13恥目 蔓の隠し事(2)
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地を這うように伸びた蔓。
風景に溶け込んで、けれも必死にしがみつくように、いつも何処かで目にしている蔓。
廃墟や庭先、コレはどこにだってある蔓なのだ。
しかし、手入れの行き届いた古稀庵には似合わない。
それでもうまく蔓が溶け込めるように手入れをしているのが藤重だ。
ようやく仕事をくれた。それがこの蔓の剪定。
無駄な部分をハサミで切っていくだけの、簡単そうで難しい作業。
庭に違和感がないように溶け込ませるには、僕みたいな素人が手を出してはいけない気がする。
仕事だからやるにはやるんだけどさ。
黙々と言われた通りに作業を進めていくと、藤重は急に口を開いた。
「これはへデラ。アイビーとも言う」
「この蔓に名前あるのか?」
「何にでも名前はあるじゃろ。俺が現代から来るときに渡された植物だしな。出歩くときは切ったのを懐に入れて歩くんじゃ」
花ではないへデラに花言葉なんてあるのかと思ったが、続けて話してくれる。
「永遠の愛、友情、信頼、誠実、不滅。これが花言葉。花言葉の意味を理解しなきゃいけないのに、俺が理解出来んまま有朋さんは死んだんじゃ」
沢山の意味を持っている。
藤重の言う通り、花言葉全てを理解するには時間が沢山かかりそうだ。
しかも、どうやって確かめればいいのかわからないものばかり。
あの邪神が何を望んでいるのかわからないが、対象者であるその人と遂行者、それに花言葉が結ばれなければ、きっと意味はない。
「有朋さんが死ぬ間際に言うたんじゃ。お前の答え合わせはこれからだって、庭の手入れを頼むなんて。へデラを触りながらな。そねぇな事を言われたら帰れんじゃろ。じゃけぇここに居るんじゃ。まあ、帰る意味もないんじゃけどな」
「答え合わせ……」
藤重は解決策を知っているどころか、探している。対象者が居なくなって、さらに答えがわからなくなって。
何年も探しているのに、見つからない。
彼が気の毒になった。困っているのは僕じゃなくて、彼だ。
始まったばかりの僕と、終われない彼じゃ苦しさがまるで違う。
気難しいのは悩んでいるから。
八方塞がりで息が出来なくって、余裕がないからカリカリしてしまう。
きっと誰にだってあることなんだ。
人は目に見えないものに苦しむ。
それを全て一人で理解しろなんて、永遠にもがき苦しめと縄で縛られているのと同じだ。
「お前に会うて少し考えが変わった。よう考えてみれば、俺は教える立場にあるはずなんじゃな。俺みたいに後悔して留まって欲しいたぁ……思わん。金はやるけぇ、さっさと帰れ。久々に現代の人間に会えただけでもラッキーじゃ」
不器用にニカッと笑って、歯を見せてくる。
無理をした引き攣った口元。そんなこと、本心じゃないはずなんだ。中原さんの言う通り、何か聞いてほしそうな顔をするけど、結局何も言わない。
吐き出せば楽になる事ってあるんじゃないだろうか。
どうしようもなくなって諦めた藤重とこのままサヨナラをしたら、しゅーさんだって救えない。
俯いた顔がほら、いつの日かのしゅーさんの「助けて」の顔と一緒なんだから。
「なんだよ。悩んでるなら助けてって言えばいいじゃんか」
「ばっ! 何を言いよるんじゃ!」
やっぱりすぐに怒る。
図星を突かれて焦った顔を隠すように、わかりやすく怒る。
「金の為の情けならいらんぞ! 汽車代だけじゃろ、気にせんで持っていけ!」
恩や金の為じゃないのに。
金があれば帰るのが楽なだけで、歩いて帰ろうとすれば帰れるのだから。
それよりも藤重が本心を押し殺して、怒りや悲しみ、孤独に隠れて生きていくのが堪らなく嫌なんだ。
家庭的な世話好きで面倒見の良い奴が、苦しいまま庭の手入れだけしてなんて。
神様がいるなら、まるで見る目がないだろ。
僕がムラサキケマンを渡された意味は、きっとしゅーさんのためだけじゃない。勝手にそう思い始めていた。
その花が意味を持つのなら、偶然でもここに居る運命がきっと教えてくれている。
しゅーさん以外の助けにもなれって、そういう解釈をしてやるんだ!
『いいんじゃない? アタシは嫌いじゃないよ』
脳に響く邪神の声。敵か味方かわからないけど、悪い気はしないや。
「司、俺は気づいたよ。へデラの花言葉の共通点にね」
次は後ろから声がすると思うと、中原さんが藤重の隣に踵をつけてしゃがんだ。
僕の心臓はまたドキンとしたが、藤重を見るとすぐに収まる。彼は眉間に皺を寄せて戸惑っていた。
自分にはわからないことが、他人にはあっさりわかってしまったからだろうか。
「なんじゃ……」
聞くのが怖いのだろう。
声が強張っている。震えながら、恐る恐る怖い話を聞くように尋ねた。
「へデラの花言葉の共通点、それは人との関係が長く続くように願っているんじゃないか?」
中原さんはきっと、今気づいたわけじゃないようだ。
「あまくせさんと出会えたのはチャンスだと思う」
昨日「あまくせさんが居るだろう?」と言ったのは、こういうことだったんだ。
藤重が古稀庵に引きこもって、中原さん以外に会おうとしない事。
それはへデラの意味を理解するには出来ない状況だったのだ。
「藤重。僕らは君を助けたいんだ」
蔓は絡みついて離れない。
丈夫で枯れずに伸びていく。彼を見ると、そんなことは思いもしなかったと言う顔だ。
「なんじゃ、そう言うことか」
その証拠に、藤重が笑いながら泣く。
その涙、悲しいからじゃないよな。
答えに一歩近づいた、嬉し涙だよ。




