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2恥目 1930、縁にしがみつく(2)

「わかった、行こう。どっちに行ったらいい?」


 小学校高学年くらいの少年に案内してほしいと手を差し出した。


 その手を見るなり不機嫌な口調になって「こちらです」とすっぱり言い、石でできた道を先導していく。


 何だ、恥ずかしがり屋なだけでしっかりしているのか。彼に言われるがままについて行く。


「ぼ、僕は体も気も小さいですが、今年で14歳になりますから」


 少年は大きな声で不機嫌の理由を言った。少年に悪いことをした。きっとプライドを傷つけてしまったんだろう。


 特に14歳は難しい年齢。


 私もそうだったかもしれないし、今でも若く見られてしまうのが少しコンプレックスだ。悪いことしたな、少年。


「10歳くらいだと思ったんだよ。あのさ、私も若く見られるんだ……もう22歳なのにさ、18歳くらいにね!」


 笑って言葉を返すと、少年はすぐに止まって回れ右。そうして目と目が合う。その目は丸く見開いていた。


「な、何?」

「あなたを、そのぉ、2つくらい上だとばかり……」


 どの時代も人の見方は変わらないのだろうか? この時代の14歳には、私が16歳に見えるらしい。


 「まじか」と返すが「まじか?」と繰り返しながらきょとんとされた。


 お互い、間違いを恥じたのか、話題を絞り出すようにして会話を繋げつつ歩いていく。


 途中、そういえばとお互い思い出したかのように名前を聞き合った。


 どうやらこの少年は吉次と書いて「よしじ」と言うらしい。名前も、現代にいそうな感じの名前で親しみやすい。


 遠い時代に来たと思っていたが、自分が思うよりそう遠いところでもないのかと、また意味もなく勝手に安心した。

 本当にほんの少し、だけだけど。


「もうすぐですよ。頑張って」


 歩みが遅くなる頃、やっと大学へ近づいてきたのだろう。


 さっきよりも学生服やいい着物を着て歩く青年たちが増え、すれ違うほとんどがその割合を占め始めた。私を珍しいと見ているのは、きっと年の近い人達だ。


 彼らの手には分厚い教科書が複数冊握られている。東大というくらいだから、皆さん頭が良いんでしょう。


「ねぇ、先生は何してる先生?」


 吉次に尋ねる。両指を合わせてくねくね、ごもごも。


「せ、先生は、先生です。何をしてるかと言うと……あ! かっ、角を曲がればすぐですよ。か、要さんは困っていますから、先生に会ったらきっと助けていただけます。は、早く校舎に入りましょう」


 答えになってないよ……と言いたくなったが、吉次は自分より大きい学生らにビクビクと怯えてひどく緊張している。


 角を曲がる少し手前に差し掛かった。


 左手に握っていたムラサキケマンが突然気になった。この花の名前も、川に落とされるときに初めて知ったのに。


 花言葉は何だったか。

 あの女性がなんと言っていたか、思い出せないでいる。


 何となく頭には記憶の塊のようなものがあるのに、それがもやがかっているような……もやもやするのに――全然思い出せない!


「要さん! こっちです」


 吉次が角を曲がる。


 私も頭を傾げながら角を曲がる。そうして知らない誰かとすれ違った。


「あ」


 そしてその人と目が合えばもう、きっかけには充分で。


「私はあなたの助けになる!」


 知らない人の右腕を突然に掴む右手。

 ほかの学生よりも背の高い、眉の太い男の腕を掴んで言った。


「は……?」


 相手は突然の出来事に困った顔をしている。当たり前だ。


 今の私はあの邪神となんら変わらない不審者になっている。

 この人は時代も違う、全く知らない赤の他人だ。


 でも、どこかで会った気もする。まただ、モヤモヤ。モヤモヤ。考え始める頭は面倒に動く。


 そのくせ思い出せない、鈍臭い海馬。

 それでもこの男性の顔は、身近でいつもどこかにいた――気がするんだ。


「津島、知り合いか?」

「いや」


 男の連れが聞くと腕を払われて、歩いて行ってしまった。


 遠ざかって行く姿を見つめる。


 吉次はビビって曲角に隠れ、「要さん、要さん!」と私を呼びながら半身を恐る恐る覗かせた。


「け、喧嘩を売ったんじゃないよ!?」


 吉次はそれでも震えている。

 いきなり知らない人の手を掴んだら、そう思われても仕方ないか。


「……怖がらせてごめん。行こう」

「はひぃ」


 1930年に来て知り合いなんているはずはない。


 けれど、どうしてだろう。


 ムラサキケマンの花言葉をあの人に伝えたことが、底の知れないエネルギーになっていくような気がした。


 私はあの顔を知っているんじゃなかろうか?


 力のない声を出す吉次の背を撫でながら、東京大学改め、東京帝国大学の敷地に入る。


 夕陽は先ほどよりも西に傾いていて、すぐそこに夜が顔を見せていた。


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