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24恥目 兄の決意、弟の哀


「まだ目が覚めちょらんのか。じゃが、イビキはかいとるの」

「いいんだ、休ませてやってくれ」


 小田原から司が訪ねてきた。


 要が大好きな山菜入りの握り飯を重箱いっぱいに詰めて。風呂敷から匂いが漏れていてて、元気な弟なら涎を垂らしながら飛びついていただろうに。


「初代さんって言ったかの。拓実さんとこにしばらく居るって言っちょった。アンタ、家に帰っちょらんのか?」


 もう4日は帰っていないだろうか。ハツコとも話していない。目覚めない要を見ているだけで、そんなに時間が経っている。


 何か口にした記憶もない。多分、薬も酒をこんなに飲まないのも久々だ。

 昨日の天気も思い出せない。ろくすっぽ外すらを見ていないのだから、記憶することもないか。


 なので「そうだ」と頷く。司は病室の角からボロボロの丸椅子持って来て、隣に腕を組んで腰をかけた。


「で、犯人は捕まったのか?」

「さあ。時期に俺も自首するよ」

「はあ? なんでアンタが」


 司が大声を出すので、シッ! と口元に指を立てる。彼はすまんと頭を軽く下げた。


「もともと俺が撒いた種だ。要がこうなったのも、元を辿れば俺のせい」

「こんな風にされるくらいの事をした……ってことか」


 こんなにされるまでの事をしたかどうかはわからない。


 もしかしたら、要が奴らを追い払うために、少々過激な事をしたのではないかとも思う。釘抜きを持って行けば相手も警戒するだろう。要は強引で荒っぽいところがある。だから喧嘩になって――。


 アザだらけの体は労働の代償だと思っていた。けれどこれまでも、俺が知らないだけでこんな事があったのかもしれない。


 いいや、この怪我はきっと俺が関わっていなかったら、無かったものだ。傷つかずに生きていけていたのではないかと、司に想うことを思いつくだけ吐き出した。


 彼は聞くだけ聞くと、ふふと笑って俺の背中をさすった。


「有朋さんが生きちょった時のわしもそうじゃった。自分がいなかったら、非難される事もなかったんじゃないかって思うた事がある。なんなら、今までずっと思うちょった。じゃけど、要に会うてから違うと思い知らされたよ。誰かを想う事は自分のためでもあるんじゃ。ほれ」


 司は持って来た鞄から、少し厚い封筒に入った手紙を渡してきた。「読んでみぃ」と笑うので、怖い物を見るように、ゆっくり紙を開く。

するとそれは、要が司に宛てた手紙であった。


 “――最近、しゅーさんとは会わなくなりました。

 

 初代さんというお嫁さんが来て、結婚生活を邪魔したくないからです。その場に居たら邪魔だろうから、仕事をしているんです。


 それに納得してるのに、つまらない。前より体は楽なはずなのに、しゅーさんの事を探し回る日々の方が良かった。

 ウザがられている方が、側に居られる気がするんです。

 あの人がどのくらいご飯を食べたとか、酒の量を昨日より減らせたとか、そんな些細な事を気づいてあげられるのが幸せだと思うんだ。


 他人が迷惑だと感じることをされた方が、守ってあげたいが強くなる。変なの。

 僕を頼ってくれるような事はもうないのかな。

 

 僕はまた1人になってしまうのかな。

 もう何日も会っていないよ。あまくせと呼ばれない。寂しいなあ”


 最後の方は水滴で滲んでいるのがわかる。

 要の稼いだ金を無心に使い込んでいたあの頃、こいつはこんな事を考えていたのか。


 俺と会えない事を寂しい、と――。


「大怪我はした。が、今は兄貴と居れて幸せじゃろ。さ。弟が目覚めたらいろいろ物入りの筈じゃ。たんと食べんしゃい」


 大量の握り飯を目の前に、まるで大食らいのような食べ方で、下品に一心不乱にかぶりついた。


 目が覚めたら、歩くそばには俺が居なくてはならないのだから。



 頭が、痛すぎる。


 何かで殴られたような痛みと、寝すぎた、ズキンとした痛み。久々に目を開けた気がする。消毒液臭い、知らない部屋のベッドの上に居ることは理解した。

 ぺたんこの煎餅布団にはない、ふわふわ感。目が覚めたら、慣れない物ばかりで案外居心地が悪い。


 入院をしているんだろうな。あちこち痛むのだから、きっと骨折もしている。腕が変な感じ。骨の居場所がないような不快感だ。


「夜か……」


 何か、夏の虫が鳴いている。外は静かで、空は夜なのに太陽が光を少し残していったように明るい黒色に見えた。


 目が覚める前のことを思い出してみる。


 シンパの奴らと喧嘩した事、しゅーさんは怒っているだろうか。


 大事にしてしまったから、文治さんが血相を変えて東京に向かっているに違いない。僕の事は勘当して、殴られるだろう。


  不自由になった体より、しゅーさんと会えなくなるのが怖かった。


 平成に帰れないとは考えない。今はそれが大事だった。そうなる前に早く謝りに行こう。骨は庇えばなんとかなる、とにかくしゅーさんに嫌われないように、謝らないと!


 ベッドから降りようと床に足を突くだけで、ビリっと電流が走るような痛みが全身に回る。痛みに声を出そうとすると、今度は肋骨が痛い。

 詰んだ。これは動けない。歯を食いしばって我慢できる痛みじゃない。死にそうだ、痛い痛いと叫ぶのも忘れるくらいの激痛。


 どうして生きているのか、不思議だな。諦めるしかないか。


 けど、焦りと不安は拭えない。無駄に汗だけをかいて、血の匂いが気になって。


 何もできない嫌悪感。僕は何も出来ないグズだと、ただ現実を思い知らされているようなもんじゃないか。


「起きたか」


 背後から聞こえた、しゅーさんの声。きっと僕は幻聴を聞いている。 疑う僕を他所に、わざわざ僕が向いている窓側へ来ては重箱を差し出した。


「腹が減ったろ。司が握り飯を持ってきてくれた。食べられるか?」

「あ、あの」


 手が使えない僕の口に、一口で食べられるくらいの山菜おにぎりを運んでくれる。


 しゅーさん、こんなに優しい人だっけ。おにぎりを口に入れてもらうと、照れ臭くって、恥ずかしい。けれど怪我をしたことは悪くないと、不謹慎にも嬉しかった。


 なんて思ってる場合ではない。えっと、そうだ。謝らなきゃ。


「しゅーさん、ごめんね。こんなつもりじゃなかったんだけど」


 するとしゅーさんは被せ気味に、まるで僕に全てを言わせないように話し始めた。


「俺もこんなつもりじゃなかった。だから、ちゃんと終わらせる。お前がこんなになってやっと思い知った。自首するよ、明日東京を経って青森に行く。心配するな。戻ってくる」

「自首……? まさか文治さんに言ったの?」


 嫌な予感がする。「ああ」としゅーさんはしっかりと頷いた。

 僕はそれを阻止しようとしたのに!


「なんで、なんで、なんで言っちゃったの!? ヤダよ、僕、僕がこんなふうになったから、しゅーさんとはもう、もう、また、一緒にっ、は、居られなくなっちゃう、じゃないかあ」


 僕は子供のようにギャンギャン泣いた。

 不注意でリンチされた事が津島家に伝われば、もう僕は一緒に居られない。お目付役どころか、弟としても居られない。


「目が見えなくなっても、腕がなくなってもいいよぉ、ヤダよ、しゅーさんと一緒に暮らしたいんだよぉ」


 何かと引き換えにそれが手に入るなら、他の物を平気で差し出せる。文治さんに頭も下げるし、辛い仕事もする。


 なあ神様、居るのなら本当になんでもするから、しゅーさんだけは奪わないで!



 こんなに乱れる要は初めて見た。

 いつもの真っ直ぐな視線、つい言い過ぎてしまう口、俺をかつげる位の腕力、脚力。


 全て嘘、無くなったかのようだ。 泣き喚く姿を見ると、やはり手紙の通りだった。寂しいと泣き叫ぶ。許してと泣き叫ぶ。


「もう悪い事はしないから、許して、許して」


 この泣き方と司の手紙に書いて会った「また1人になる」というのが要の弱点で「未来の過去」に繋がるような気がしていた。


 ――次は俺が守ってやる。

 そう言ってやれたらいいのに。言えるような様じゃないのをわかっているから、口を結んだ、


 自首をして、真っ当な道を行こう。薬も辞めよう。全部整理しよう。

 そして今後はきちんとペンを取ろう。お前は納得いかなくて捨てた文章すらも、拾い集めてくれるだろうから。


 共に居たいと言う気持ちは相思相愛なのだ。


 人間としてクズだと、ダメだと言われた、人間失格の俺を、唯一泣いて必要とする「弟」のために。


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