空振りだけど、一応収穫あり
闘技場の観客席。すり鉢状の会場は熱気に包まれていて、中央のリングでは屈強な戦士たちが命のやり取りをしている真っ最中。
歓声と怒号、武器のぶつかり合う音が響いている、そんな喧騒の片隅で、僕の持ち主──エスクリはというと……。
「本当に、ごめん……」
これ以上ないくらい小さく縮こまって、蚊の鳴くような声で謝罪してる……。
ハンマーに変形した僕がヴィクを吹き飛ばし、壁に穴が開きそうな勢いで叩きつけてヴィクが気絶、エスクリの勝利に終わったさっきの勝負。
当然、予選に参加できなかった僕たちは二人とも失格扱いになり、途中参加なんかできるわけもなく。そのまま約束通りってことで、ヴィクに軽食を奢ってもらいながら二人して観客席で戦いの内容を見守ってるんだけど……。
「うぅ……気まずい……」
これが前世で魔王を打ち倒した勇者の今の姿かい……?
誰が信じるっていうの……? それぐらい情けないよ……?
「いいって。そもそも、本来は俺が礼を言うべき立場なんだから。勝負を頼んだのも俺なんだし」
対照的に、彼女の視線の先で串焼き頬張ってるヴィクはまるで気づいてなさそう。
ガードが完璧だったのか、僕が直撃した部分に傷は一つも無いんだけど……壁に吹き飛ばされた時に背中を強く打ったみたいで、ちょっとだけ包帯が巻いてある。それでも、今は全く痛そうにしてないし、骨折は確実かと思ってたのにこの程度の軽傷で済んでいるあたり、やっぱり彼は化け物じみているけれど。
で、加害者であるエスクリがどうしてここまで落ち込んでるのかと言えば。
「(どうして……どうしてボクは、あんなことしちゃったんだぁ……!)」
……さっきの戦いの結果というか、自分の立ち振る舞いが大層気に入らなかったみたいで。盛大な自分反省会を開催中だ。
いや、僕だって彼女と同じ「シエル」なんだし、なんとなく言ってることは分かるけど……それにしてもさっきから聞こえてくる声が、あまりにも悲痛すぎて。
『ねえ、エスクリ。そろそろ落ち込むのは止めたら?』
「(で、でも! 剣士の勝負だよ!? 彼は正々堂々、剣技で語り合おうって雰囲気だったじゃん! なんで剣技なんか微塵も関係ないハンマーなんか持ち出したのさボクは!?)」
『いやでもあの時は二人とも「勝ちたい」しか考えてなかったし……』
「(そうだけど! でも、あそこはもっとこう……鍔迫り合いの末に、お互いの剣が弾かれて引き分け、みたいな! そういう美しい決着があったはずなんだよ!)」
まずここが不満ポイントその一。
剣士の戦いに無粋な質量攻撃を持ち込もうとしたこと。
剣の腕を磨いて武者修行中だと話してくれたストイックながらも努力家な彼に対して、僕たちが刺したトドメは『技術も何も関係ない大振りの一撃』。
そこには剣技としての華やかさや優雅さは微塵も含まれてないし、彼の思う「強者としての剣士」とはあまりにもベクトルが違いすぎる。勝ちたいが故になんとも場違いな選択を取ってしまったっていう。
「(しかも……後出しで『能力』なんか使っちゃって……卑怯者って思われてないかな……)」
『ヴィクは「すごい」って言ってくれてるけどね』
「(お世辞だよ絶対! あんなの、不意打ち以外の何物でもないじゃん!)」
次に不満ポイントその二。
事前に教えていない「能力」で勝利したこと。
凄腕のヴィクに実力を認められてつい舞い上がってた僕たちは、いざ彼との戦いで戦況の悪さについ意地を張り、「能力」を使うことを選んでしまった。
彼からすれば完全に想定外の挙動だっただろうし、それを乗り越えてまで接近できたのに、二回目の変形なんてズルで敢え無く吹き飛ばされちゃった。実際の戦場ならまだしも、模擬線でこれはただの不意打ちと何も変わらない。
「(しかも回数全部使い切っちゃって……一週間……いや、下手をすれば十日は変形できないよこれ……ボクのバカ!)」
『……これについては僕忠告したからね。使うって言ったのは君だから』
「(うぅ……)」
最後の不満ポイントその三。
短期間とはいえ三回だけの回数制限をこの戦いのために全部使っちゃったっていう事実。
一回目、超ロングソードへの変形。二回目、ハンマーへの変形。で、勝負が終わって僕を元の剣に戻すために三回目。
おかげで魔力が回復するまでの当分の間は僕を変形させられなくなった。今の彼女の魔力タンクは、文字通り空っぽ。魔力欠乏の倦怠感も相まって、その落ち込みようを加速させてるみたい。自業自得と言えばそれまでなんだけどさ。
「いやあ、にしても凄かったな。さっきの!」
「え? あ、うん……」
まあ、彼が一切そんなことを気にしてないのが救いというかなんというか。
「まさか剣があんな変形をするなんて、思いもしなかったぜ。リーチが伸びたと思ったら、次はハンマーだろ? 変幻自在ってのはあのことだな」
「そ、そう……かな?」
「俺の攻撃を誘って、重心を崩したと見せかけてカウンター……あの判断力、痺れたよ。俺の完敗だ」
さっきからずっとエスクリの剣技について絶賛してるし。
唐突な戦法の変更もエスクリの経験故だって認めてるし。
変形する僕の能力だって卑怯だとはまるで思ってないし。
「あんな面白い剣技、初めて見た。お前は最高だよ。戦えてよかった」
「え、えへへ……そうかなぁ……」
……いい奴だなぁ。
どうやら彼の中では、「急にルール外の武器で殴られた」って事実よりも「未知の強敵と戦えた」という喜びの方が勝っているみたい。
根っからのバトルジャンキー……いや、武道家肌なんだろうね。清々しいくらいだ。
彼に悪気がないことが分かって少し安心したのか、エスクリもようやく奢ってもらった串焼きに手を伸ばした。強張っていた表情もすっかり緩んでるね。
ずっと申し訳なさそうに縮こまってるのは変わらないけど、その実、ヴィクに褒められて尻尾振りたいのを必死に堪えているのが丸わかりだよ。心拍数がずっと早いままなんだもの、僕には隠せない。
嫌われてなくて良かったね。
「……? ヴィク、どうしたの?」
……ん?
あれ、本当だ。エスクリに言われて今気づいたけど、彼の視線が皿の隅に添えられた付け合わせの野菜──緑色の、ちょっと苦そうな葉っぱに釘付けになってる。
「あ、いや……恥ずかしいんだが、俺、野菜が苦手で……」
「えっ、そうなの!?」
えっ、そうなの!?
……しまったしまった。思わずエスクリと同じ反応しちゃった。
いやでも、そうなんだ。ちょっと意外というか……。
「いや! 心配は要らないぞ! 頼んだのは自分だし、出されたもんは残さず食うのが流儀だ……!」
……すっごい脂汗。
僕たちと戦ってたときより緊張してるんじゃない?
「好き嫌いしてちゃ、強くなれないからな……!」
あっ。
悲壮な覚悟を決めて、顔歪めながら口ん中に放り込んだ。
水一気飲みして、なんとか飲み込もうとしてる。
……前世でニンジン食べられなかった時のこと思い出すなぁ。
「……ふう。危なかった……」
……ぷっ。なんだそれ。
あんなに強くて、豪快で、頼りがいのある男が。たかが葉っぱ一枚に、そんな死にそうな顔をするなんて。
さっき僕のハンマーを受けた時よりも必死に見えたよ? 剣だから息は無いけど、思わず吹き出しそうになったよ。
「(……か、かわいい)」
おっと、エスクリ。心の声が漏れてるよ。
……意外と子供っぽいんだね、彼。完璧超人かと思ったら、こんな隙があるなんて。
まあ、人間味があっていいんじゃないかな。少なくとも、ただ強いだけの戦闘マシーンよりは、ずっと親しみが持てるんじゃないかな。
*
「……そろそろだな」
「そうだね……」
ヴィクと一緒に観戦してたこの武闘大会も、もうそろそろ最終戦が終わりそうだ。
中央の舞台で優勝者が高々と拳を突き上げ、観客が割れんばかりの拍手を送っていて……まあ、僕たちの周りだけは、妙に静かだけど。
……結構楽しかったなぁ。
試合の内容もそこそこ面白かったけど、何より隣に彼がいて、同じタイミングで驚いたり、笑ったり。同じレベルの戦士にだけある第六感っていうのかな。
僕とエスクリが見てるとこと全く同じ場所をヴィクも見てるんだよ。試合の最中に「あの横薙ぎは惜しかった」とか「中々良い蹴りだった」とかさ。言葉を交わさなくても通じ合っているような、不思議な居心地の良さがあった。
……まあ、彼は剣がそんなこと考えてるだなんて知りもしないだろうけどさ。
こういう時は、ちょっと寂しいよね。体が無いってのは。もう慣れたけど。
エスクリも同じ気持ちだったみたいで、チラチラと彼の横顔を盗み見ては、何か言いたげに口をもごもごさせてすぐ諦めてる。
誘いたいんだろうね。「ねえ、これからの予定は?」とか「もしよかったら、ボクと組まない?」とか。
不器用だなぁ。喉まで出かかっている言葉を、必死に飲み込んでいるのが伝わってくるよ。
「さて、行くか」
「あ……」
……でもまあ、そうだよね。
僕としてはエスクリが彼と仲良くなれただけで良い収穫だったと思うけれど……一回勝負して、後は大会を観戦するまでの縁だからね。大会が終われば、別れることになるのも必然、か。
伸びをしながら振り返るヴィクの顔は夕日に照らされて、ちょっとした清々しさと少しの寂しさを帯びているように見える。彼もちょっとは寂しく思ってたりするのかも。
「──そういえばエスクリ、さっき言ってたよな。ここに来た目的は『人探し』なんだって?」
……苦しい嘘だよね。
観戦中の雑談で「お前ほどの手練れがなんでこんな場所に?」「名剣には興味が無いんだろ?」って聞かれて。
本当の目的は「相棒探し」なんだけど、何が気恥ずかしかったのか。エスクリがつい「ボ、ボクたちは人探しのためにここに来てて!」とか言い出しちゃって。
ボクたちって、一人じゃないことまで言っちゃてるし。取り繕う素振りも見せなかったよね、この持ち主はさ。
「えっ? あ、うん! そうだよ。昔の知り合いを探してて……」
まあ、でも、仕方ないよね。それを言っちゃうのは躊躇われるし。
だって、目の前にいる「最高の相棒候補」を誘えない状況なんだから。
彼は武者修行中の身。夢を追いかけ、自分の強さを磨いている真っ最中だ。
そんな彼を、僕たちの「世界の歪みを正す」なんていう、重くて、危険で、終わりの見えない使命に巻き込むわけにはいかない。
確かに、強さを磨く修行になるとは思うけれど……ボス討伐は、命の保証がない戦いだ。相手は魔物だから、彼の望む人間としての強さは手に入らないだろうし。旅の予定も不安定だから、他に目的があるヴィクにとっては動きづらくなっちゃう。
元々そういう人を探してスカウトするつもりだったんだけど……彼の言葉はあまりにも真っすぐで強い意志を感じるし──何より彼の態度からは『何か他の目的がある』ことも感じ取れた。
その目的が何かは分からないけど。
僕たち「勇者シエル」の宿命に、無関係な未来ある若者を巻き添えにするのは──勇者の流儀に反する。
だから、彼を誘うことは……できない。
だから、エスクリは嘘をついた。
その「探し人」なんていないのに。いや、いるとしたら目の前の彼なんだけど。
見つかってるのに、見つかってないフリをしなきゃいけないんだね。
「そっか……見つかると良いな」
「うん、ありがとう」
ヴィクは深く追求する気が無さそうだ。ただ彼は純粋に応援してくれてる。
……嘘ついてるこっち側としては情けなくて、申し訳なくて、胸が苦しくなるんだけど。
剣に胸なんか無いか。何言ってるんだ僕は。
「俺は二、三用事を済ませたらこの街を離れるつもりだ」
「そっか……」
「あっ、まだまだ修行は続けるつもりだぞ。お前みたいな化け物……あ、いや、すごい奴がいるんだって痛感したし」
「化け物って言いかけたね今」
「ハハ、悪い悪い! 褒め言葉だぜ?」
まあ、そりゃそうだろうね。
彼ほど強さに飢える人なら、今日負けたからもうお終いって訳にはいかなさそうだし。もし再会することがあれば、エスクリすらも上回って『今世代の勇者』として名を馳せる存在になったりしてそうだ。
……いいな。エスクリは。
彼とこんな風におしゃべりができて。
僕も今世で、こんな友達が欲しかったよ。
君にとっての理想は──僕にとっての理想でもあるんだから。
「……ふふ。それなら次も勝てるよう、ボクも精進するよ」
「ああ──また会おうぜ、エスクリ」
彼はニカッと笑って、そのまま歩き出した。
振り返ったりもせず。その背中は、やっぱりどうしようもなく大きくて、頼もしい。
……おかしいな。一応、勝ったのは僕たちの方なんだけどな。
彼を見て、彼と話して、やっぱり「憧れ」の気持ちを捨てられないでいるのかもね。
『行っちゃったね』
「……うん」
『僕たちも、戻ろうか』
「そうだね……」
*
「あーあ……もったいないことしたなぁ……」
あわわっ! 僕を背負ったままベッドに飛び込まないで!
宿の部屋に戻った途端これ? 枕に顔を突っ込むとこまで含めて予想通りの反応だけど、予想通り過ぎてちょっと捻りがないよ。せめて僕はちゃんと壁にかけてからしてほしかった!
「あんな逸材、二度と会えないかもしれないのに……! しかもイケメンで、いい匂いがして、性格も良い奴で、凄い理想的なの相手だったのにぃ……!」
いやまあ。うん。
実力としては申し分ないし、僕個人としても彼のことはすごく気に入ってる。その上、野菜が苦手なんて一面も見せてくれたからね。属性過多なのは分かるよ。
ただ、シーツくしゃくしゃにしてぐだぐだ嘆いて……今の発言とこの姿だけ切り取れば、恋する女の子が告白に失敗してテンション落としてるみたいな感じだよね。
……これで中身が自分なのがなぁ。ちょっとなぁ……。
『仕方ないよ。君の判断は正しい』
「分かってるよぉ……! でもぉ……!」
『彼には彼の夢がある。僕たちには僕たちの使命がある。住む世界が違うんだよ』
彼以上の存在をこの街で見つけることはできないだろう。
武闘大会を見た僕たちですらそう思うんだ。相棒探しの結果は失敗、次に延期ってこと。
次やるならもっとフリーで、僕たちの戦闘スタイルともバランスが良くて、個人的にも仲良くやれそうで……その上、そこまで彼女のタイプじゃない人にしてもらわないと。
これ以上もう一人の自分の乙女な姿見せられ続けると僕自身の精神衛生上よくないし。
……あっ起き上がった。
下ろしてくれるの……ああ、違うのか。窓開けるだけか。
「……そうだね。くよくよしてても始まらない! 相棒探しは一旦保留だ! この街のボスは、ボクたちだけで叩き潰してやる!」
夕焼けに染まる街を見下ろしながら宣言するエスクリ。
その瞳に映るのは、未練ではなく、次なる闘志だ。
こうして平和な街を見て、自分の立場を思い直したんだろう。
相棒は確かに必要だけど、別に一番急がないといけない用件って訳でもない。
それより、この街の向こうの森に、人々の暮らしを脅かす魔物がいることは事実。
勇者が悩むべきは人間関係じゃなくて、あくまで「平和の敵」なんだ。
『やれやれ……結局、いつも通りの日常に戻っただけか』
まあ、悪くない一日だったんじゃないかな。
ヴィクと戦い、強者との縁と経験を積んで。大会は外れだったけど、外れと分かっただけでも良し。気持ちも一新して切り替えられた。
少なくとも、彼女が「ただのミーハー」じゃなくて、ちゃんと「勇者としての分別」を持っていたことは確認できたしね。
さあ、明日からは忙しくなるぞ。
また森に入って魔物を狩り、何処にいるかもわからない魔物たちの『ボス』を見つけ、そして討伐する作戦が開始するんだ。
「……でも、やっぱり惜しかったな。あの筋肉……もっとしっかり触ってみたかった……」
『……それはどっちの意味だい?』
……前言撤回。
本当に彼女……というか、彼は大丈夫なのかな、これ。
明日からはボス討伐に向けて動かないといけないんだよ?
戦闘中に彼のこと思い出して被弾とか笑えないからね?
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