職場選びは慎重に
伝説の勇者シエル──その「暗殺術の才能」を受け継いだ転生体。名前を『サシナ』。
……らしい?
自分のことはよく分からない。
したいこともない。なりたいものもない。何かやるべきだと思ったことも無い。空虚。
ただ。なんとなく自分に前世があるということは分かる。
そして。その前世の名前がシエルということも分かる。
つまりわたしは──ちょっと頭のおかしい人ということ。
シエルといえばそれは数百年前に魔王を倒したとされる勇者のこと。これ常識。
自分の前世が「シエル」なら──自分はもしや勇者の生まれ変わりなのでは?
しかも! わたしには暗殺術の才能がある。それも小さい頃からずっと。
影に潜める。足音を殺せる。急所の位置が分かる。これはつまりそういうことなのでは。
まぁはっきり思い出せることの方が少ないし。使命感とか責任感とも無縁の人生。
生憎わたしに勇者らしい精神機能は搭載されていない。不良品。
ただ。
──「なんでそんな歩き方ができるんだ? 教えてほしい!」
と。
幼馴染のヴィっくんもすごいと言っていた。きっとわたしはすごい。
自分は勇者シエルの生まれ変わりだと信じてみることにした。
だってわたしはすごいから。
試しに大人に話してみたら冗談だろうとあしらわれた。
もう二度と言うものか。覚えてろよ。
周りの子たちは楽しそう。虫取り。釣り。将来の夢。子供の楽しみは色々ある。
しかしわたしは何故か馴染めない。
楽しくない訳じゃない。つまらない訳でもない。自分から「あれがしたい」「これがほしい」と思えない。人の指示を待つだけ。自分の欲求が存在しない。
おそらく精神に異常がある。きっと前世も周りから命令されるだけの自我を殺した人間だと推測できる。それは果たして人間なのだろうか。謎は深まる。
まぁ欠陥ではないと思う。多分。個性と言い張れなくもない。多分。
しかしおかしいのは──幼馴染のヴィっくんも同じ。
──「俺はいつか旅に出る。世界を平和に戻したいんだ。そのために強くならなきゃな」
一人っ子の私にとってヴィっくんは兄みたいな存在。
わたしより先に走り。わたしより先に転び。わたしより先に立ち上がる。そういう人。
ヴィっくんは時々変に落ち込んだり。一転して平和を謳ったりしていた。
落ち込んだときのヴィっくんは相当のもの。いくら元気づけても何も言わない。厨二病?
だから元気そうにしてる姿を見ていると不思議と安心した。
世界平和。良いことだと思う。わたしは応援する。わーわー!
──「し、師匠! 師匠と呼んでいいですか!」
──「えっと……もう呼んでない? 少年」
だからといって。
村に住み着いていた流れ者の変人エルフに弟子入り志願するのはどうかと。
ヴィっくんが魔物嫌いなのは知っている。原因は分からない。
お母さんは病気で亡くなったらしいし違うと思う。
対して師匠候補のエネは悪い人ではない。しかし如何せん胡散臭い。
なんだか優し気に取り繕っている感じがする。おそらく後ろ暗い過去を抱えている。
聞いてみたら「かつて勇者シエルにも技術を教えていた」とか抜かしていた。
そんな嘘をつくと大人にあしらわれることをわたしは知っている。
きっとエネはまだ現実を知らない。可哀想に。
可哀想だからわたしも弟子入りしてあげよう。これは慈悲である。
──「そこまで言うなら……私の暗殺術を伝授してあげるわ──弟子入りしたからには厳しくいくぞ」
ああ言ってたまに声が低くなるのが本性。たぶん。おそらく。
──「大丈夫です! 俺、絶対追いついて見せるので!」
あと多分ヴィっくんは師匠のことが好きだ。多分じゃなくて確実に好きだ。
本当はそっちが目当てなんじゃないかってぐらい分かりやすい。
悩み多き思春期に激強スレンダーお姉さんは刺激が強すぎたのか。
兄代わりの狼狽える姿を鼻で笑ったていたことをとにかく覚えている。
あと暗殺術についてはわたしの方が遥かに飲み込みが早かった。当然も当然。
ヴィっくんは敵の急所に潜り込むのが上手いけどそれ以外は伸び悩んでた。
剣を持って時折震えてもいたし。あれは求愛行動か何かだったのだろうか。
集中できてないぞ。
ヴィっくんが旅に出ると言った日のことは覚えている。
師匠が「世界にはまだ魔王軍の施設がある」「犠牲者の牧場とか」って言ったのが悪いと思う。あれでヴィっくんがすぐさま旅立とうとしていた。
師匠や村の大人たちが何人がかりかで止めようとしていたけれど──止まる訳がない。
わたしは止められないことが分かってたし──止める気も無かった。
そういうのって好きにやればいいと思う。年頃の兄を持つと妹は大変。
ただ。
なんとなくやることがなくなった。
ヴィっくんがいない日々は想像していたよりもずっと何もない。虚無。
なんとなく。手持ち無沙汰というか。
それで思い出した。
ヴィっくんは魔物が嫌いだった。すごく嫌いだった。
なら私わたしも魔王軍の施設を探して襲ってみよう。
破壊工作というやつである。この隠密能力ならできなくもない。
──「……具体的な方法は?」
──「ない。プリーズ」
──「はぁ……あの馬鹿に感化されたのね」
と師匠は言っていたが。
別に使命感とかじゃない。
世界を救おうとかそんな大層なことは考えていない。
ただヴィっくんが嫌いなものを減らしておこうかなと。それぐらいの気持ち。
──「……私が覚えている拠点をいくつかリストアップするわ。焦らず、時間をかけて、拠点はこの村にすること」
──「了解。ヴィっくん以上に世界平和へ貢献してみせる。次の指示を」
──「すっかり指示待ち人間になっちゃって……」
それからの日々はだいたい同じパターンの繰り返し。
情報を元に探し。拠点を見つけ。忍び込んで色々して──ユイヌに帰る。
帰ったら師匠に進捗を報告して。ちょっと休んで──また出発。
派手なことはしない。大きな拠点には手を出さない。わたし一人でどうにかなる範囲のものだけをこつこつと。
誰にも知られず。誰にも感謝されず。実質ボランティア。
でも別にそれでいい。誰かの指示を聞きながら作業するのが一番楽でいい。
自分で考えたりとか。自分の意思や自分の思想で行動するとかよく分からない。
したいこともないし。こうやって生きていくのが一番性に合っている。
……ならわたしもヴィっくんについていけばよかったかも?
そうすれば一生ヴィっくんの言うことに従って脳死で生きられたかもしれない。
惜しいことをした。
就職先はもっとしっかり考えるべきだった。
*
さて。回想終わり。
状況は今や非常にカオス。
「なんだその猫被った態度!? 訓練で殺されかけたこと忘れてねェぞ!」
「いや、そんな、私……人違いじゃ……?」
「ゾワゾワする!? 誰だお前!?」
「こっちの台詞なんだけど……!」
武闘家の子──リュトが唐突に半狂乱になってしまった。
さっきまで気だるそうにしてたのに師匠の顔を見た瞬間にこうなった。発作?
師匠も当然困っている。初対面の若者にいきなり鬼教官と呼ばれたら困る。わたしだって困る。
とりあえず報告しないと。
「師匠。報告がある」
「ごめん、ちょっと黙っておいてサシナ。今の状況見えるでしょ?」
「むむ。らじゃー。黙る」
「ありがとう。素直なのは良いことよ」
黙れと言われたので黙る。指示には従う。これ基本。
でも目と耳は使っていいはず。禁止されていない。よって観察は続行する。
鬼教官とな。
まぁ分からなくはない。むしろ共感。いや教官。
訓練中の師匠は確かに怖い。非常に怖い。
わたしもヴィっくんも何度泣かされたか分からない。
でもそれは弟子だから知っていることでは?
初対面の人間が知っているのはおかしい。
つまりリュトは師匠と会ったことがあるということ?
感動の再会アゲイン?
というかリュトの様子がおかしい。
初めに会った時は──ぶっきらぼう。面倒くさがり。でも根は悪くない。口は悪いけど目は嘘をつかないタイプ。嫌いじゃない……と思っていたけど。
なんか今は全然違う。目が泳いでいる。拳を握ったり開いたり。逃げたいのか向き合いたいのか自分でも分かっていないような。
師匠をこんなに怖がる人は初めて見た。訓練中なら分かるけど。
今の師匠はあの穏やかモードなのに。それでも怖いのか。相当のトラウマ?
それに騎士の人──シュヴァの様子。こっちもおかしい。師匠が出てきた瞬間から固まっている。
さっきまでずっと黙りこくっていたのに……今はなんか違う。二人揃って発作?
なぜそこまで師匠を凝視する必要があるのか。
顔に何かついているか。綺麗な顔だと思うけど。
何かを思い出そうとしてるみたいな顔をしているが──二人とも師匠を知っている?
いつ。どこで。師匠はユイヌからほとんど出ないのに。
「それで、あなた……私を知っているの?」
「知ってるも何もテメェ……!」
「リュト! それ以上は……!」
「……っ」
「その、何? すごい意味深で怖いのだけれど……」
よく見たら師匠も師匠で様子がおかしい。おろおろしてる。
何か事実を指摘されたような。思い当たる節があるような。その事実を知っている人が現れて図星食らって大ダメージのクリティカルヒットを受けているような。
普段の師匠なら相手が誰であろうとまず落ち着いて対処する人なのに。「鬼教官」の一言がよっぽど刺さったのか。心当たりがあるということ?
これは弟子として滅多に見れない光景。非常に貴重。今日の発見その一。
「と、とりあえず落ち着いて。お茶でも──」
「ひっ!? い、いらねェよ!」
「え、えぇ……?」
おお。
すごい。リュトが動揺している。
わたしがリュトを見たのは犠牲者の牧場襲撃事件以降だけれど……以降リュトが驚く場面というのはほとんど見たことが無い。
剣士のエスクリ、魔法使いのマージュ、僧侶のルメドは度々驚いているシーンがあった。シュヴァもたまーにあった。リュトはまるでなかった。
それが「ひっ!?」だと。お茶に何を恐怖しているのか。
……なんかちょっと面白くなってきた。不謹慎かもしれないけど。
いつもは冷静な師匠とぶっきらぼうなリュトが両方ともわたわたしてる。絵面がすごい。
「(シュヴァ、出よう。あんまここに長居するのも悪いって……)」
「(待ってくれリュト。本当に……そうなのか? 正直まだ信じられていないんだが)」
「(ああそうかテメェは訓練のこと全然覚えてねェんだよな畜生が!)」
……二人とも迂闊。
隠密に優れたわたしにはヒソヒソ声など全て聞こえている。
しかし何を言っているかは分からない。
意味がないじゃないか。
シュヴァはリュトに比べて相対的に冷静な気がするけど。
おそらくこっちも何か知っているのは間違いない。でもリュトのように爆発はしない。
あれは大きな情報を次々に浴びせられて何かよく分からなくなっている顔。一度目の情報のショックが大きかったところに次の情報を注ぎ込まれてショートを起こしている。そろそろ限界が近そう。
しかしどうしてお互い全然確信に迫らないのだろう。
言いたいことがあるならさっさと言えばいいのに。何を遠慮しているのか。
言っちゃいけない何かがあるとか?
リュトやシュヴァは私に隠れてエスクリと変な会議をしていたし。きっと乙女の秘密連盟が存在する。
「そ、その。エネ……殿。申し訳ないのだが」
「え、えぇ」
「一度、リュトと二人で話をさせてくれないか。少しだけ、時間をもらいたい」
「まぁ、はい。どうぞ」
あ。出て行った。
*
「……あの二人、何なの?」
師匠が困っている。すごく困っている。
まぁそうなる。初対面の若者に鬼教官と叫ばれ、もう一人は固まって震えてた。極めつけに「二人で話させてくれ」と言って走り去っていった。意味が分からないのは当然。わたしも分からない。仲間。
待てよ? 二人を客として連れてきたのは私では?
ごめん師匠。どうやらわたしたちは仲間じゃなかったみたい。
「ヴィっくんの旅の仲間。師匠に挨拶に来──」
「──ヴィクトールが帰ってきたの!?」
おお。そういえば言ってなかった。
いつもの落ち着いた師匠からは想像もつかない声。
さっきリュトに鬼教官と呼ばれた時よりもずっと大きな反応。
ヴィっくんの名前パワー。すごい。
「帰ってきたっていうか……今日着いた。わたしが案内した」
「は、え、今日!? え、今!? あの馬鹿、今この村にいるの!?」
「いえす。数年ぶりの帰郷」
「ど、どこにいるの? 元気なの? 怪我は? ちゃんと食べてるの?」
矢継ぎ早。すごい勢い。師匠がこんなに慌てるの初めて見たかもしれない。
いやそれは嘘か。ヴィっくんが旅に出ると言った日にも似たような顔をしていた。あの時は止める側だったけど。
師匠にとってヴィっくんは弟子であると同時に……なんだろう。息子?
息子に近いのかもしれない。
ヴィっくんが聞けばきっと落ち込む。
可哀想に……。
「元気。めちゃくちゃ元気。怪我もなし。でかくなった。食べてるかは知らない」
「でかく……そう、そうよね、もう何年も経つんだもの……」
師匠の声が少しだけ震えている。
嬉しいのか。安堵しているのか。その両方か。
数百年も生きたとはいえ、それでもなお熱心な弟子が自分を慕ってくれるというのは中々気持ちいものがあるのだと思う。訓練は厳しかったが親身になっていたし。多分師匠もヴィっくんのことを相当気に入っていた。
だから帰って来たと聞かされればこういう反応になるのもやむを得ないのかもしれない。
「今はお父さんのところに挨拶に行ってる。お母さんの墓にも行くと言っていた」
「……そう」
おっと。
お母さんの話が出ると──師匠がいつもこうなることを忘れていた。
ヴィっくんのお母さんが亡くなった時のことを師匠は知っている。
わたしはまだ小さかったからあんまり覚えていないけど。師匠がヴィっくんのそばにずっといたことは覚えている。ヴィっくんが何日も黙り込んでいた時に何も言わずにそばにいた。
師匠にとってヴィっくんのお母さんは……同じ村の大切な人だった。と思う。
わたしより詳しいことは知らない。聞いたこともない。師匠は過去を語らない人だから。
だからヴィっくんのことを息子みたいに思っているのかもしれない。
ますますヴィっくんが不憫。
数百歳が当時十歳程度の子供だし両想いだったら犯罪になっていた。
なんだ。むしろこれでよかったのか。
「ずっと墓参りに行けてなかったって言ってた。気にしてたみたい」
「あの馬鹿は……いや、そういう子か。真面目で、不器用で……自分のことは全部後回しにして」
師匠の目がちょっと潤んでいるように見える。
見間違いかもしれない。
見間違いということにしておこう。
師匠のこういう顔をじっと見るのは弟子としてマナー違反な気がする。
「旅の仲間って言っていたけど……何人いるの?」
「ヴィっくん含めて六人。女の子ばっかり」
「女の子ばっかり!?」
「安心して。ヴィっくんは誰にも手を出してない。断言できる」
「そ、そういう心配をしている訳じゃ……いえ、まぁ……少し安心したけれど」
してるのでは?
完全におかんの顔をしている。
ヴィっくんが師匠のことを好きなのはバレバレだけど──師匠の方は全く気づいていない。
鈍感。きっとヴィっくんの鈍感も師匠から受け継がれた。
そんなもの伝授されなくてもよかったのでは?
「……ああ。じゃあ、さっき報告があるって言ってたのは、そのことだったのね?」
おっと。
そうだった。本題を忘れていた。ヴィっくんの話で盛り上がってしまった。反省。
「偵察中に村へ接近している魔王軍の斥候を一人捕まえた。村の外に縛ってある」
「……」
「師匠?」
「……なんで、すぐ言わなかったの?」
「黙っておいてって言われたから」
「それとこれとは話が別でしょう! 連れてきなさい!」
なんで怒るのか。
指示には従った。模範的な弟子のはずでは。
就職先を間違えたか。
やはりヴィっくんについていくべきだった。
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