真実はときに鋭すぎるもの
……倒せ、た?
あれだけ暴れまわっていたボスの巨体が、嘘みたいにぴくりとも動かなくなって、そのまま黒い煙になって消えちゃった……。
辺りは……とんでもない状態。
石畳は至る所が破壊されつくしてるし、毒液の残った跡みたいなとこから変な煙が起こってるし、木々は攻撃の余波だけで全部へし折れてるし、地面には歩けなくなるぐらいのヒビが入ってるし。
今も、赤黒い血が一か所から流れ続けてるし……。
「はぁ……はぁ………………勝った、の、か?」
「……っ、ヴィクトールさん!」
「お、おお。ルメド。ありがとな、助かったぞ」
「……! も、もう! 貴方って人は……!」
とんでもないことしてくれましたね! 本当に!
いくらあれ以外の方法も無かったとはいえ……自分がどんな真似して戦ってたか、自覚あるんですか!? 僕という回復薬がいることが大前提の捨て身戦法を繰り返して……見てるこっちがどれだけ冷や冷やしたことか!
服も、肌も、真っ赤に染まっていて……立っているのが不思議なくらいなんですよ!
それに、その……左腕だって、やっぱり。
信じたくありませんけど……「そういう」戦い方をしたってことです、よね。
僕との契約を果たすために、ボスを倒すために、僕の命を守るために……だからって、そこまで自分を犠牲にしようとしなくたっていいのに……!
もし左腕が直らなくなったら……とか、そういうことは考えなかったんですか!?
「もう、本当に……!」
「ルメドの回復魔法のおかげでボスを倒せた」
「……っ!」
「ギリギリだった……俺の無茶に付き合ってくれて、本当に感謝してる」
「そ、そんなこと……言ったって……」
……そんなこと、言われたら。
僕はどうすればいいんですか。
分かってるんですか?
僕は今、ずっと頼りにしてきた一番の護衛が最大の宿敵だと知って。
僕がずっと彼自身だと信じていたその人とは、生きている内に会話できたことも無くて。
その信じてた相手にこれから国を亡ぼす手伝いをさせられそうになっていた……。
「お、おい。どうしたルメド。俺の服なんか握って」
「どうした、って……どうした、ですって……」
そんなところを──貴方に助けられたんですよ……?
僕は、僕の感情は……どうすればいいんですか?
パルジュを偽っていたあの、ボスに、怒ればいいんですか?
それとも、今は亡きパルジュ本人に悲しめばいいんですか?
僕の命の恩人に「どういたしまして!」と誇るべきですか?
自分の身を犠牲にした彼に「ふざけないで!」と言うべき?
国の脅威であった問題を全て解決した礼をするべきですか?
ソワン国の要人として、最高治癒術師として、癒しの神に仕える身として、あの悪魔を付き従えていた身として……そして貴方の協力者兼依頼人兼友人として。
戦いが終わって冷静になれた今、僕は色々なことを気持ちがごちゃまぜになって凄いことになってるんですよ……? これを、どう責任を取ってもらって、どう責任を取るべきなのか……。
──「おい! こんな朝からなんだあの騒音は!」
──「ン……!? なんだこの有様は!? 何が起こった!」
──「誰かいるのか! 怪我人は! 急患はいるのか!」
……あ。
そういえば……そうだった。
ここはあと一歩進めば貴族街。いくら早朝とはいえ、あんな激しい戦闘を繰り返していたら……周囲の人が集まってくるのも当たり前。
というか、今の僕って。
うじうじ考えるより、よっぽどやるべきことがあったような……。
「おっと、血が出過ぎたな……悪い、また世話になるぞ、ルメド」
「あ、あああああ……!」
そうだ! 僕の気持ちがどうとかより早くこの人の左腕を直さないと!
本人が気づいてないだけで今左腕と共に大量に血液を失ってるんだった!
「ル、ルメド様!? 何故ここに……」
「ルメド様だと! 無事なのか!」
「これは一体……隣の方は……?」
「おお、野次馬も集まって来たぞ、ルメド……」
「そんなこと言ってる場合じゃないんですよ!」
というかなんで貴方もそんなに冷静でいられるんですか!
猛毒を全身に大量に浴びておいて、その上で全身にとてつもない裂傷や打撲を受けてるだけに飽き足らず、四肢の一つが完全に破壊されてるんですよ!?
ああそうか僕が全力で鎮痛させてたから痛みなんてまるで感じないんですねそうですかいやそれでもおかしいでしょ!
「誰か! 担架を! 急いで! 急患です!」
「え、あ……はい! 分かりましたルメド様!」
「お任せくださいルメド様! 今すぐ持ってきます!」
「その……ここで何が起きたのですか……?」
「後で説明します! 今は最寄りの療養所へ! 道を空けて下さい!」
ああ、ここがソワン国で良かった。
治癒をすることが当たり前になってる国だから、重傷者が出たときの対応は全員理解してるし、野次馬根性も人命のためなら自重してくれて、「担架だ!」「運ぶぞ!」「急げ!」って叫んでる人もいる。
とにかく、この人をここで死なせる訳にはいけません。
この国にいる以上、僕が側にいる以上、僕が救いたいと決めた以上……絶対に五体満足の状態まで回復してもらうんですから!
「僕の研究室から、再生魔法用の触媒と薬剤を全て持ってこさせてください! 急いで!」
「すごい、大事になりそうだな……」
「……はぁ?」
今、なんて言いました?
大事になりそう?
……ああもう!
助けてもらった身だから強く言えない!
「痛くないからって、死なないわけじゃないんです! 黙って運ばれててください!」
戦いは終わった。
でも、僕たちの戦いはまだ終わってない。むしろ、ここからが正念場です。
待っててください、ヴィクトールさん。
絶対に、治してみせますから。
だから、覚悟してくださいね。目が覚めたら、お説教ですからね。
たっぷり、たっぷりと……僕の気が済むまで、付き合ってもらいますから!
*
「再生魔法の前にまずやることがあるんですが……ヴィクトールさん、意識ありますか?」
「おう、ピンピンしてるぞ」
「やっぱりおかしいなこの人……」
療養所の一番奥の、高位の治癒術師しか使えない特別治療室。
ベッドに横たわるヴィクトールさんは、相変わらず顔色は悪いままですけど。
でも、その表情は……どこか憑き物が落ちたように穏やかで。
さっきまでの鬼気迫る戦闘狂の顔が嘘みたいですね。
「えぇっとですね。まず、腕の再生の前に、体内に残った毒を完全に除去する必要があります」
「ん? 解毒してくれてたんじゃないのか?」
「してましたが……あれは簡易的なものです。骨の髄まで染み込んだ猛毒は抜けきりませんから」
そう、まずは解毒です。
再生魔法を使うには、肉体がクリーンな状態でないといけません。毒が残ったまま再生させてしまえば、新しい肉体ごと腐っていくだけですから。
特にあのボスの毒は、かつての僕たちを死に至らしめた凶悪なもの。
一滴たりとも残す訳にはいきません。
痛覚遮断魔法が効いているとはいえ、体へのダメージは深刻です。
むしろこの状態でよくここまで意識を保っていられますよね。
「じゃ、少し痛みますが我慢してくださいね。今の貴方なら、鎮痛魔法も効いていますし、そこまで苦痛ではないはずです。これから本格的な『解毒』に入ります」
「よし、頼………………ん?」
掌に魔力を集めて……イメージするのは、極細の「針」。
患部の奥深くまで入り込み、毒素だけを正確に捉え、吸い出すための、光の針。
これは僕が現代の治癒魔法をさらに研究し尽くして、新たに開発した魔法。魔法で毒を直接検知し、外部から間接的にではなく、体の内部から直接吸い出す……画期的な魔法。
非常に繊細なコントロール技術と治癒に特化した魔力がなければ、ただ肉体に針を突き刺すだけになりますが……僕にならできるんです。事態は急を要するし、最も早く正確に済むこの手法こそが完璧……。
──ガシッ
へ?
「え……あの、ヴィクトールさん?」
「……あ、ああ。すまない」
「どうしました?」
「……その、実は、なんだが……」
「はい? 痛いですか? まだ刺してませんけど」
「いや、そうじゃなくて……」
「……俺、尖ったものが、苦手なんだ……」
「……は?」
えっと……今、なんと?
尖った、ものが……苦手?
まさか……先端恐怖症?
い……いやいやいや!
何言ってるんですか、この人は!
「……剣を使ってますよね?」
そうですよ。貴方、剣士ですよね?
先端が尖った鉄の塊を振り回して、敵の急所を的確に貫いてたじゃないですか。
自分の骨で敵の喉元を突き刺したあの狂気はどこに行ったんですか。
それなのに、僕のこの小さな針が怖いって……矛盾してませんか。
「……刃物は、故郷で師匠から叩き込まれたからな」
「……師匠?」
「ああ。『何があっても完璧に使いこなせ』『刺すことを苦痛と思うな』『一発で息の根を止めろ』と……来る日も来る日も、体に染み込むまで叩き込まれた。だから、剣に関しては……慣れたんだ」
えぇ……?
……なんですかそのスパルタ教育は。
どんな過酷な環境で育ったらそうなるんですか。
剣への恐怖を、恐怖以上の訓練でねじ伏せた……ってことです?
それはそれで狂ってますけど……。
「でも、これは……違う! ただの鋭利な、針だ!」
「いや、原理は同じでしょう……」
尖ったものが怖いなら、剣だって怖いはずでしょう。
なんで「剣は例外」みたいな謎ルールが適用されてるんですか。
「じゃあ、魔物の攻撃は? 刺突攻撃だって、あるでしょう?」
「魔物の攻撃はすべて、へし折り、叩き潰すべき……障害だ。俺はあんなものを恐れる訳にいかない」
えぇ……。
なにこのひと……。
障害だから平気? 敵意があれば怖くない?
でも、治療のための針は……そういうのじゃないから、怖い?
物凄い戦士だと思ってたのに……めんどくさい!
めちゃくちゃめんどくさいですよ、貴方!
「……えっと、事情は分かりましたけど。でも、治療にはこれが必要なんです」
「……他の方法は無いか? 飲み薬とか、貼り薬とか……」
そんな必死な顔で懇願されても、無理なものは無理なんですが。
魔法の性質上、暴れられると危ないから大人しくしてくれないといけないんですけど……!
「……話し合いをしよう。心の準備とかが要る」
「じっとしててくださいねー……」
「ちょっと、待ってくれ、本当に嫌……」
「はいはい、もう刺しますから……って」
──ヒュッ……
えっ?
──バタッ……
……あ。
……気絶、した。
あー……。
「……冷静に考えれば、大人しくなったので好都合ですね。えいやっ」
*
「戦士なのに尖ったものが怖いだなんて……本当に変な人なんですから」
『ちょ……は……?』
「あー……あとはここのとこだけ直せば終わりそう……ですかね?」
『とが……え……?』
あー大変だった。
今はようやく安静に眠ってくれてますけど……全身とんでもない量の毒で、あそこまで苦労するだなんて。再生魔法の方がよっぽど楽でしたよ。
おかげでまさか──こうしてエペの修理している時間が数少ない癒しになるとは。
この聖剣の修理を請け負ったのもほんの三、四週間前の出来事だっていうのに……その間に色々な出来事が起こりすぎました。
二人と一本の自分が現れたのも勿論驚きでしたけど。
定期的に会いに行ったティルが一瞬だけ意識を吹き返したのも。
ヴィクトールさんたちが遥か遠い街のボスを倒してきたパーティーだってことも。
オンドから「裏切り者」の情報を教えられたのも。
エペの修理と裏切り者の所在で頭を悩ませ続けたあの日々も。
そして……パルジュの、真実についても。
初めはボスの討伐協力と交換条件で請け負ったエペの修理ですけど……よくよく考えれば内部が相当複雑な変形を起こしてるって感じで、大半の作業は無心で取り組めるんですよね。それでも僕と同じだけの治癒魔法の技術が必要になりますけど。
だから、意外とこの習慣が僕の気を紛らわせてた一面もあるのかもしれません。
「でもこれから、僕はどうなるんでしょう……」
とりあえず、目下の新しい悩みはそれですよね。
現状やらなきゃいけないこととしては、本当のパルジュの追悼、ヴィクトールさんの完全回復、事の顛末を上に報告して、あの騒動についての国民への説明……とかになるんでしょうか。
結果的にあのボスは倒せた訳ですし、そのための依頼を持ち掛けたのは僕ですけど……今思えば、あのボスをこれだけの期間のさばらせていたのは、僕が真実に気づかず護衛としてずっと起用し続けていたからで。
その間起きた被害は実質的に全部僕の監視不行き届きのせいでもある訳だし、それを回復させて回っていたのも僕だから……ああ、なんて醜いマッチポンプ。
あー……絶対これって上から怒られる案件じゃないですか……。
国民の皆さんからも嫌な目で見られるんだろうなぁ。アイドル視も大概だったけど、敵の傀儡だった要人なんてもっと目の敵にされるに決まってる……。
「はぁ……」
『いた……いつ……ちょ、いた……』
僕としては、憎きこの国のボスさえ倒せれば、後はどうでもよかった……みたいなとこもあるんですよね。もうあいつさえ倒せれば後はもうなんとでもなれというか。
だってもう今の世の中に魔王はいない訳ですし、既にボスを倒して回るシエルたちもいるみたいじゃないですか。じゃあ、戦力にならない僕がわざわざボスを倒す旅をする意味は……あんまり無い訳で。
じゃあもういっそ、いいのかな。
逃げちゃってもいいんですけど……このまま、ボスの企みに知らず知らずの内に加担していた罪人として、ソワン国の牢獄の奥で過ごすって選択肢も、別に受け入れられるんですよね。
あれだけゴールにまで焦って突き進もうとする性格だからか、逆に目的が達成できると燃え尽きてどうでもよくなるというか。
ふふっ、次のゴールが無くなった途端これですよ、僕も人のこと言えないぐらい変な人間ですね。
「ヴィクトールさんたちは……旅に戻りますよね……」
元々あの人たちはこのエペを直すためにソワン国へ来た訳だからなぁ。
ボスを倒しちゃった以上、エペが直ればこの国に留まる理由も無いのかぁ。
知人の頼みで首都を離れてるエスクリとマージュについても、いずれは用事を終えて戻ってくるでしょうし。見ての通りエペもあと数分で完全に復活しますし。そしたら多分、すぐ、出ていきますよね。
……うん。
ちょっと寂しいけど、仕方ないですよね。
あの人がこの国に残ってくれたら。僕の護衛として、この開いてしまった空虚な気持ちを埋めてくれるなら、次の目標を探してもう少し頑張れたかもしれませんけど……あの人の邪魔をする訳には行きませんし。
お別れの言葉も早めに考えておきましょう。「短い期間ですけど、本当にお世話になりました」とか、「またこの国にいらしたときは大々的に歓迎しますので」とか……。
いやでも僕は牢獄の可能性もあるのか。それじゃ無理かなぁ……。
「……よし、あとはこれで……」
とか言ってたらエペの修理も最後の一手ですよ。
長かったなぁ。これが終わってしまうのも、ちょっと感慨深いものがあるような……。
『──ッ! っ──は──はぁ! しゃ──喋れる! やった! 喋れる!』
「ううううわぁっ!?」
『ああごめんルメド! でも久しぶりで上手く制御できなくて!』
「び、びっくりしたぁ!」
いや、エペが喋ることは知ってたし、たまに呻くような声が聞こえることもありましたけど……急に大声出されたから本当にびっくりしましたよ。
『──じゃあ、色々言いたいことはあるけど、急いであの二人に伝えないと……あと猶予は一年も無いんだし……!』
ていうか……本当に喋るんですね。
なんだかんだ言いつつ今この瞬間まで半信半疑だったんですが……やっぱり、実際に流暢な喋り方してるとこを見るとなんか、不思議な気持ち──
『──魔王ル・マルが復活するってことを……!』
………………え?
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