6恥目 大不況、大難航、就職活動(2)
*
「要さんの経験が活きたとしても、就職となると……」
翌朝。先生に郵便局で働きたいと話すと、難しい顔をした。
なんとなくそう言われる覚悟はしていた。こんな不景気じゃ就職は勿論、郵便局に勤めるなんて難しいに決まっている。
1929年にアメリカのウォール街で起きた「世界恐慌」は、日本にだって他人事ではなかった。
教科書で見たやつだ。現代も昔も何か経済に大打撃があれば、企業の倒産と大勢の失業者が溢れ出す。
例にもれなく、僕も対象外ではないってことだ。けれど、あきらめる理由にはならない。
「難しくても、やらなきゃいけないんです」
「そうですね……僕は運が良かった。古在先生のおかげで今は事務員をやれています。だから正直に言ってしまえば、要さんの苦労は想像出来ません。上手いことは言えませんが……」
先生は吉次と同じで素直な人だ。
こちらの苦労が分かりもしないのに、変にああだこうだ言われるよりも、わからないとキッパリしてもらったほうが楽だな。
それが出来るのは、この人が正しく優しいからで、決して嫌味ではないからなのだ。
少し黙って、僕の肩に手をポンと置くと「お布団とご飯の心配はしないでくださいね」と、申し訳なさそうに笑った。
その言葉だけで僕がどれだけ勇気づけられて前向きになれるか、先生は気づいていないだろう。
*
「ダメダメ、雇えないよ」
「そこをなんとか! どうしてもお金が必要なんです、なんでもしますから!」
「なんでもする? なら早く出て行きなさい。おい、出せ」
「そんなぁ! おい! 腕を掴むな! 痛てえよ!」
最寄りの郵便局に出向いたが、いくら頭を下げても受け入れてくれやしない。
経験があると言っても、そのくらいの嘘をつける度胸だけは認めてやると言われるだけだ。
終いには局員に両腕を掴まれて、梅雨の雨が降る外に放り出されてしまった。
「くそっ! 仕方ない、次!」
服に着いた泥を払い、スイッチを切り替える。第一希望はダメだった。それだけ、挫けている暇はない!
こうなっちゃあ、職を選んではいられない。見た目の年齢で「子供」だと思われれば、大人はそれだけで切り捨てる。
先生がくれた新聞の求人情報を握り締めて、手当たり次第に当たっては砕け、開いている店があれば一心不乱に頭を下げる。
とにかく繰り返して、あちこちを周った。
「そんな余裕ないわよ」
「どんな状況かわかってんのか」
「身売りでもしてろ」
周った分だけ、冷たい言葉を貰う。
いつの時代も変わらない。就活は厳しいのだ。しかし、僕が受けるダメージは1パーセントに満たない。
僕は学校を卒業後に入社試験で数えるのも大変な数のお祈り通知をもらい、地道に続けていたアルバイトから最近契約社員になったタイプの人間だからだ。
圧迫面接、書類落ちなんて傷ついていたのはいつの話だ。中卒の僕にはこんなの屁でもない。
お祈り通知はもう見飽きたなんてものじゃない、もはや予測出来るまである。封筒を触った感覚で「合否」が判ってしまうのだ。
昭和5年の就活はまだ通知書がないからいい。
口頭で「ダメ!」と言われれば終わり。辛いと凹む前に次へ行けば、前の失費は意外とすんなり忘れられる。
馴染まなければ雇用はすぐに切られてきた。死に物狂いで培った場の適応能力は健在だ。
さあ、次に面接を頼むのはこの飴屋。
子供達が群がる甘い夢を売る店。
半分駄菓子屋のような雑貨屋のような、コンビニのような場所だな。この店で働いているのは、腰の曲がったお爺さんだ。
それを狙って来たわけじゃないが、しゅーさんを探しに東大へ行く途中に通りかかる店で、毎日挨拶をしていたから顔見知りになっていた。今日も老いていく体に鞭を打って働いている。
強面で如何にも頑固親父に見えるその人に、最初は怖くて挨拶するにも怯えていた。
けれど実際は、人は見かけによらず、とても優しい人だった。
「お爺さん、こんちは」
「おお」
こちらを向いて手を振ってくれる。強面な溢れる笑みは、爺さん特有の可愛さがあって親しみやすかったりする。
「こっちに来いと」手招きをされると、店の奥にある茶の間にあげてくれた。
「最近来なかったろう」
「探してる人が見つかったんですよ。それで今は……えーと」
「そりゃ良かった。随分辛抱強い野郎だと思ってたが、諦めたんじゃねぇかと思ってよ。んで?」
僕のことを心配してくれていたんだ。
腹が減っていないかと、銀座で買って来たというあんぱんをひとつくれた。
この優しさが、今はちょっぴり喉に詰まる。しかも、かなり親身になって聞いてくれるので、言い出しづらい。
だって、いくら働きたいと言っても、結局はお金の事だ。あまり深く考えちゃいなかったが、知り合いに就職させてと頼むのはこんなに心苦しいとは考えていなかったのだ。
僕はら僕のために、此処に来た理由を言わなきゃいけないんだよな。
「どうした? 腹でも痛てぇのか」
顔を覗き込まれる。黙り込んだので心配してくれているんだ。ああ、言い出しづらい。そうだ。10まで数えたら言おう、そうしよう。
「えっと……」
1、2、3……こんな時のカウントダウンはやけに遅い。もういいわ、言ってやる!
「ここで働かせて欲しいんだ! どうしてもお金が必要で、なんだってするから、どうか、お願いします!」
数え終わる前に言ってしまった。
体は自然に土下座。ぼろぼろの畳に頭を押し付けて。来て早々悪いとは思っている。
「……」
「お願いします……!」
僕の声だけが虚しく部屋の壁にぶつかって、消えていく。
お爺さんはしばらく黙ったままだった。そして「この家には」と切り出す。
「お前に払ってやれる金はない。悪いな、帰ってくれ」
今までで1番優しい「不採用通知」だった。それだけに、今までのようにしつこく繰り返し頼み込む事は出来ない。
大人しく「お邪魔しました」とだけ言って店を出て、その日は真っ直ぐ先生の家に帰った。
しかしまた、次の日にはしゅーさんを探した時のように職を探しに街へ繰り出す。
朝から日が暮れるまで。断られては、また探す。




