「俺と戦ってくれないか?」
バカ遅れました。
本当にすみません。
バカ忙しかったんです。
私を許してください(´;ω;`)
……え、今の声
……いやいやまさか! 嘘だよね?
幻覚? 幻聴? それとも走馬灯のサービス?
だって、ありえないでしょ。ここ森の奥だよ? 死地のど真ん中だよ?
彼だって、用事を済ませたら街を去るって言ってたし……こんな場所に来る理由がない。
近づいてきてたのなら三体のトレントは勿論、周りの魔物たちが気づいてない訳無いんだし。
そもそも、人っ子一人いない森の奥で、しかも逃げ場のない崖っぷちなんだよ? そんな場所へ都合よく彼が現れるなんて、ボクだってここまで逃げてくるのに必死で、泥だらけになったのにどうして……。
でも、幻覚にしては、声が……鮮明すぎるし。
それに、目の前に映ってるのは。目の前でトレントの核を貫いてこっちを見てるのは、間違いなく……!
「大丈夫だったか!」
「ッ! ヴィク! なんで!?」
……っ、速っ!? え、今、何を……って……!?
え、ちょっと待って、彼、今剣を引き抜いて──投げた!?
……投げた!? 剣士だよね!? 剣って命そのものじゃないの!?
うわわ、嘘でしょ、本当に手から離れちゃったよ! しかも一直線に飛んでって──
「──おっしゃぁ! 当たりぃ!」
『と、投擲!?』
「しかも当たってるし!?」
あの距離から正確に!?
う、うわあ。近くにいた別のトレントの核に勢いそのまま深々突き刺さってるよ。思わずエペもびっくりして……。
「いや驚いてる場合じゃないよエペ! 武器を手放してどうするのさ彼! 丸腰になっちゃったじゃん!」
ほら、彼も次の攻撃の手段を失ったから次の手段を打てなくなって……。
……って。
「おらあぁぁッ!」
!?
た、盾構えて突っ込んでったぁ!?
剣を捨てて身軽になったと思ったら今度は特攻!? 狙いは──剣が刺さって怯んでいるその個体へ……。
「落ちろぉぉぉッ!」
──グシャァッ!
いやいやいや、音が……!
人間が木にぶつかっていい音じゃな……嘘!? 浮いた!?
あの巨木が宙に浮いた!? 人間の筋力じゃないよ!? 突き刺さった剣を押し込んで、そのまま盾ごとの体当たりでカチ上げちゃっ……!
あ、ああ、わああ……!
──ドゴォォォ……
「……えぇ?」
『ゆ、夢……? あの大きな体が、あっという間に見えなくなっちゃったけど……』
落っこちちゃった……。
いや……うん……エペの気持ちは分かるよ。
でも、音が崖の遥か下から聞こえてきたし……本当に……。
……ちょっと頭が追いつかないんだけど?
あ、ヴィク……。
「よっ、久しぶり──ってほどでもないか。五日ぶりくらいか? 奇遇だな」
「え、あ……」
「っと、それどころじゃねえ! 悪い、持ち上げるぞ! 掴まってろよ!」
「へっ──うわぁ!」
*
「……ちょ、ちょっと待って! 速い速い! 景色が流れるのが速すぎるって!」
「悪いな! 舌噛むぞ!」
……うわああ近い! 近い近い近い! 顔が! 胸板が!
これ、俗に言うお姫様抱っこってやつだよね!? 今そういう状態だよね!? なんなのこの状況!? これ現実!? 「逃げるぞ」って言われたから頷いたけど、まさかこんな……!
心臓の音とか聞こえちゃいそうなんだけど!? ていうか聞こえてるよねこれ!? ドクドクいってるのがボクのか彼のか分からないくらい密着してるし!
いい匂いするし、胸板硬いし、腕のホールド感すごいし、走ってるのに全然揺れないし……いやいやいや! そんなこと考えてる場合じゃない!
『エスクリ! また来るよ!』
「ひっ! う、後ろ!」
「……ハッ、まあ追いかけて来るよな!」
そうだよボクたち逃げてるんだった!
後ろから激昂した最後の一体が、森ごと更地にする勢いで追いかけて来てて……もし追いつかれたら二人まとめてペしゃんこにされちゃうかも……!
「おっと! 危ねえ!」
「うわっ!?」
う、浮いた! すごい跳躍力……! 今の根っこの突き上げ、完全に予知してたの!?
しかも着地の衝撃が全然来ないよ。ボクに負担がかからないようにしてくれて……ああいや、そんな場合じゃなくて……!
『……でも、おかしいね。あいつ、三体に戻らないよ』
「そ、そういえば。なんでずっと一体のまま追いかけて……」
確かにおかしいよ。
さっきまでは傷ついてもニョキニョキ再生してたのに、今のボスは樹液を垂れ流すだけで、全然塞がる気配がない。それに、あの圧倒的だったプレッシャーも、なんだかスカスカになってるような……?
怒り狂ってはいるけど、あの「無限の生命力」みたいな底知れなさが消えてる。まるで、薪の切れた焚火みたいに……。
「ん? ……ああ! 復活のことか? それなら気にしなくていいぞ!」
「えっ? なんで?」
こいつら、残り二体からの供給か、周りの雑魚の吸収で回復してたんだよ?
今はキミが二体倒したから仲間から供給されることは無いだろうけど……雑魚の魔物がいる限り、また三体に復活して、結局初めからになっちゃうはず。
ボクが何度切っても蘇ったのは、森全体があいつらの胃袋だったからなんだよ? 供給源を断たない限り無限に回復するはずなのに、気にしなくていいって、一体どうして──
「なんでもなにも──この辺りの雑草共は全部刈っておいたからな!」
……はえ?
全部、刈った?
「通り道のおかげでボスの居場所は把握できたし──今この辺りに雑魚は一体もいないはずだ」
……?
……いやいやいや!
いくらこの辺りだけとはいえ、どれだけの魔物がいたと思ってるのさ! ボクだって相当倒したけど、それでもキリがないぐらいにはいるんだよ? それを、ボクを追ってここに来るまでの短時間で、全滅させたって? 一人、剣一本で、走りながら?
……そういえば、彼の戦法は「過剰なまでに接近し、急所を一撃で破壊する対魔物用の戦法」なんだった。ボクみたいに手数で切り刻むんじゃなくて、通りすがりに急所を一突きするだけで済む。よく考えれば、道中の雑魚の処分なんて一瞬か……それでもちょっと異常な気がするけれど。
で、でも! それが分かっても、状況は変わってないよ!
三体いるボスが今は一体で、近くに雑魚がいないからもう復活できないって事実はすごく有用な情報だけど……依然として追いかけられてるシチュエーションは同じままだし、いつまでも逃げ続けられる訳でもない。
何より──今のヴィクには武器が無い!
「おっと……行き止まりか」
「……そんな!」
追い詰められたら絶体絶命なことに変わりはないんだから!
「……仕方ない。ヴィク、下ろして」
「ん?」
ヴィクがボス二体を倒せたのは、彼の急所を突く戦い方もあるけれど……それ以上に「不意打ちだったこと」と「武器を失うことを踏まえた投擲」があったからこそなんだ。
このままいずれ追いつく最後のボス相手に、真正面から武器なしだなんて……無謀でしかない。
「ここまで逃がしてくれてありがとう──ここからはボクが囮になるよ、キミは逃げて」
今、武器があるのはボクの方だ。
エペは両手で持つタイプのロングソード。盾と片手剣で戦うヴィクには合わない。いくら彼が強いとはいえ、慣れない武器を渡して三人とも共倒れになっちゃっても困る。
ボクを抱え続けて走っていればいずれヴィクも追いつかれるし、かといって、今のボクは元気に走り回れるほど体力が残ってる訳でもない。もし元気があればトレント一体ぐらい倒せるだろうけど……現実はそうじゃない。
『エスクリ……まさか』
「そうだよ。ボクはヴィクを逃がすために──ここであいつを食い止める」
どうしてヴィクが助けに来てくれたのかは分からないけれど……そんな優しい彼を、足手まといのボクのせいで死なせる訳にはいかない。
ごめんね、ヴィク。キミは何も悪くないのに。ボクが勝手に森に入って、勝手に油断して、勝手にピンチになって、キミはそれを助けに来てくれたのに。
キミがせっかく二体も倒してくれた手柄も、ボクを助けるためだけに無駄にしちゃって。ボクが足手まといだったせいで、結局こんなところまで追い詰められちゃった。ボクを助けるために、キミの大事な剣まで投げさせちゃって……。
せっかく再会できたけど、恩を仇で返すような真似しかできてない。
だから、エペを持ってるボクが──ここで相手をするべきなんだ。
……本当は、もっと色々お話しとか、したかったな。
もしここで生き残れたら、今度こそ一緒にご飯でも食べて、色んな話をして……そんな未来も、あったのかもしれないね。今更そんなこと考えたって意味無いんだけどさ──
「──何言ってるんだ? ここからが本番だぞ?」
「……へ?」
え……何言ってんのキミ。
「せっかくボスが弱ってるんだ。ここで倒した方が得だろ」
「……いやいやいや! じゃあなんで今まで逃げて──」
「だってあんな崖の上じゃ動き回れないだろ。距離も取る必要があったし」
……!?
じゃ、じゃあ何かな。彼はこのまま普通に勝つつもりでいるのかな。どうやって?
『彼は何を言って……唯一残った盾で殴り殺すとか? 無理だと思うけど?』
「え、うん。ボクも無茶だと思う」
「そうか? ……ボク『も』?」
「あっ気にしないで」
そもそも今の状況って、平常時ならボスを単独で倒せるけれど、機動力を失ってそれができなくなったボクと、武器を失ってそれができなくなったヴィクが逃げ回ってた……で合ってるよね?
そこからどうやってあの怪物を倒すのさ。勝ち筋が見えないんだけど……もしかして彼にしかない秘密の切り札があるとか?
「その、今のボクは敵の攻撃を回避できないし、今のキミは攻撃する手段が無いよね?」
「おう。だから二人が組めばいいだろ?」
……?
…………。
………………!
あっそっか!
「俺は攻撃を防げるし、お前には攻撃する手段がある。お前の実力は自分の身で経験済みだし、チャンスだと思ったんだ──お前と組めばこのボスを倒せるって」
確かに確かに……その方法ならお互いの弱点を補えるし、危険はあるけれどボスを倒せる可能性は十分ある。
なんでボクは一人で戦うことだけ考えたんだろう。彼を逃がしたいって気持ちで必死だったからかな。それとも責任を感じていたから……いや、責任はそもそもボクにあるんだけど。
「ま、会って数日の男に命を預けろって言われても納得しにくいのは分かる。だが、俺としても助けに来た相手を見捨てて逃げろって言われて納得できるような男じゃないんでな」
ああ、そうだったんだ……。
ボクは別に、一人だけで戦う必要は無かったんだ。
「だから、エスクリ──俺と戦ってくれないか?」
*
──ズシン! ズシン! ズシン!
「来たな! エスクリ!」
「う、うん!」
もうここまで来たらあいつを倒す! 今考えるのはそれだけでいい!
彼に抱えあげられて顔が近いとか、良い匂いがするとか、ちょっと首を伸ばせば頬にキスができちゃうとかそんなことは考えなくていい! 悩むなら後だ! うわあああ!
作戦は「ヴィクが敵の攻撃をいなしながら、隙をついて急所まで潜り込み、ボクがそこでトドメを刺す」! シンプルだけど他にやりようもないし、考えてる時間もないし!
『エスクリ! 右! ツタだ!』
「ヴィク、右!」
「おうよ!」
──ガギィィンッ!
うわっ、すごい衝撃!
避けてばっかりのボクには分からなかったけど……ヴィクが盾で受けただけなのに、金属同士がぶつかり合うみたいな音がしたよ!? これ、本当に植物の攻撃なの!?
ヴィクの腕が鉄みたいに硬くなってる。ボクを落とさないように、守るように、力を込めてるんだ。ああもう、揺れがどうとか、抱きしめる力が強いとか、そんなこと言ってる場合じゃない。彼が耐えてるんだ、ボクだってこれくらい! 集中しろ!
「また来た!」
「チッ、数が多いな!」
空からは木の実の弾丸が飛んでくるし、地面からは根っこの槍が突き刺さってくるし……向こうも追い詰められてるからなのか全包囲攻撃を仕掛けて来てる!
え……どうやって避けるの? ボク一人ならステップで躱せるけど、今のボクは荷物だし、彼はボクを抱えてるし……両手が塞がってる状態で、盾一枚でどうやって……!
……突っ込むの!? 避けないの!? 弾幕の中に正面から!?
嘘でしょ、相変わらずすっごい度胸だね!
ほら、またツタがこっちに飛んできて──
「捕まってろ!」
「だ、大丈夫なの!?」
「俺が弾くの得意なのは知ってるだろ!」
知ってるよ! 身を持って知ってるよ! ボクの超ロングソードの攻撃を全部受け流した盾捌き、忘れるわけないじゃん!
でもさ、あれは一対一の話でしょ!? 今は四方八方から飛んできてるんだよ!? 盾一枚で全部防ぐなんて……え、できるんだ……。
えぇ……キミの戦い方、本当に魔物特化なんだね……。
ボクと戦った時は本領の半分も発揮できてなかったんだ……。
「オラァッ!」
……彼の背中から衝撃が来るたびに、体がボクに押し付けられてやっぱりドキドキする。
硬い筋肉の感触、荒い息遣い、玉のような汗が伝っていくのが見えて。必死な顔、ボクを守ろうとしてくれてる顔が……ああダメだ、直視できない。
こんな状況なのに、心臓がうるさい。ボクはもっと集中しなきゃいけない立場なのに──なんだか彼と出会ってから、ボクの体、ずっと変な感じだ!
ああいや、今は戦闘中! 集中しろボク!
『エスクリ! 上だ! 木の実が来る!』
「ヴィク、上!」
「見えてる!」
視界が影に覆われた……彼が盾を頭上に掲げたんだ。爆発音と振動がする……けど、進んでる! ずっとヴィクの足が止まってない。迷いがない。彼には見えてるんだ、煙の向こうにある「正解」の道筋が。
普通なら、爆発を浴びたら足が止まるし、視界が塞がれたら躊躇すると思うんだけど……でも彼は違う。爆風を浴びながら、一歩も引かずに前に出てるんだ! 煙の向こう側が見えてる訳でもないのに、彼は自分の盾が防ぎ切ることと、この先にボクが斬るべき敵がいることを「信じてる」から、疑いもせずに突き進んでる……。
それなら、ボクは信じて身を任せるだけ!
「エスクリ、準備はいいか!」
「いつでも!」
分かりやすい合図とかはいらない。彼がボクを抱える腕の位置を変えるだけで、どのタイミングで「守り」から「攻め」に移ればいいかを教えてくれるから。
彼が「攻め」の合図を出してくれるってことは──今この瞬間最適な場所まで移動ができていて、敵の攻撃も防ぎ切って追撃が来ないことを意味してるんだ。
ボクの命を預けた相手が、「安心して『攻め』ていい」ってアピールしてるんだから。
ボクがすべきなのは、彼を信じて前に立ち、あいつの核を切り伏せること!
「行けぇぇぇッ!」
圧力が掛かる。押し出される感覚と一緒に、視界が一気に流れて、風が顔を叩くけど姿勢は崩さずに。
真っ直ぐだ。ブレがない。まるで見えないレールの上を滑っていくように、ボクの体は「そこ」へ吸い込まれていく。
当たり前だよ! 彼の投擲の技術はさっきこの目で見たんだ! 剣を投げることができるんだから──敵の急所に向かって「ボク自身」を投げることもできるに決まってる!
視界の中央に、狙うべき──核がしっかり見えてる。トレントが枝を振り上げてるけど……遅いよ! この速度のボクを叩き落とせるもんか! ボクはもう、キミの懐にいるんだ!
「エペ、やるよ!」
『了解!』
魔力なんて残ってない。変形なんてできない。
でも、関係ない。今のボクには、彼がくれた加速がある。彼が作ってくれた、最高の隙がある。
全身のバネを使って、空中で回転しながら──
「はあぁぁぁぁッ!」
ただ、斬り捨てるのみ!
──ズバァァンッ!
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