悪く言うなら責任転嫁、良く言うなら……
一週間。
もう……一週間。
「……料理担当のガトーはどうだろう。彼なら毒をすぐ仕込めた……」
「待つんだパルジュ。私の調べだと、彼も配膳までは把握できなかったはず」
「その通りです、オンド。それに、最初の捜査で彼の関与は否定されてるんです」
裏切り者の情報が入って、隙間時間を縫っての会議。
パルジュとだったり、オンドとだったり、両方とだったり。
なのに何度やっても犯人を特定できないで……もう何回目ですか、これ?
一たび怪しめば全員怪しく見えてくるし、やろうと思えば全員擁護できてしまう。
目の前の羊皮紙の山はインクの染みが滲んでて、見てるだけで胃が痛くなってくるし。
紅茶もすっかり冷え切って膜が張って……不味そう。喉が渇いてるから飲むんですけど。
出口のない迷路をぐるぐる回ってるみたいで……あーもう、頭がおかしくなりそうです!
このリストに載っている全員が……かつての僕たちの仲間で、恩人で、信頼していた人たちなんですよ? それを「容疑者」として疑わなきゃいけないなんて……地獄ですか、ここは。
「そうでしたか……失礼しました、ルメド様」
「いえ、敵の諜報に専念していた貴方では普通知るはずのない情報ですから」
パルディも一度は疑いましたが……彼は裏切り者の条件に当てはまりません。
初めから僕の護衛だったならまだしも、彼は諜報員から僕の護衛に昇進した身。普段接することもない諜報員が、僕以外の全員と、食事に毒を盛れるほど密接な交流があったとは考えにくいです。
「一度私の情報も洗い直そう。見落としがあったかもしれない」
そういうオンドも、裏切り者の条件からは当然除外。
今の彼に当時の記憶は無いので、生前のオンドが実は極悪人……というケースも考えられますが、それだと僕を殺さず、自分が死ぬ理由がありません。どう考えても自分を生かした方が正解なので。
「評議会議長ヴィズィルが黒幕だとしたら……ないですよね」
彼は実直かつ真面目な人間で、作戦の責任者であり、この国の政治上の頂点でもありますが……それならこんなに遠回しなことしなくてもいいんです。
もし作戦を失敗させたら、責任者の彼自身が失脚するんですよ? 実際、危なかったって聞いてますし。自分の破滅を招くような真似をするとは思えない。合理的じゃない。
そもそもこの国の上層部は総じて回復魔法を使えるんです。
癒しの神に祈りを捧げないとできない回復魔法を、魔王の残滓に忠誠を誓った存在ができる訳がありません。
「侍医神官のサンテはどうでしょう? 彼なら、診断の時に……」
「彼は僕の弟子にあたる人物ですよ? 嘘をついたならすぐ分かります」
確かに、あの神経質な彼なら毒を盛ることも可能だったかもしれませんが、使われた回復魔法は全部僕が把握済みです。
それこそ上位の神官であれば近づく機会も多かったでしょうが……そこまで大きな怪我なら僕が直す方がずっと早い。
「……衛兵隊長のガルドは。彼なら、外部からの侵入を防ぐフリをして……」
「どうだろうか。それだとティルが気づくのでは? どう思いますか、ルメド様」
「その通りです。生前のティルは気配の察知に優れていましたから……」
外部の人間が、一切交流も無く無理やり仕込んだという手段は……そもそもあり得ない。
それは僕たち四人全員を同時に欺くなんて高等技術が必要なんですよ? それができるならその裏切り者はボスより強いかもしれません。
「高官のクロワや……神官のプリエや……」
政治的な派閥争い? 信仰の違い?
確かにシエルたちは英雄として持ち上げられてましたから、疎ましく思う勢力はいたでしょう。
でも、彼らは政治には不干渉でしたし、宗教的な対立も表面化していなかったはず。
僕たちが死ぬことで得をする人間……それが、見えてこない!
「……っ、もう! 全員怪しいし、全員怪しくないじゃないですか! 僕は何をしてるんですか!」
「落ち着け、ルメド」
「ルメド様……」
焦っちゃダメだって、そんなことは分かってるんです。
でも、どうしようもないんです。この焦りを、どこにぶつければいいのか分からないんです!
勿論、ティル、ルアー、アンドの三人の部下にだって話を聞きに行きましたよ?
でも共通してるのは戦死者がいたってことだけ。三組に共通する人物なんて一人もいなかったし、三組で交流関係があるなんて情報も出てこなかった。
消去法で絞り込もうとしても、全員に残る「機会」と、全員に欠ける「決定的な証拠」。
これじゃ完全に底なし沼ですよ。足掻けば足掻くほど、深みにはまっていって……信じられない人だけが増えていく。かつての仲間たちの顔が、全部、裏切り者の顔に見えてくる。
犯人が分からなければ、ボスの居場所も、次の手立ても……何も進まないのに!
「……ルメド様は十分な努力をしていらっしゃいます」
「そう……です、けど」
パルジュは、こんな僕にもずっとついてきて、懸命に作業を手伝ってくれます。
彼にだって生活や人生があるのに、今だって眠い目をこすりながら、怪しい人物のリストにバツの印と新しい名前を付け加えては消して、それを繰り返してくれる。
彼のためにも、早く結果を出さないといけないのに……。
「ルメド様はこの一週間、これ以上ないほど解決に尽力しておられました」
「……」
「どうか自分を責めないでください。間違いなくルメド様は、最善を尽くしていらっしゃいますので」
「……そうです、けど……!」
そうですけど。パルジュの献身に報いるためにも。
僕が欲しいのは『慰め』じゃないんです。
僕が求めてるのは──『結果』なんですよ……!
*
──キィィィンッ!
「っと! あー、また戻っちゃった!」
「う~ん、魔力が安定しない……硬度が維持は難しい、のかな?」
……ああ、また。
……いやいや、落ち着けルメド。
これは失敗じゃない。試運転なんだから、上手くいかないのが当たり前なんですよ。
エスクリとマージュが、「最近知り合いに頼まれて一時的に首都サンクを離れようと思ってるんだけど」なんて言い出したから、せめて出発前に今のエペの確認をしてもらおうって思っただけ。まだ彼は喋れないままだけど、一応硬化はできるようになったから、元の使用者に感覚を確かめてもらおうと思っただけ。
この瞬間も裏でパルジュが動いてくれてるし、僕たちは停滞してる訳じゃない……のに。
「……はぁ」
だから、マージュが魔力を込めて、エスクリが構えてるのも普通のことだし。
用のないヴィクトールさんがそれを離れた場所で見守るのも普通のことだし。
初めの数回は硬度が安定して、剣として問題なく扱えるのも普通のことだし。
いくらかすればああしてデローンと溶けた状態に戻るのも普通のことで……。
「中々上手くいかないねー。硬くはなるんだけど、持続時間が短すぎる」
「実践には向かないの、かなぁ……ヴィクくんはどう思う? 外から見てて」
「そうだな……タイミングは合ってると思うぞ。ただ、まだ馴染んでないだけかもしれないな」
ああ……。
三人の議論は前向きです。何がダメで、どうすればいいか。建設的な意見を出し合って。
素材は最適なものを皆さんが揃えてくれたし、僕の設計図だって問題無くて。今の進捗だって、一応順調な軌道に乗ってるはず。
きちんと硬度を出せているのも、エペがしっかり意識して行えている証拠。
だから、これは必要な過程なんです。調整を重ねて、完成度を高めていくための。
……でも。
「……まだ、これだけなんですか……」
だって。
そう思ってしまうのも、仕方ないじゃないですか。
時間をかけて、徹夜で方法を考えて、素材を集めてもらって……それで、まだこの段階。
遅い。遅すぎます。
僕とこのパーティーは「ボスの討伐協力」を、「エペの修理」という交換条件で受けてもらってる立場なんですよ? 上にもそう報告したし、上層部もそれでやってくれと念を押してくれた、のに。
彼らはボスを捜索するための作業に協力してくれるし、実際それが役に立ってます。実質的に向こうはもう要件を成していると言っても間違ってはいないんです。
なのに、僕は、「エペの修理」という交換条件を未だ満たせていない……。
これじゃあ、何の役にも立てないじゃないですか。
回復魔法しか能がない僕が、回復すらまともに結果を出せなきゃ、何ができるっていうんです? 「僕が引き受けます」なんて大見得を切っておいて、結局は足踏みしてるだけだなんて……。
エペの修理だけじゃない。犯人探しだってそう。
容疑者のリストを何回見直しても、決定的な証拠が出てこない。
何も進んでない。
何一つとして、満足な結果が出ていないじゃないですか。
ああ、胃が痛い。キリキリする。
朝食、抜くんじゃなかったな。
──『裏切り者がいる』。
蛇のボス、そして内部に潜む裏切り者。
敵は待ってくれません。今この瞬間も、どこかで誰かが毒に蝕まれているかもしれない。
早く犯人を見つけなきゃいけない。早くボスを倒さなきゃいけない。
なのに、僕はここで何をしてるんですか?
いくらエペの修理が想像以上に難航しているとはいえ……武器一つ直せずに、うじうじ悩んで。一歩進んで二歩下がるような、こんなペースで……なんとかなる訳がない。
「……はぁ」
ため息なんてついたって、余計に体が重くなるだけなのは分かってますよ。
でも僕はずっとこうなんだ。
前世からずっと、「早く使命を果たさなきゃ」「早く平和を作らなきゃ」「早く魔王を倒さなきゃ」ってずっとずっと焦りっぱなしで。
結果を焦っては変に行動して、それで失敗したことも少なくなくて。
結果を出せなきゃ勇者としての価値は無いって追い詰められ続けて。
結果がまだなのに、次へ次へと物事を急いで肝心な物を見落として。
その挙句、自分が「世界を平和にできたのか」って結果に繋がるかどうか固執しすぎて。
実質的に人を生き返らせる、「魂の転生」なんて魔法を見つけて手を出して……それがこのザマですよ。
結局、あの「魂の転生魔法」についても覚えてないし。
なんなら最終決戦以降の記憶は曖昧なまま。再現性の欠片も無い。
「──あ、ちょっと惜しかったかも!」
「うん、感覚は掴めてきた気がする!」
……楽しそうだなぁ。
彼女たちは「シエル」としての力を持ち、結果を残してきたのに──僕はどうですか。
ただ突っ立って、上手くいかない実験を眺めて、胃を痛めてるだけ。
ああ神様。
この試練は、いつ終わるのでしょう。
僕の努力は、いつか必ず報われると。
どうか、言ってくれませんか……。
*
「難しい顔だな。何か行き詰まっているのか?」
「わわっ!?」
……ヴィクトール、さん?
……び、びっくりした!
心臓が止まるかと思いましたよ!
いつの間にいたんですか?
気配なんて全く感じなかったんですが……。
「……驚かせないでくださいよ。寿命が縮みます」
「悪い。声をかけるタイミングを計っていたんだが、あまりにも深刻そうだったからな」
……見られてた。
情けない。彼はこれまでずっと誠実に、僕たちを支えてくれているのに。
僕だけが、こうして一人でうじうじと……。
「……ええ、まあ。行き詰まってますよ。やるべきことが多すぎて」
「焦りすぎじゃないか?」
「っ、焦りますよ! まだ何も成し遂げていないんですから! 貴方たちにだって何も返せてない……!」
ああ、つい……語気が荒くなっちゃった。
でもこの人は分かってない。何も分かってない。今の状況が、どれほど切迫しているか。
「修理も、裏切り者探しも、ボスの討伐も……全部僕が、僕がやらなきゃいけないのに!」
「エペの修理は俺達の問題だ、お前が全部背負う必要は無いだろう」
「ですけど……!」
僕にはやらなきゃいけないことが沢山あるんですよ。
色々な事が僕の肩にかかってて、僕が早く結果を出さなきゃいけないんです。
だから、「焦らなくていい」とか「全部背負わなくていい」なんて綺麗事言われたって、何の気休めにもなりはしない。
それがこの人には分からないから──
「そうか、なら……ああ、そうだ! これはどうだろう」
「裏切り者の候補について、俺に教える。これならどうだ?」
「……はい?」
きゅ、急に何を言い出してるんですかこの人は。
裏切り者の候補をヴィクトールさんに教える?
そんなことをして……結局状況は変わらないでしょう?
「……そもそも無理ですよ。いざそれが分かったところで、貴方には捕まえる権限も……」
「権限なんていらないさ。俺はただの旅人だ。旅人が街の噂話を聞き回るくらい、誰にも止められないだろ?」
……まぁ、それはそうですけど。
でも、そんな簡単な話じゃないですよね。
それが結局、解決につながるって言うんですか。
勿論、貴方がその裏切り者を特定できるなら事態は大きく進展しますよ。
でも、部外者の貴方にそれが分かるとは思えないし、今だってパルジュは貴方のことを疑ってるんです。
そんな人に情報を渡すことなんてできる訳が……。
「それで、俺たちが一緒に裏切り者の正体を考えたとしよう」
「……」
「すると、俺は『ボス討伐協力』でなく、よその仕事に首を突っ込んでる男になるな?」
「……? まあ、はい……」
「つまり、俺は本来の仕事を放棄して、サボっていることになる訳だ」
……?
「まだボスを倒していないのは、サボっている俺の職務怠慢だ。そんな男に大急ぎで何かを返すべきか?」
……!
「えっと、だからだな……お前は『全部しなきゃと焦る』より、俺に対し『早く焦れ、結果を出せ』と要求する立場になる訳だ」
……えっと。
つまり、責任転嫁……?
「そんな、屁理屈……」
「屁理屈? 何を言っている。契約を満たせていないのは俺の方なんだが」
……なんですか、その理屈。
屁理屈にも程がありますよ。
無茶苦茶で、強引で……
……でも、なんだか。
「そう、ですか」
「そうだ」
「そう、なんですか」
自分が要求される側じゃなくて、要求する側になる。
僕が焦るんじゃなくて、彼らを焦らせる立場になる。
僕が結果を出すんじゃなくて、彼らに結果を要求する。
……確かに、そう考えれば、胃の痛みも少しはマシになるかもしれません。
今まで「結果」「結果」「結果」と焦り続けてきた僕に、「結果を出すのはお前じゃない」という前提を踏ませてから「背負い込みすぎるな」と声をかける。
結構言葉を選んでる感じがするし。できるだけ僕に寄り添おうとして考えた言葉なんでしょう。
……狡い人ですね、貴方は。
こんな子供騙しみたいな論理で、僕を丸め込もうとするなんて。
「そう……なのかも、しれません、ね」
……本当はよくない、ですよね。彼に、話してしまうなんて。
もし彼が敵の手先なら、この情報を漏らした時点で僕は終わりです。戦犯です。
パルジュがいたら、全力で止めるでしょうね。「信用できません」って。
でも……その提案に、乗りたくなってしまう自分がいるのも事実で。
「……分かりました。今から話すのは、その、ただの噂です、から」
「そうだな。向こうの二人には聞こえない、ただの噂だな」
……嬉しそうな顔をしちゃって。
面倒事を押し付けられるって言うのに、どうしてそんなに楽しそうなんですか。共犯ですよ?
……貴方は不思議な人ですね。
「候補者は今、全部で四十七人います」
「……おっと。多いな」
「ええ。一人目は……評議会議長の、ヴィズィル。彼は──」
僕の言葉を、ヴィクトールさんは真剣な眼差しで受け止めてくれる。
もし貴方が裏切るようなら、僕はまんまとハメられたことになります。
それを覚悟で、こうして負担を受け入れてもらおうとしてるんですから。
その……お願いしますよ?
信じて、いいですよね?
「……ねぇ、マージュ。あの二人なんか距離近くない?」
「えっ……あっ確かに。でもルメドは男だし……」
『ま……た、これ……か……』
「何さマージュ。キミ自分が男ならあんな近づいても気にしないって?」
「あぁ……いや、ぼくは無理かもなぁ。意識しちゃうかも」
『だ……めだ……こ、りゃ……』
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