よっ久しぶり……でもねェか
……ったく、またかよもー。
せっかくのいい気分が台無しだぜ。
さっき食った串焼きの味が忘れられなくて、もう一本買おうかと戻ってきたってのに……なんでこんなジメッとした路地裏に足が向いちまうのかね。自分の勘の良さが恨めしいよ、ホント。
「……ま、見つけちまったもんは仕方ねェか」
目の前にあるのは……うん、間違いねェ。
建物の隙間、ゴミ箱の裏。普通なら誰も見向きもしないような薄暗い場所。
そこに、ひっそり置かれてる──不気味な模様の魔法陣と、その中心にある「あの卵」。
放置して立ち去るって選択肢も、一応頭の片隅にはあるんだが。
でもよ、これをこのままにしておけば、いずれ中からあの気持ち悪い蛇が出てきて、この街の誰かを襲うかもしれねェんだろ? さっき串焼きを売ってくれた愛想のいい兄ちゃんとか、道案内してくれた婆さんとかが、そんな目に遭うのは……まァ、寝覚めが悪い。
オレは正義の味方じゃねェが、恩を仇で返すような真似はしたくねェからな。
だから、これは「掃除」だ。
旅のついでに、道端のゴミを片付けるだけ。そう思えば腹も立たねェ……こともないが。
「よし、踏むぞ」
……せぇのっ!
──プシュゥッ……
「……うわァ」
あー食欲失せる。
やっぱこの感触、好きになれねェな。
別にグチャっと潰れてくれって話じゃねェんだよ。
でもよ、なんで卵の中から黒い煙が出てくるんだよ。この、足の裏から伝わってくる、空気が抜けるような、中身がスカスカだったみたいな頼りない手応えは……やっぱ気持ち悪いじゃねェか。
生き物の死骸ってよりは、悪い魔法が解けた残りカスみてェ。煙が晴れりゃ、中身も跡形もなく消えちまって……残るのは卵の殻だけ。
……ふぅ。
靴底、汚れちまったかな。地面に擦り付けとくか。
何も残らないとは言え、気分的には汚れた気がするしな。
ついでにこの魔法陣みたいなのもぐちゃぐちゃーっと崩しとかねぇと。
「これで七つ目、か」
ここ数日、オレは自由気ままな一人旅を満喫してる……はずだった。
カトリエを出て、ソワン国に入って。色んな街や村を見て回って、美味いもん食って、珍しいもん見て。トロワジーの鳥籠から解放された喜びを全身で味わってたはずなんだが。
ルアーって男と出会ったあの村以降、どういう訳か、行く先々でコイツを見つけちまう。
あっちの村じゃ井戸の陰に。こっちの街じゃ教会の床下に。観光名所を巡ってるつもりが、いつの間にか「卵探し」の聖地巡りでもやってる気分だぜ。
いや、探してるのはオレ自身なんだがな?
なんかこう……自由気ままな旅をするのは変わらないとして。ついつい気になるから探しちまうというか。で、探し出すとまあこうも見つかっちまうというか。
もしかしたら「ちゃんとした野生の生き物の卵なんじゃねェか」って疑ったこともあるが……その仮定も生憎、三つ目の卵が丁度孵ったシーンを見ちまったから否定された。
あれは間違いなく魔物の卵。一回様子見したせいで余計に拳を汚す機会が増えちまった。
で、見つけちまった以上、こうして踏みつぶすしかねェ訳だけども。
ルアーの村で見たヤツと同じなら、これで七体の魔物を未然に防いだことになる。
オレ一人で七体倒すのは造作もねェが、一般人にとっちゃ大惨事だろ。
そう考えりゃ、オレのこの「お節介」も、無駄じゃねェと思いたいね。
ただなァ……ちょっと引っかかるのがなァ。
「……なーんでこれに誰も気づかないのかね」
いくら目立たねェ場所だからって……誰一人これに気づかねぇってのはおかしいだろ。
路地の外、通りを行き交う連中だって結構な数いるぞ。この路地の前を通るヤツだって中にはいるはずだ。なのに、誰一人としてあの魔法陣に気づいた様子がねェ。
あんなに毒々しい模様が描いてあって、真ん中に不気味な卵が鎮座してるんだぞ?
普通なら二度見するし、悲鳴の一つでも上げて衛兵を呼ぶだろ。
それが無いってのは……一体どういう?
……ま、理由なんざどうでもいいけどな。
見えちまうもんは仕方ねェし、見えたら潰すだけだ。
……あとそれと、もう一つ。
「こりゃ……『政府』絡みってことなのか?」
ここ、なんの建物の裏だ?
壁にかかってる看板は……ソワン国の紋章か。役所か、軍の詰め所ってとこだな。
前の村でもそうだった。村長の家の裏手、つまりはその村の行政の中心に近い場所。
その前の街でも、税の徴収所の近くだったな。
卵があるのは、決まって『政府の建物』がある街。
今回みたいに、建物のすぐ近くとか、敷地内に隠されてることは少ないが……こうも連続して見つかると、「偶然にしちゃ出来すぎてる」って思えてならねェ。
ルアーのいたあの村も、ちょっと進めば治癒術師が駐屯してる神殿みたいなもんがあったからな。
誰が置いてるのかは知らねェが、随分と権力に近しい場所に置きたがるみてェだ。
あるいは、政府そのものが関わってるのか? 国の中心部から、地方へ向けて毒を撒き散らしてるみてェな……うげェ。
しかも……。
「地図は……どこだっけ」
ああ、懐に入れてたんだった。よいしょっと。
広げて……これまでのルートと、卵を見つけた場所を指でなぞってみれば。
ここ、ここ、ここ……そして、ここ。
で、多分これを繰り返していくと行きつく先は……
「やっぱ『首都サンク』に繋がってるよなァ……」
なんなんだよこれ。
この国の中心で、全ての道が交わる場所。ヴィクたちが向かった目的地。
今までバラバラに移動してるつもりだったが……こうして卵のあった街だけを並べてみると、絶対最後は首都に繋がるようにできてる。
卵を置いた犯人が首都にいるのか、それとも首都が最終的なターゲットなのか。 どっちにしても、ロクなことじゃねェな……嫌な予感がビンビンするぜ。
「はァ……行くか」
大通りに戻ると、相変わらずの人混みだ。
誰も路地裏のことに気づいてないし、何かが消滅したことにも気づいてない。
平和なもんだよ。ま、オレが踏み潰した脅威なんて、知らない方がいいんだけどな。
もう長居は無用だ。
誰かに見咎められる前に、さっさとズラかろう。
卵は潰したし、観光もあらかた終わらせた。もうこの街に用はねェ。
次はどの街に行こうかね……。
このまま首都に行けば、間違いなく厄介ごとの中心地に飛び込むことになる。
あそこにはヴィクたちもいるし、合流しちまえばまた「勇者パーティー」に巻き込まれるのは目に見えてる。別にアイツらと行動するのは嫌いじゃないが、自由な一人旅に勝るほどのもんでもないし。
引き返すなら今だ。別のルートを選んで、首都を避けて進めばいい。
そうすりゃオレは、この薄気味悪い陰謀からも、面倒な使命からも逃げられる。
……でもなァ。
実際に首都サンクにまであの卵があるのかとか。
この一連の案件が一体何に繋がってるのかとか。
こんなことして何をするつもりなのか……とか。個人的には結構気になる。
何も無かったら無かったが一番だし、逆に首都にまでその手が及んでて、かつ政府が何もしてないってんならそれはそれでこの国が心配になる。
「……はァ。損な性格だぜ、全く」
よし。行く先は決まった。
逃げるんでも、避けるんでもなく──真っ直ぐ、中心へ。
さァて、首都サンクじゃ何が待ってやがるかな。
魔物か、陰謀か、それとも──懐かしい顔か。
ま、流石に首都のど真ん中で卵が見つかるなんてことはねェだろうけどな!
*
「えェ……?」
役所のすぐ裏にあったんだけど……。
ど真ん中じゃねェかここ。
なんだよこれ。ふざけてんのか?
とりあえず一旦卵は潰しといて。
後はもう見なかったことにして去るっていうのも……。
「いやでもこれ流石に文句言うべきだよな……」
こりゃ流石にお役人さんの職務怠慢だろ。
せっかくすぐ近所に役所があるんだし……。
一言「お宅らの仕事はどうなってんだ」って言っておかねェと。
この国の人間も安心できなくなるからな。
*
「──それで、この卵……の殻を、この建物の裏で見つけたと」
「そう言ってんだろって」
「いやはや……そんな、まさか……」
なんだよその顔は。
こちとら親切心で教えてやってるってのに、まるで幽霊でも見たみてェな反応しやがって。
いざカチコミに来たら、急に奥の部屋に通されて。いかにも偉そうなおっさんが三人、向こうの椅子に腰かけて。証拠になる卵の殻を差し出したら絶句されて。事の顛末を説明してやったら、ポカンと口を開けて固まりやがって。
マジで気づいてなかったのか?
「自分たちの足元に爆弾抱えてんのも気づかなかったのか?」
「爆弾とは……いえ、確かにそれは事実なのですが……」
なんだよその反応は。
ここに来るまでの道中、オレがとてつもない重労働を繰り返したとでも思ってんのか? 別にガキだってちょっと遊ぼうと思えば見つかるような場所だったんだぜ? それに気づかなかったってのは警戒心が足りなさすぎるだろ。
感謝こそされ、こんな変人を見るような目で見られる筋合いはねェよ。
「……実は、この卵については我々も総力を挙げて探しているのです」
「ん?」
え、そうなの?
その口ぶりだと「知ってはいたが何故か見つけられなかった」って風に聞こえるんだが。
「えっと……どういうことだ?」
「いえですね。我々も努力に努力を重ね、過去に数回発見した例があるのです」
「んん?」
……過去に発見した例があるなら、尚更危機感を持つべきじゃねェの?
だって、その方法で見つけられてない卵があるってことだろ? 少なくとも、この卵が魔物を生み出す原因ってことを理解できてる分、まだマシなのかもしれねェが……。
「しかし卵は、どれも強力な『人除け魔法の結界』の中に配置されていて……」
……あ?
結界、だと?
……もしかしてあの魔法陣、『人除け魔法』の魔法陣だったのか?
あんなに毒々しい魔法陣と不気味な卵がありゃ、誰かしら気づくはずなのに。それが無かったのは、魔法的な干渉で、認識を阻害してたから……えっそういうことなのか?
じゃあオレがその影響を受けなかったのは……。
あっもしかして、「シエルの才能」のせいか? 前世のボク……じゃなくて、オレの肉体が、呪いとか妨害魔法とかをよせつけない、それこそ無敵の勇者みたいな体質してたから……?
そのフィジカルを全面的に受け継いだオレは人除け魔法の影響をまるで受けずに、オレ自身の勘に赴くまま卵探しに勤しめたと? そういうことなのか?
……ちょっと嫌なこと思い出しちまった。
あの体質が無けりゃ、「勇者になんてならなくてもよかったかも」だなんて。
「それを……なぜ貴方は見つけられたのです?」
「あー……」
……だよなァ。そう来るよなァ。面倒くせェことになった。
オレとしちゃ、「目に入ったから潰した」だけなんだが……そりゃ怪しまれるわな。
プロの魔法使いが血眼になって探しても見つからねェもんを、ふらっと来た旅人が次々と発見して処理してるんだから。「犯人は現場に戻る」とか、「自作自演」とか、そんな風に思われても仕方ねェ状況だ。
「というか、その派手な眼鏡は何なのです?」
「いやこれは別にいいだろーがよ」
そこは気にするポイントじゃねェだろ。
役所の人間なんていう、「メルド」のことを確定で知ってる人間にこの目見せたくねェし。
あーもう……余計なこと言わなきゃよかったか?
いやでも、文句の一つも言わなきゃ国に仕える人間としてどうなんだって疑問に思ったのは事実だし。実際そんな魔法がかけられてるなんて、武闘家のオレには分かりようも無かったし。
あっでも「こいつ、クロか?」って感じの顔されてる。こりゃマズイ。
えっと……仕方ねェ!
「あー、畜生! 善意で教えてやったのに、犯人扱いかよ!」
「あっちょっ! 待ちなさい!」
「ここは三階だ! 危ないぞ!」
「知ーらねっ……と!」
普通の人間なら足首挫く高さだろうが……オレにとっちゃ階段一段分と変わらねェ。
卵を見つけられない理由が職務怠慢じゃなくてちゃんとあるなら、オレにはどうにもできねェし。かといってこのまま捕まって長期間拘留とかやってられねェ。実際尋問されてもオレなんにも知らねェからな。
この建物の裏にあった脅威は教えてやったんだからおあいこだろ!
手間取らせて悪かったな! オレは逃げさせてもらうぜ!
「よっと……!」
着地の衝撃を殺して……後は人混みの中へ走れば見えなくなるはず。
あー畜生、なんでこうなるんだかな。ちょっといいことしてやろうと思っただけなのに、結局逃げ回る羽目になるなんてよ。やっぱオレに、「世界のために動く勇者」なんてガラじゃねェんだ。
「ハッ、ハッ、ハッ……」
追手は──来てねェな。
ま、エスクリならともかく。あの鈍足じゃ、オレの影すら踏めねェだろ。
顔を見られちまったのは痛いが……眼鏡は死守したし、最悪この街を出ちまえばいいし。
あーでもなァ……。
今のこれって、普通に働いてる役人に恐怖を植え付けるだけ植え付けて、一番怪しい自分が逃げ出した……って状況だからな。善意を裏切られた形にはなるけれど、向こうに悪気は無かったんだし。ちょっと罪悪感があるというか。
……そういやあの部屋の壁に、ソワン国全体の地図があったな。
地図にしてあった印から考えるに……ありゃ、政府の施設の位置か。オレが回った場所と大体一緒だったし、間違ってねェだろう。
じゃ、それを回って──全部の街の卵探しでもやってやるか?
命令されてやるよりは、オレの機嫌を直すため。せめてもの罪滅ぼしってことで、卵と魔法陣を潰して回ってやるってのも……。
「いやでもこの国、結構広いんだよな……」
施設がある街や村を一つ一つ回って……じゃ、時間がかかりすぎるか。
今の段階で国全体の二、三割ぐらいは調べられたが……これをあと四回繰り返すってのも結構骨が折れそうだし。じゃあやっぱ、やめとくべきか──
──あれ。
なんかさっき一瞬、すげェ身に覚えのある人影が視界に映ったような……。
──「素材って……ボクが思ってたより重いや」
──「仕方ないよ。エペのためだもん」
……お?
──「予約したときはこんなに多いと思わなくてさ」
──「でも──ヴィクくんはこれよりずっと重いのを一人でやったんだよね」
……おお?
──「すごいな……」
──「すごいね……」
……おおお?
あの二人は……エスクリとマージュじゃねェか!
いや、そうか。アイツらはエペの修理のためにサンクに来てるんだった。
そりゃここにいるのも当然だし、鉢合わせるのもおかしくねェか。
まだソワンにいるってことは……エペの修理が終わってないのか? エスクリが背中に背負ってるのも──エペじゃない、別の剣っぽいし。
いや、違うか。そもそも魔物が健在ってことはボスが倒されてないってことだし、そんな状況で次の目的地へレッツゴー……なんてこと、アイツらはしねェか。
結局、前の別れから二、三週間経ってるとはいえ。
このタイミングで再会しちまうってのはこれまた気まずいものがあるが……。
ま! 丁度いいか!
オレは今、人手が足りなくて困ってた。猫の手でも借りたい状況だった。
そこに現れた、猫どころか虎並みの戦力を持つ二人。しかも、事情を話せば間違いなく首を突っ込んでくるであろう、お節介な性格の持ち主たち。
そして今、重たい荷物を運んでて、手伝ってくれるヤツがいるときっと助かる。
「……よし!」
そうと決まれば、話は早い。
まず挨拶代わりに「よっ久しぶり……でもねェか」とでも言って、感動の再会といくか!
ところで……ヴィクはどこだ?
……いねェな。どうしてだ? なんか急用か?
もしかすると今頃。
四人目の仲間を求めて──あの「ルメド」ってアイドル女と一緒に行動してたり?
ってなると、また元勇者……っていうか自分自身になっちまうのか。
ふーん、ちょっと面白くねェな。ちょっとな。
感想やご意見をお待ちしていますのでよろしければ……(´・ω・`)
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