初見殺しには良い思い出が無い
「はい、次!」
ボクの剣が一閃すれば、目の前の植物はもうバラバラ。
これで今日何体目だろう。三百? 四百? 五百? もう数えるのも面倒くさくなってきたよ。
『君、ちょっと雑になってきてない? 一応ここはボスの縄張りなんだけど』
「だって弱いんだもん。初めは深緑の森って聞いて警戒してたけど、これなら前の街道沿いで倒した魔鳥の群れの方がよっぽど強かったよ」
四方八方からツタは伸びてくるし、花粉は舞ってるし、足場は悪いし、環境は最悪……。
でもまあ、慣れれば意外とこんなもんだね。最初は「やりにくい」って思ったけど──所詮雑魚ってことには変わりない。動きは単調だし、再生する前に核を潰せばいいだけの話。バッと接近して切り捨てなくても、もう普通に攻撃躱せるぐらいに法則性も見えてきたし……。
「これじゃ討伐っていうより、ただの草むしりだよ」
『君がそう言うならいいけどさ』
まあ、なんとなく今の自分が気を抜き過ぎってことは分かってる。
でも、エペだって正直退屈でしょ?
ずっと変わらない景色の中同じ敵を倒し続けて、もう三日。
もうずっとこの森を歩き回って、一応全部探しつくしたはずなのに──『ボス』の影すら見つからないんだから。
『おかしいね。これだけ派手に暴れ回ってるんだから、向こうから出てきても良さそうなものだけど』
「だよねぇ。ビビって逃げたのかな?」
『もう僕たちはボス二体倒してるからね、向こうも嫌な予感がしてたり?』
そう、ボクたちはここに来るまでで──もう二体の『ボス』を倒しちゃってる。
一体目は廃坑の近くにいた巨大な岩石人間。今の時代でゴーレムって言うのかな? エペを手に入れたばっかりの僕にとって、岩と岩の隙間に刃を通せば倒せる敵ってのは拍子抜けだった。
二体目は洞窟の奥にいた大蜘蛛。糸でからめとって機動力を奪い、迷い込んだ生き物を食べてたらしいけど……機動力低下が主な戦法ってボクと相性悪すぎるんだよね。足斬り落とせばすぐだったよ。
どっちも「ここが俺の縄張りだ!」って主張が激しくて、探す手間も省けたっけ。
「それに比べると、ここのボスは陰湿すぎる……よっ!」
──ズバッ!
普通ボスは魔物を統率する強化個体だから、大抵縄張りの一番奥にいるんだけど……ここのはそうでもないみたい。
ボスを倒せば周囲の魔物の生態系は大きく崩壊して、勝手に個体数を減らしてくれる。頭さえ取れば自動的に辺りの地域も平和になるんだよね。とはいっても、次のボスが入り込んで新たな生態系を構築するまでの間だけだけど。
だから、僕は世界中のボスを倒してより平和な地域を増やすために冒険してる訳だし。
ここのボスもさっさと倒してこの作業のループから早く抜け出したいんだけども……。
「……まさか、本当にいないの?」
いや、いないはずがない。
ボスがいなければ魔物の群れなんて生まれようがないし、同じ魔物で統一されてるなんてこともあり得ない。これだけ魔物が湧き続けているってことは、生態系を維持する核が健在だってことだし。この森の生態系の頂点に立つ存在なら、どっしりと構えて養分が来るのを待ってるはず。
最悪、火を使ったりすればいいんだろうけど、こんな鬱蒼とした森の中で何か燃やせば瞬く間に燃え広がるだろうし。この辺りは東から風が吹いてるから場合によっちゃ大都市プルミエールがそのまま風下になってそれはそれで問題になりかねない。
『……もしかして、見落としてる?』
「まさか! 失礼だな!」
元勇者の索敵能力をナメないでほしい!
でも、どの根っこを見ても皆太さも硬さも同じだった。ボスの根っこが他と同じ脆さなんてことは無いでしょ。ボスがそんな弱いなんてことはあり得ないし。
「はぁ……これ、長くなりそうだね……」
こっちとしては、ボスの位置を特定しないと作戦も準備もできないから困るんだけど。
一個の拠点に留まり続けるのもどうかと思うし、早く見つかってくれないかな。
*
……なんて、のんびり考えてたのは二日前のことだった……っけ!
「こんな形で遭遇か! ボクもツイてな……うわっあぶな!」
目の前に迫る丸太……っていうか、本物の丸太の腕!
──ドゴォン!
これ絶対痛いじゃん! もし当たったとして……ボクの体無事で済むかな!?
体反らしてギリギリ躱したけど、鼻先掠めた風圧だけでよろけそうだよ。土煙すごいし、目に入ったらそれだけで隙を晒すことになっちゃう。
『それにしても……デカいね』
まあ、うん。
所謂「トレント」って奴の強化個体なのかな。見上げるような巨体に、鋼みたいに硬い樹皮。腕の代わりについてる太い枝なんて、そこらの大木より太いんじゃない?
何より気持ち悪いのが、地面から引き抜かれた根っこだよ。前の蜘蛛なんて目じゃないぐらいワシャワシャ動いてて……ちょっと生理的に受け付けない!
──ドドドッ!
おおっと! 走って来た!
下がって、下がって! 距離を取らなきゃ!
『まさか──移動してるだなんてね!』
「そうだそうだ! 植物の風上にも置けないよ、キミ!」
そりゃ見つからないわけだよ!
こいつ、根を張ってじっとしてるんじゃなくて、森の中を徘徊してたんだから! 雑魚の魔物たちが動かなかったからてっきりボスもそうだと思ってたのに……自分だけ動けるとかズルくない!?
しかも、時折普通の木に擬態して、ボクが通り過ぎた後にこっそり移動してたなんて……陰湿にも程があるでしょ。ボスならもっと堂々としてなよ!
本来はボスの場所を特定してから準備してもう一回来るつもりだったのに、運悪く鉢合わせしちゃったから特に準備もないままの勝負になっちゃった!
ボクはただ、いつもみたいに退屈な「草むしり」の最中に「あれ? さっきここ通った時、あんな所に大木あったっけ?」って思って。試しにエペで小突いただけなのに……そしたら、いきなりコレだよ! 挨拶もなしに殴りかかってくるなんて、礼儀知らずな木偶の坊だね。
『来るよエスクリ! 右だ!』
「分かってるって!」
巨体のくせにそこそこ速い! 地面揺れすぎ!
あんな質量攻撃、避ける場所がないなら受け流すしかないじゃん!
エペを斜めに構えて──軌道を逸らす!
「っ、らぁ!」
……重っ!
ガキンッて、剣同士みたいな音がしたけど、こっちの腕が痺れるレベルだよ。
ヴィクの一撃も重かったけど、こっちは単純な質量が桁違いだ。
テクニックじゃなくて物理法則で押し負ける!
「でも……それだけだね」
後は雑魚と変わらない。
動きは単調。攻撃は大振り。威力は致命傷、でも当たらなければどうということはない。
スピードならボクの方が上だ。懐に潜り込んで、枝の付け根を狙えば!
──ザシュッ!
「よしっ!」
深いとこまでは届かないけど……確実に刃が食い込んだ!
普通の剣なら刃こぼれしてるだろうけど、そこは流石聖剣エペ。切れ味は落ちてない。
一撃でダメなら、手数で攻めるだけ!
『どう? 行けそう?』
「意外と余裕! 硬いだけが取り柄の木偶の坊だよ!」
正直、拍子抜けだ。
探すのに合計五日もかかったんだから、どんな強敵かと思って身構えてたのに。
これなら、前に倒したゴーレムの方がよっぽど厄介だった。大きさも同じぐらいだし、そもそもあいつ、岩の塊なんだもの。木に比べれば硬いに決まってるじゃん。
準備不足で見切り発車しちゃったけど、これなら本戦の準備なんて必要ない。今のボクの剣技だけで十分、お釣りが来るレベル!
「これで……トドメだ!」
トレントの動きが鈍った瞬間──今だ!
地面を蹴り、空高く跳躍。狙うは頭頂部。魔力の核があるはずの場所。重力に従って落下しながら、体重を乗せた渾身の一撃を叩き込めば……!
──ドゴォッ!
よし! 手応えあり!
エペの切っ先が深々と突き刺さって、トレントが崩れ落ち……。
『エスクリ! 後ろ!』
「え……」
後ろ!?
まずい、空中で振り返れない! 勘だけを頼りに体を捻って、エペを盾に──
──ヒュンッ!
「っ……!?」
脇腹が……熱い!
突き刺された!? いや、掠っただけ!?
「え、今の……何?」
*
「はっ、はっ、はっ……!」
『エスクリ! また右から……!』
「っ! え……いやぁっ!」
息が苦しいし、肺が焼けるみたいに熱い。
吸い込む空気は血の味がするし、吐き出す息は鉄錆の臭いがするし。脇腹の傷がズキズキ痛んで、走るたびに生温かいものが少しずつ流れて、それで服が張り付いて……ああもう、気持ち悪い!
情けない。本当に、情けないよボクは!
──ドシンッ、ドシンッ、ドシンッ!
そして何より、背後のこの地響き!
一つじゃなくて、二つでもなくて──三つの巨大な質量が、森そのものをひっくり返しながら追いかけてくる!
鳥たちはとっくに逃げ去って、虫の声さえ聞こえない。木々をなぎ倒す音と、ボクの荒い声しか聞こえない!
「ああもう、しつこい! あんな図体して、なんでそんなに小回りが利くのさ!」
『仕方ないよ! 奴らは木そのものなんだから、木々が障害物になるな訳がない!』
泥だらけの地面を蹴って、絡まる木の根に悪態をついて、垂れ下がるツタを剣で払いながら、無様に走り続けるしかできないなんて。
逃げ惑うなんてカッコ悪い。男らしくない。その美学は大事だ、大事だよ……でも今は何の役にも立ちそうにない!
だって立ち止まったら──文字通り圧死するんだから!
『エスクリ、次は左だ! ツタが来る!』
「分かってるってば!」
エペの警告に従って、地面を転がるようにして──
──ズドオオオオオンッ!!
「うぇっ、ぺっ! 土! 口の中に土が!」
ちょっと、今の音おかしいでしょ!?
さっきまでボクがいた地面が抉れて消し飛んでるし……! ただの植物が鞭を振るった音じゃないよ、攻城兵器が城壁を砕いた音だよ!
あんなの一撃でも掠ったら……ああ考えたくない!
防御? 無駄だってことははっきり分かるよ! エペで受け止めたって、衝撃だけで内臓が破裂する未来しか見えない!
「ああ、どうしてこうなったの……?」
数分前まで、ボクは余裕綽々だったはずだ。
たかが木偶の坊。動きの鈍い大木一本。
そんな風に高を括って、慢心して、トドメを刺した気になっていた。「ボクの手にかかれば草むしりだ」なんて、どの口が言ったんだか。
それが間違いだったんだ。
あの時ボクが倒したのは、「ボスの一部」でしかなかったなんて!
思い出すだけでもゾッとする。
頭を潰したはずのトレントが、痙攣しながら周囲の雑魚魔物を吸収し始めて。
ブチブチと根を引き千切りながら、傷口を塞ぎ、失った枝を再生させ、あっという間に元の姿に戻ってしまった。
そして、僕を囲うように──全く同じ姿をした二体のトレント現れた。
幻覚かと思ったよ! あるいは分裂したのかと! だってボスが複数体だなんて、噂ですら聞いたこともない!
でも違う、あれは最初からそこにいたんだ! 気配を殺して、擬態して、ボクが一体目に集中するのをじっと待っていただけ!
ああもう最悪だ。
全然簡単な敵だと思ってたのに、その実、一番相性が悪いタイプだった。
陰湿! 狡猾! 植物のくせに、狩りのセオリーを理解なんかしちゃって!
『アイツら、最初から三体で一つの生命体なんだ。一体を倒しても、残りの二体から魔力を供給するか、周囲の雑魚魔物を吸収するかして再生してる』
「倒すなら三体同時か、雑魚狩りして供給元を断てってことだよね!?」
いや無理だ!
三体同時なんて冗談じゃない。一体の攻撃を躱すだけなら大丈夫だったけど……それが三倍になって、対応できる訳がないじゃんか!
しかも、こいつらの連携は完璧だし! 一体が正面から突っ込み、一体が側面から退路を塞ぎ、もう一体が遠距離からツタや木の実を飛ばしてきて……死角がない!
まるで、熟練のパーティと戦ってるみたい。武闘大会でも思ってたけど……ボクは「一対一」特化で「一対多」には弱いんだよ!
……ああ、そうか。これが「ボス」ってことなんだ。
そんな簡単な訳がないとは思ってたけど、いざ相性の悪い相手が本気になるとここまで不利になるなんて。
ボクは慢心していた。「元勇者だから」「ここの魔物には慣れたから」「ボスを倒した経験があるから」って、そんな態度取っちゃいけないのに。「今の戦士はレベルが高い」ってことも分かってたのに。
ずっと上手くいきすぎてたから、「意外と現代なんてこんなものか」ってどこかで思い始めてたんだ。
よく考えればそうだ。大きな都市の近くのボスはより効率的に人間を襲えるよう、より強い奴が住み着くはずじゃないか。
変に平和ボケして、そのツケが、今こうして回ってきてる。
「はぁ、はぁ……!」
せめて、エペの変形能力があれば。今からでもリーチや形状を変えられるなら、三体まとめて攻撃することもできたかもしれない。
でも、今のボクにはそれがない。ヴィクとの戦いで、勝ちたい一心で見栄を張って使い切ってしまったから。
あの時のボクを殴ってやりたい。
バカだ。大バカだ。ただの長剣一本で、再生する要塞三つを相手にしなきゃいけないなんて……エペの忠告を聞いていればよかった!
『エスクリ、前方! 崖だ!』
「……っ! 嘘でしょ……!?」
……最悪だ。
確かに森を回ってた時にこんな崖を見た気がするけれど──ボスから逃げるのに夢中で追い詰められてたことに気づかなかった……。
でも、引き返せば三体のトレントが待ち構えている。
そんな風な戦い方もしてくるなんて。
目の前は行き止まり、袋小路だし。
完全に──詰んだ。
「……はは。みっともないなぁ、ボク」
カッコ悪い。頼れる男になりたかったのに。
誰も守れず、大したことも成し遂げず、平和ボケのあまり油断しまくってこんな森の奥で野垂れ死ぬなんて。
今思えば、敗因になる要素はあまりにも多すぎた。
準備不足のまま遭遇に、一対多の状況。
回避メインなのに不意打ちなんか貰って。
しかもエペの能力は自分のせいで使えない。
おまけにボス撃破の経験と植物魔物への慣れによる慢心。
前世のシエルが見たら、どう思うんだろう。同一人物のはずなのに、一度精神がリセットされてるせいなのか、もうよく分からない。
……ああ、それも敗因なのか。今のボクは「勇者シエル」とは肉体も精神も根本的に変わってしまっているんだ。
崖を背にして、震える足で踏ん張って。
……なんだよ、トレント共、急にゆっくりになっちゃって。
逃げ場はないことが分かってるのかな。動きに余裕すら感じられる。
自業自得なのに、なんでこうも腹が立つのかな。
……でも。
『……諦めるのかい?』
「まさか」
動け、ボクの手! 震えてる場合じゃない! エペを握れ!
足はガクガクだ。脇腹は痛い。魔力も体力も空っぽだ。勝算なんて、万に一つもない。
多分、これで終わりなのは分かってるよ。元勇者の来世がこんな結果なんて笑っちゃうよね。
エペには悪いことしたよ、持ち主のせいで彼は破壊こそされなくてもずっとこの森に放置されちゃうんだから。謝っておかなくちゃ。
ただ、それでも!
「ここで諦めたら、ボクは一生『口だけの頼りない男』だ……最後くらい、男らしく散ってやるさ!」
喉が裂けるぐらい叫んでやる! 睨みつけてやる!
来るなら来い! ただじゃ死なない! せめて最後に崖ごと切り崩して道連れにしてやる! たとえ再生されようとも、こいつらに「痛み」を刻み込んでやる!
──ズズズッ……!
「……っ!」
目は瞑らない! ボクの死に様、最後まで見てやるんだ!
ああ! ボクの二度目の人生、随分短かったなぁ!
平和になった世界をもっと見たかった! もっと美味しいもの食べたかった! もっとおしゃれとかもしたかった!
それに……
「──もっと、彼とも話したかったぁ!」
──ザクッ
「……え?」
──ボトッ
……痛く、ない?
あれ……どうして急に、トレントの一体が崩れ落ちて……。
「よう、探したぜ! また会ったな!」
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