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12恥目 世話好きと別荘(1)

 ――


 アタシ達が知っている歴史が正しいとは限らない。


 教科書で習うそれは、都合がいいように後書きされ、エピローグのような伝わり方をしているのかもしれない。


 しかし、それも定かではない。

 

 昨日の記憶も曖昧な僕らが語る歴史は、空想世界を連想させるんだ。

 語り継がれたヒーローは、事実よりもヒーローらしく伝わって行く。

 そして、一回の狂気は、それまでの人生全てが狂気であったかのように伝わって行く。


 歴史とは事実と空想の世界と、レッテルで作られているのかもしれない。


 誤解されたまま語り継がれた歴史は、事実とは異なっていても事実になってしまう。


 歴史とは、不確かに正しい、矛盾したもの。


 だからいいの。歴史なんて変えたって。


 存在が消えるとか、未来がどうとか、今を生きる人間にはあんまり関係ないわけだし。


 でもね、永遠を生きる人間には関係あるの。


 邪悪でも、神が許可するんだから、これは正しい過去改変だよ。



 白飯、白飯、白飯。慌てて掻き込んで、頬を膨らまして。


 塩味の効いた白色の沢庵。噛む度、口いっぱいに実家のような安心感をもたらす。

 具入りの味噌汁は、椀に口をつけて啜ると体に暖かさがじんわり染み渡った。

 続いて、焼き魚、煮物、おひたしと次々におかずに手を伸ばす。


 白飯とそれらを、喉が痛むくらい口に詰めて一気にたくさん飲み込んだら――!


「美味い!」


 ごくん、と飲み込んだ後はこの一言に限る。


 疲労と空腹が良いスパイスになってご馳走が五臓六腑に染み渡り、僕の舌を唸らせた。


 僕は今、鎌倉駅で出会った現代の人間・藤重司の家に来ている。

 どうにか頼み込んで連れて来てもらったのだ。


「人ん家に来て図々しい奴じゃのぉ」


 藤重は眉間に皺を寄せながら、空になった茶碗に白飯を盛ってくれた。


「文句言う割りには大層なもてなしをするじゃないか。俺には人付き合いを選べなんて言って、司はお人好しだね」

「ちが、クソ! 強引に雪崩れ込んで来たんじゃろ! オラ!」


 中原さんにからかわれると、顔を真っ赤にして茶碗を乱暴に手渡した。


 どんなに腹が立ってもしっかり手渡し。

 中原さんの言う通り、彼は文句を言うわりにしっかりもてなしてくれる。


 その証拠に。


 藤重の家に着いて早々、袴を脱げと言われたかと思えば風呂に入れられた。

 中原さんが外で焚き付けをしてくれると言うから、任せて風呂に入っていたんだけど。


「おい! 熱いのか、ぬるいのか!」


 風呂場の窓から顔は覗かせずに温度を聞いてくるのは、中原さんではなく藤重なのだった。


 それで中原さんが「やりたかったんだけどな」と独り言のように呟けば、「俺ん家じゃ!」とキレる。


 風呂から上がれば、真新しい手ぬぐい、綺麗に畳まれた灰色の着物、袴が脱衣所に几帳面に置かれていた。


 吉次から貰った袴を着慣れたせいか、自分の体にぴったり合うサイズ感に少し違和感を感じた。


 そして風呂場を出ると藤重が待ち構えていて、荒々しく僕の手を引き、茶の間へ案内してくれる。


 その際「お前の汚ない袴、洗うちゃったけぇ。後は自分で取り込めよ!」と、バッチリ洗濯までしてくれていた。


 そうして今、藤重が手際よく作った食事を何もない胃袋にたんまり入れさせて頂いているんである。

 

 空いた椀にはすぐご飯が盛られる。まるでわんこ蕎麦みたいだ。


 本当に藤重は面倒見がいい。


「こんなにうまいご飯が作れて、家事が出来て……お前はいい嫁になるぞ」


 自然にこんなセリフが出るくらいだ。


 コイツは絶対にモテるだろう。顔も悪くないし、家事が出来て面倒見がいいなら尚更。


 欠点はすぐ怒る、だろうか。ああ、そこはモテないなあ。


「だっ、だれが嫁じゃ!」


 藤重は顔を真っ赤にして怒っていた。


 それを見ていた中原さんは酷く手を叩いて笑う。この空気は居心地がいい。友達の家でワイワイガヤガヤ、楽しく集まっているようだ。初対面の人の家なのに超楽しい。


 友達といえば……そういえばこの2人は友人同士。約束があると言っていた。


「そういえば2人は待ち合わせしてたんだろ? 悪いね、邪魔してしまって。ご飯おかわり」


 僕は息をするように椀を差し出す。


「本当に図々しい奴じゃのぉ! 中也さんに読み物を貸しちょったんじゃ、それを受け取りに鎌倉へ行った!」

「あ、そうだ」


 藤重の言葉に中原さんはカバンから本のようなものを取り出した。その本には「古稀庵記」と書かれていたが、僕にはさっぱり何のことかわからない。

 

「こきあん?」

「そうさ、古稀庵。これは鴎外先生が執筆したんだよ」

「森鴎外でしたっけ。好きなんですか?」

「好きも何も、中也という名前は鴎外先生がつけてくれたんだよ。これを誇りにしないでどうするっていうんだ」

「へえ……」


 本当かよ、怪しいな。


 中原さんは満たされたようなため息をついて、本を手のひらで撫でていた。


 そして何かに酔いしれている顔。本当に幸せそうだ。その顔がとても綺麗で、素敵で、中原さんの目が輝いていて。


 僕はその目に、魅入られてしまって……。


「おい、箸が止まってる! 早く食え!」

「あっ、はいっ、すいません!」


 藤重が焼き魚の骨を綺麗に取り除きながらキレてきたことで、僕は我に返った。


「まるで母親だな」


 中原さんはまた笑っていた。


 なんでかなぁ、体が熱いや。


 あれだけ止まることがなかった箸が、急に進まなくなった。



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