3度目の冬を迎えました。男と偽っている僕に好きな人が出来、まあなんだって半年ぶりに会う兄弟をブチギレさせ、ますます波乱の予感です。


 今年の冬は、暑くなりそうですね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ