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10恥目 生きる責任(2)

 朝――も、朝。ド早朝。


「要さん! 要さん! 起きてけろ!」


 なんだか朝から騒がしい。


 慌てふためいた中畑さんが豪快に体を揺すぶる。椅子に座りながら眠っていた僕は、飛び起きた。


 そして、その拍子に椅子から落ちる。

 床に尻餅をついて痛がる暇もなく、マシンガンで言葉を放つ中畑さんが炸裂する。


「田部ぐんが遺骨ばぐれどへるがきや、渡したきや居のぐなてまて、あちこち探したんじゃが、見つ痒いきやんきゃえんじゃ! 警察さ渡すなて、言われたばて渡してまねかきや……」


 怒涛の津軽弁。


 何を言っているんだか、さっぱりわからん。


「なんて?」


 思わず聞き返した。


「だから! 田部ぐんが遺骨ばぐれどへるがきや、渡したきや居のぐなてまて、あちこち探したんじゃが、見つ痒いきやんきゃえんじゃ!」

「だぁ、かぁ、らぁ! なんて!?」

「だ、か、ら!」


 中畑さんも焦り狂っているから冷静じゃない。


 僕は寝起きにマシンガンな津軽弁で冷静じゃない。何度聞いても呪文だ。おまけに早口。


 宮城生まれの現代育ち。津軽生まれの昭和育ち。分かり合えないにもほどがある。


「あまくせ」


 これだけ騒げば、しゅーさんだって嫌でも目が覚めるだろう。


 声のする方へ振り向くと、彼はベッドから起き上がっていた。


「田部くんが遺骨をくれと言うから、渡したら居なくなってしまって、あちこち探したが見つけられない……と」


 “マズい”


 津軽弁を通訳してくれた寝起きのしゅーさんの顔には、そう書いてある。


 田部さんが遺骨を持って居なくなった。

 帰ったのではないか、と思ったが、そんな空気ではない。


「全然そんな風には聞こえなかったけど! 本当ですか!?」

「んだ! 探してぐれ!」


 中畑さんはバタバタと病室から出て行ってしまった。


 風に飛ばされそうなやせ細った体、おまけに精神病を患っている。そして先日、妻を亡くした田部さん。


 中畑さんが焦るのは、田部さんが後を追って自殺するのではないかと考えたからだ。


 警察は、遺骨を渡したら自殺してしまうかもしれないと思ったから、渡すなと言ったのだろう。


 田部さんは今、悲しみのどん底にいる。


 人は悲しくなって、どうしようもなくなったら「死」を考える。

 ああ、こうしちゃいられない。僕も行かないと!


「あまくせ――も、行くのか?」

「しゅーさんはまだ体調が悪いから待ってて。僕も探しに行ってくる」

「……」


 しゅーさんは俯いていた。


 もしも田部さんが自殺を考えていて、もしも死んでしまったら。

 しゅーさんは、もっと深い闇に落ちてしまうのだろうか。


 そうなれば、この人もまた自殺を考えるんだろうか。俯く彼を見て悩んだ。


 置いていくか、僕もここに残るか。

 どちらが助けになる? 最善はどれだ?


「俺は、どうしたらいい」


 絞り出すような声。涙でも溢れそうな目。


 この人は責任を感じている。だったら、どうせ苦しいなら、いらぬお節介を選ぼう。


「……殴られる覚悟はあるかい?」


 お節介なら、田部さんを見つけた後、そうしてもらえばいい。


 しゅーさんは昨日殴られた頰を撫でた。

 一度、目をきつく瞑る。彼なりによく考えたんだろう。


 本当にそれで良いのか迷っていた。


 それでもこの人は、不安な心を何とかして隠そうと、引きつった笑顔を作った。

 

 しかし、そこからのもう一踏ん張りが足りなさそうだな。


「大丈夫、僕がいる」


 周りが怒るような勝手なことをしても、僕は味方をやめない。


 その一言で、ゆっくりとベッドから降りてくれた。


「行こう!」


 しゅーさんの左手を引いて、病院を飛び出し、外に駆け出した。


 僕よりも大きい手だっていうのに、情けなくてビクビクしている。


 それは、自分の犯してしまった罪を理解しているから。


 だからどれだけ弱々しく走っていても、僕の手を強く握るのだ。

 声に出さなくても聞こえる、どうしようもない「助けて」を感じるや。


 さて、田部さんの行方がわからない。

 外へ出ると、辺りは大騒ぎになっていた。


 警察、消防団、青年団――皆、山に海に、あちこち探し回っている。


 特に山を重点的に探していたので、僕らは別の場所を聞いて走り回った。


「居たかぁ!」

「どこに行った!」

「田部さん!」


 付近一帯から田部さんを探す声が聞こえてくる。僕も目いっぱい叫んだ。


 捜索は昼を過ぎ、空がオレンジ色の夕暮れになるまで続けられた。


 けれど見つけられずに、ただ闇雲に走り回るだけ。


「はぁ、はぁ……」

「しゅーさん、大丈夫か?」


 ずっと走っていて、しゅーさんは胸を押さえ、過呼吸寸前に。


 その場で立ち止まると、背中をさすり、吸って吐いてを繰り返しさせた。


「立ってるのが辛いなら、僕にもたれてもいいよ? 背中に乗るかい?」


 小さくだが首を振った。何回か深呼吸した後、咳払い。そして僕の右手を握った。


「引っ張って、くれ」

「うん」


 彼は体がぼろぼろになっても、歩くのを選んだ。


 体調を考えて、ゆっくり海岸線を歩いていく。もう夕方だ。

 山の方で、もしかしたら田部さんは見つかっただろうか。

 しゅーさんに問いかけてみたが、返事はない。


 気がつくと、心中現場に近づいていた。


 僕はしゅーさんをちらりと見たが、立ち止まる様子はない。

 けれど、僕が行く方について行くと言わんばかりの顔だった。


 ――そして岬の前を通りかかる時。


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