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6恥目 大不況、大難航、就職活動(3)

 このままじゃ100円はおろか、一銭も稼げない。この時代、現代のようなアルバイトも簡単には見つからない。


 身売りも考えたが、僕自身が売られてどこかに連れ去られてしまっては本末転倒なので無理だ。


 それに……見た目も"体"も女性らしくない。


 どうしようかと悩みながら、断られたはずの飴屋へと向かってきてしまっている。


 やっぱりここで、飴屋で働きたいと思ってるんだ。この足を動かしていた理由はそれだ。


 優しい人の近くにいたい。働き口は、良いところでありたい。


 気がついたらもう店の目の前で、先日同様、子供が群がっているじゃないか。


 子供達の真ん中で爺さんは菓子を売っていたが、すぐ僕に気づいた様で目があってしまう。


「こんちは」

「おう」


 何か言われると思い、気まずくて挨拶だけ交わした。すぐその場を立ち去ろうとした。昨日の今日じゃ、会話なんか出来ない。


 僕は弱虫だ。ああ、走り出したい。

 でも働きたい。意気地なし! 

 早く言えっての! と、誰か尻を叩いてくれないだろうか。


 そう考えていると、すぐ後ろで「ドサッ」と、生きているものが倒れた音がした。


「おじさん!」


 同時に子供達の悲鳴。後ろを振り返ると、爺さんが腰をおさえながら倒れている。


「お、おい! 大丈夫か⁉︎ 何処が痛い⁉︎」

「腰が……」

「待ってろ! おい、部屋に布団を敷いてくれ!」


 酷い腰痛に襲われた爺さんを抱き抱え、菓子を買いに来た子供達に布団を敷かせる。

 お爺さんは痛みに苦しめられ、顔を歪めていた。


 布団を敷き終えた子供達をさっさと帰して、2人になる。

 お爺さんは少し痛みが和らいで来たのか、声を掛けてくれた。お礼から始まって、それから、昨日の話。


「今日は、何しに来たんだ」


 言いたい事はわかっているはずだ。


「ごめん、お爺さん。ここでやっぱり働きたいんだ」


 僕はまた、畳に頭を擦り付けた。


「馬鹿言うな。こんなジジイから金を搾り取るんじゃねぇよ。帰ってくれ」

「でも、腰、酷いだろ」

「帰ってくれ」


 また今日も大人しく帰るしかない……。ぶっきらぼうに断られちゃ、諦めるしか――


 んなわけないだろ。これはチャンスだ。


 次の日。お爺さんの腰が心配で……いや、チャンスを物にすべく、店先に座り込んで店番をする。


 身の回りの世話もこなす。寝静まるまで近くにいて、寝息が聞こえたら店を閉めて先生の家に帰っていく。


 そうして朝が来たら飴屋に行って開店の準備をやりながら、お爺さんの様子を見ては就職したいとまた土下座。


 ダメだと言いながら、物の売り方や店の事を教えてくれた。


 全くおかしな話じゃん?

 

 そして、土下座をしてから2週間たった朝。


 飴屋に行くと、お爺さんは店先に座っていた。


 よろよろと辛そうに腰を曲げて立ち上がり、その姿に堪らず駆け寄って支えようとすると、手で払われてた。


「歩いて大丈夫なのか?」

「お前。どうして、そんなに金が欲しいんだ」

「は?」


 彼は、僕を見下ろして無理して腕を組む。


 だが、やはり辛いのか、結局店の商品棚まで足を引きずりながら歩いて行って、背をもたれては呆れながら聞いてきた。

 

「面接だ」

「えっ」


 お爺さんは体に鞭を打ち、僕の就職試験をしてくれているのだ。僕はチャンスをもらっている、運のいい奴だと思う。


 なら真剣に答えなければいけない。爺さんの目を真っ直ぐ見ると、就職試験が始まった。


「えっと、多分……今から、金に困る男がいて」

「男」


 僕はしゅーさんのこと、あんまり知らないんだ。


「すごく、すごく可哀想で、このままいけば、酒と、それから、カモ、カモ……じゃない、なんだっけ、ほらあの薬。あぁそうだ! カルモチン! カルモチン中毒になってしまうらしいんですよ」


 なのに、不思議だ。するする言葉が出てくる。今から少し先のしゅーさんの事を予想するみたいに。


 けど、きっと間違いじゃない。


 いずれしゅーさんは金に困る。そしてカルモチン、即ち薬物中毒になってしまう。


 100円を持っていくのもそうだが、しゅーさんを助けるにはきっとそれ以上の金が必要だ。


「薬……」

「えっ、あっ、まあ……でもまだ中毒にはなってないですけどね」


 お爺さんはあからさまに引いていた。


 店の奥へ逃げるようにして去って行こうとする足を、咄嗟にひしっと掴んだ手。


「まだ中毒にはなってねえんだってば!」


 いつの時代も、薬の中毒者というのは常人の気を悪くさせるらしい。


 僕もそうだ。


 近い人間が薬物に溺れてるなんて聞いたら、めんどうだから関わりたくない。

 それが、半分が優しさで出来ている薬ならまだいいけど、しゅーさんは違う。

 

 お爺さんは足をバタバタ動かし、僕の手を払いのけて舌打ちをしては、これ以上なく面倒くさそうに呆れられた。 


 明らかに「こういうのは雇いたくない」というサインだ。

 このままではチャンスがピンチになってしまう!


「それじゃ何に使うんだ! 薬中毒になりかけた男に使う金ってのは」

「まだなりかけてもないって!」


 これから言う事は信じて貰えないとは思う。

 僕は断じて嘘はつかない。

 何故なら、僕の状況こそが、嘘のような本当であるからだ。


「あの! ね!?」

 

 これは夢なのかもしれない。正直なところ、僕にも自信がない。悪い夢なら覚めてくれ、腐るほど願ったさ。


「僕、実は未来から来た人間で、ずっと探していた、しゅーさんを助ける為に来たんです! だから言いつけ通りの100円稼いで、あの人のところに行かなきゃいけないんだ。それで、いつか酒と薬のかわりに、原稿用紙と豆腐や納豆、それから病院へ行かせるために必要なんです!」


 店主は首でも痛めたのかと心配になるくらいに、勢いよく首を横に傾けて「は?」と一言。しかし僕は続ける。


「今は津島修治という男、未来には――太宰治という、そりゃあすっごい小説家になります!」


 お爺さんの目をしっかり見て、叫ぶ様に訴えた。僕を嘘つきだと思ってしまっても仕方がない。


 それでも信じてくれないだろうか、無茶だとわかっているけれど、それでも――。


「……お前は」


 また土下座をして地面に頭を擦り付けた。擦り傷が出来て、血が出るまで、何度も、何度も。


「ごめんなさい! でも僕はしゅーさんを助けてあげなきゃ、帰れないんだ! 嘘みたいだろ、でも、でも――」


 泣くのはずるい。働きたい。働かなきゃ、先に進めない。


 すると土下座をしながら泣く僕の背中は掌で撫でられて、優しい声が頭の上から聞こえてくる。


「うちだけじゃあ100円は無理だ。朝早いのは平気か」

「え……?」


 顔を上げると、お爺さんが笑って僕の泣きべそをかいた顔を見るなり背中をポンと撫でる。


「豆腐屋と飴屋、兼業だな!」と言って、けたけたと笑いながら店の奥に入っていった。


 これは「合格」なのか……?


「ねえ! 兼業って!?」

「腰が悪いジジイの代わりにしっかり働けよ、えっとお前は……」


 気がついたら月日は7月を迎えている。 


 この時代にきて3ヶ月が経ち、100軒を超える店に断られた末に、やっと僕は職につく事が出来たらしい。


「改めまして、僕は生出要です!」


 今から、強面腰痛お爺さんの飴屋と豆腐屋の兼業生活がスタートする。


 東大近くの道路の舗装も大雑把にしかされていない道の並び、僕が選んだ就職先は子供と学生の憩いの場。


 ここならきっとまた、お金がなくてもしゅーさんに会えるはずだ。

 

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