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21恥目 隠しきれない、2人とも

 秋は過ぎ、2度目の冬――。


 鎌倉で自殺未遂をしたあの日から1年を迎えようとしていた。ちなみに自転車も見つからないまま時は過ぎていた。そういえばあの後どうなったんだ。鎌倉の何処かでミイラみたくなってたりして。


 明日がシメ子さんの命日だという日。僕としゅーさんは1泊分の荷物だけを持って鎌倉へと向かっていた。


「はあ」


 道中の電車でしゅーさんは大きく溜息をついて、また絶望した顔する。

 理由は明確だ。

 

 なにも考えずに初代さんの前で、シメ子さんの命日に拝みに行こうと言った僕が悪い。が、それはしゅーさんが絶対にしなければいけない事のひとつ。

 現在の妻である初代さんにどう言われても、1年が経った今回だけは譲れなかった。


 もちろん初代さんも誘った。しかし機嫌を悪くして、吉次と先生の家に厄介になると言って一昨日出ていってしまったきり。

 

 しゅーさんはそれをえらく気にしていたのだ。


 その証拠に電車に乗る前に買った弁当には手もつけない。まるで見えない何かが喉に何か詰まっているように見える。僕は構わず、弁当に入った沢庵に歯を立てた。


「初代さんには悪いけどさ、これは君の問題だからね。先生が任せてくださいって言ってたから大丈夫だよ」

「お前がハツコの前で考え無しに言うからだろ」

「それは謝るけどさあ。そもそも誰のせいでこうなってるんですか? って感じ……でも、ごめん」


 胃がキリキリと痛むのだろう。彼は腹を抑え、加えて電車の振動に酔わぬよう、外を見つめている。僕は話を変えた。シメ子さんの所に行ったら、駅に戻って今日の宿である「古稀庵」へ行く事や、そこに2人の友人が来る事も。


 しかし、それは逆効果で。


「知ねふとに会いだぐねぇ」


 さらに死にそうな津軽弁を出し俯いてしまった。


 心を抉るだけの口、今日はあまり動かさないでおこう。



 時刻は定かではないが、夕方。


 袂ヶ浦でシメ子さんへ挨拶を抑えると、あの日薬を飲んだその場所で、しゅーさんは暫く海を眺めていた。何を考えているのだろう。11月の海風に体は冷やされていく。

 一言も話さずに此処にいるのは、何かを想い、考えたいからだ。シメ子さんの事か、初代さんの事か。


 僕は少しだけ彼女達をいいなぁ、と思う。


 昭和に来てからしゅーさんの事ばかり考えて、見てきて、追いかけて来た。けれどそれはお互いじゃなくて、一方的。僕だけが無我夢中でがむしゃらな毎日の中、しゅーさんはそんな僕の事を考えてくれたのかなあ。


 ちらりとしゅーさんを見ると、夕陽が横顔を照らしていつもより、5割増しで良い男に見える。


「しゅーさんの横顔、キレイだね」


 僕はぽつり呟いた。声に気づいてこちらを見るしゅーさん。また気持ち悪いなんて言われるかと思ったが、今回は違った。


「知らなかったか? 俺はいい男で、よくモテるんだ。それからな……」


 しゅーさんは気分が良くなったのか、自分がモテた話を僕に聞かせてくれる。時々相槌を打ちながら耳を傾けた。ニコニコと笑う、明るいしゅーさんの顔に見惚れていたのだ。


 なんでもいいよ。君が生きる事を選んでくれるならさ。



 聞いてください、ピンチです。


「うわぁ、さっぶい」

「海風に当たってればそうなるじゃろ! 全く、要といいアンタといい、世話の焼ける奴らじゃのう! はよ脱げ!」


 僕らはすっかり夜になってから古稀庵に着いた。


 体は冷えに冷え、兄弟でガタガタ震わせながら司を尋ねたのが事の始まり。さっさと風呂に入れと怒られ、司にしゅーさんを紹介する間もなく2人風呂場と押し込まれたはいいものの……というのが今の状況。


 ここで一旦、僕の頭を整理させてもらおう。


 僕は時代背景を考え、女でありながら男と偽っている。

 しかしその事を知っているのは、先生と吉次だけで、しゅーさんは全く、これっぽっちも女だと思っちゃいない。それに、どうだ。僕がこの場で女だと分かってしまって、文治さんにそれが知れてしまったら……!


 ヤバイ。筋肉はそれなりに付いているし、女にしてはごつごつしている方だけど。というか骨っぽいだけ? 胸も全くないし。 


 でもさ。もしも万が一、下半身を見られてしまったら――。


 僕にはアレがナイのだからすぐにバレてしまう。アレとは、男性にしかつかない実の事。裸を見られるのが恥ずかしいのではない。裸を見られて今後に影響されるのが不安なんだ!


 脱衣場にいる時間はそう長くはないが、もう何時間も悩んでいる気分だ。どうしようか、どうしようか。助けてくれぇ!


 しゅーさんは普通に脱衣し始め、その痩せた背中の肌色を露わにしていた。彼は、まだ脱いでいない僕に聞いて欲しくないことを聞いて来た。


「なんだ、入らないのか」と、しゅーさんからの悪気のない致命的な一言。


「ぼ、僕と一緒に風呂に入るのに抵抗とかないんですか? いつもは、煙たがるじゃないですか」と、僕はやけによそよそしい敬語で言葉を返す。


「……風邪ひくぞ」


 お聞き頂けただろうか。


 いつもは自分の事ばかり考えているしゅーさんが、僕に優しくしてくれた。始めての優しさに気持ちが持って行かれた。もういいや。風呂場で上手くやろう。するりと袴の紐を解く。上は隠さず、下は手拭いで隠くして風呂場へ入る。


 ――カポーン、と風呂らしい音。


「あったけぇ」


 狭い据え風呂に兄弟2人、背中をぴったりくっつけて暖かさに体をブルッと震わせた。それからすぐに手で湯を掬い、肩に掛けた。しゅーさんの上半身をペタペタと触り、冷えた肌が徐々に暖かくなる事を確認する。


「よかった。もっと早く声を掛けたらよかったね。何か羽織る物ももっと持ってくるんだったよ」


 海に居た時間が長すぎた事を後悔し、昭和の冬をまだよく知らない事も悔やんだ。こんなに昭和の海の夜が冷えるとは。去年経験しているはずなのに、すっかり忘れていた。


「……」


 しゅーさんは僕の体をジッと見つめている。わかってしまっただろうか。僕はあえて何も言わないで様子を伺った。急に湯の暖かさも忘れてしまえるぐらい、緊張している。バレてしまうかも、という恐怖。


 次の瞬間――ああ、終わった。何故って、しゅーさんの手が僕の肩に触れる。なんと言われるだろうか……軽蔑、されるかな。


「アザと傷が多いな。体もゴツいし、体格もいい」


 ……アレ? 特に何も気付いてない様子だ。そして体中に咲いたアザを触り、ギュウっと押して反応を楽しんでいる。悪戯する子供のようにはしゃいでいるんだ。


 僕を女だと思ってない! こんなに胸がない事でこんなにも救われたことはない。貧乳の神様、ありがとう!


「なぁに遊んどんのじゃ! あったまったなら風呂から出ろ!」


 司に外から、大声でピシャリと叱られた。


「あまくせ、先に上がれ」


 僕はもう安心して風呂場から出て、さっさと服を着てしまう。裸の付き合いを一度してしまえば、もう怖いことはない!



 ――無かったような気がした。男であるソレと、男らしい胸。


 あるのは、ぷりんとした薄い桃色の突起。胸が無いだけの女のような、それに付いていた。無かったはずだ、あいつに。喉仏。体はゴツいのに、どこか柔らかさのある肌色。肩はゴツいが丸い。


 あまくせはまるで成長途中の少女のようだった。気のせいか。きっと、気のせいだ。年頃の女がすんなり男と風呂なんか、入るわけがない。いやでも、最初は渋っていた気もする。さあどうだったか。


 “僕をしゅーさんの弟にしてください!“


 あいつの願いはそうだと言った。男だから、弟だと。そのはずだ。俺は疲れているのだ。きっと、きっと。自らのソレが反応しているのは何故か。上を向いて何を期待したのだ。気持ちはこんなに萎えているのに。


 あいつは、男。絶対そうだ。頭がぐるぐる。のぼせたのだ。体から滴る水滴をそそくさと拭き、考えないようにしてもあの突起が脳裏を過ぎる。


 あまくせ、お前は――。


 誰なんだ?

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