三人寄れば死者の知恵
「……すみません。素材の調達まで任せてしまって……」
「いいよいいよ。エペを診てもらうんだから」
「そうだよ。ぼくたちもこれぐらいはしなくちゃ」
あの交渉は結局成功……と、言っていいかは分かりませんが。
結局あの三人組は、聖剣エペを丁重に管理して保存・修理することを条件に、ボス討伐の協力要請を──快く引き受けてくれました。
しかも、聖剣エペの修理のため、実験の触媒となる素材がかなり必要になることを告げると、三人は「それならば自分たちが準備する」とまで言ってくれて。
確かに、僕及びこの国の政府上層部は非常に多忙な身。その上、普段は行わない「武器の修理」を行うことになり……しかもその武器は他とは違う、「勇者シエルそのもの」だって言うんですから。
上にこの案件について相談した際も相当驚かれましたし、挙句の果てには「えっそれマジで大丈夫?」とまで言われましたよ。
……なので、素材集めはそちらで行ってくれるという提案は非常に助かります。
どの素材が必要かは一応分かりますが、質の良し悪しまでは分かりませんから。彼らがすでに多くの土地を回って来た旅人であるという事実が、役に立った訳です。
「それで……あの、ヴィクトールさんは?」
「へ? ああ……」
ヴィクトールさんには、既に交渉を終えた二人が話を通してくれたらしい。
彼は巻き込まれた一般人……というよりは、エスクリやマージュと同じ目的を持って動いている現代の猛者だそうで。この無茶な要請にも快く了承してくれたとのことです。よかった……。
勇者シエルについての情報は日常的に秘匿した状態でこれまで旅をしてきたらしく、今回の話も勇者シエルに関係する部分を除いて伝えたとか。
だからあのときも、「秘密の話だから退室してほしい」っていうニュアンスがすぐ伝わったんですね。彼自身、会話から追い出されるシチュエーションに慣れていたと。合点がいきました。
……普通に可哀想だな。
それで気になるのは。
その事情を把握したはずの彼が──どうしてここにいないのか、ということですが……。
「ヴィクくんは頼まれてた素材の中で、即日準備できるものを全部集めに行ってるよ」
「……あの量を?」
えっ本当に?
数週間分の実験の触媒を要求したつもりでしたが……相当な重さになるだろうし、最低でも馬車を使って何往復するだろうなと思ってたんですが……。
いや、あのリストを作成した張本人の僕ですら、あの量をどうやって調達するつもりなんだろうって思ってたんですけども……即日準備できるものに限るとはいえ、それで個人で?
「うん。ボクも手伝おうかって聞いたんだけど、『俺一人で大丈夫だぞ』ってさ」
えぇ……?
おかしいよ、人間じゃないよ……。
「それで、ぼくたちはどこに向かってるの?」
「ああ、そういえば。言ってませんでしたね」
そうだった。
あの蛇の情報を探るためにも「一緒に来てほしいところがある」って連絡して二人を誘ったのはいいけれど、結局どこに行くかは言ってないままでした。
「ええ、今日は……」
「かつての仲間……『ティル』の定期的な見舞いに行く予定なんです」
「……ティル、って。あの、倒れた僕たち三人のうちの一人?」
「はい。弓矢の使い手だったシエルです」
そう。
かつてボス討伐のため前線に赴き、毒を受けて数日後に死亡してしまった三人の僕自身。
そのうちの一人──ティル。
「一応、ルアー……罠使いだった彼は、なんとか回復し、退院して、今は猟師として働いているそうです。人格を失っても、一か所に留まれない性質は変わらなかったみたいで……今はどこにいるのか。ちょっと分からない状況です」
風の便りに、国内を転々としているとは聞きますが……彼らしいと言えば彼らしいです。
完全に別人になってしまったとはいえ、あの人は当時から落ち着きが無いというか、一つの場所に留まることを嫌がっていたというか。おかげで会おうと思っても会える人ではなくなってしまいましたが。
まぁ、あの植物のような状態から、今も平和に生きることができているというのは、良いことに違いありません。
「オンドは……水魔法使いだった彼は、社会復帰を果たしました。今は生前使っていた水魔法の研究を行っているらしく。今でも多少の補助は必要ですが、この前はドゥジェームという街にまで調べ物に行ってきたと聞いています」
彼は、記憶こそなくても、魔力は残っていましたから。
勿論、シエルとしての人格が消失した今、その魔力はかつてのものから大きく変質しているらしいですし、どうやって魔法を発動していたかも覚えていないそうですが……意識があって動けているだけ幸福ですよね。
そういった強みを活かして生きているなら、僕が口を出すことじゃありません。むしろ、安心するべきなんでしょう。
「ですが、ティルだけは……後遺症が重く残って」
「……それは、毒のせいで?」
「それもありますが……やはり、元の人格が消失したというのが大きいかと」
彼だけは、違ったんです。
元々シエルとしての自認が強かったのか、かつての自分は勇者だったという認識が大きかったせいなのか。蘇生を経ても彼だけは、自分を再構築することができず……今も療養所のベッドの上で、時を過ごすことしかできなくて。
「体は動くんですけど、精神的な……反応が、希薄なんです」
人格が消失した、と言いましたけど。ルアーやオンドは度重なる支援を経て、新しい人格が芽生えたというか、真っ白な状態から再スタートを切れたんです。
でもティルは……空白のまま。言葉も発さず、ただぼんやりと空を見つめるだけ。
生きているのか、死んでいるのか、分からないような状態で……。
「……そっか」
「それは……なんというべきか……」
「無理に言葉を探さなくていいですよ。複雑な気持ちなのは僕も同じです」
だって、自分自身が死亡して、その後自我を消失し、今は別人として生きている……そんな事実聞かされたら、誰だってショックは大きいに決まってます。
何しろ、元々の自分を構成していたいくつかの要素はもう戻らないってことなんですから。当事者じゃないからって、素直に「そうか、辛かったね」なんて言える訳もありません。
「ですから……」
彼らは「生きたシエル」で、ティルは「死んだシエル」です。
でも、だからこそ。
「同じ魂を持っていた者として、彼に会ってみるのも、何か意味があるかも……と、思って」
だから二人を呼んだんです。
*
「……ルメド様、お待ちしておりました。こちらです」
「いつもありがとう。彼の容態に変化は?」
「特に変わらず……」
「そう、ですか……」
受付に案内されたのは、療養所の一番奥にある個室。
こういう仕事をしている都合上、廊下の冷たい空気も、鼻につく消毒の匂いも慣れてはいますが……それでもこの部屋だけはいい気分がしません。
「……入りますよ」
ノックをしたところで返事はないので、この言葉にも意味はありませんが。
中に入ると、真っ白な壁と、ベッドと、椅子だけの殺風景な部屋。
そして──窓際の椅子に腰かけた、一人の青年。
「……彼が」
「はい……」
三人のシエルは一般人として、平和に暮らしているとは言いました。
勇者の任から解かれた今、こうして入院し、戦いに身を投じていないという意味では──間違っていません。
目は虚ろで、どこも見てはいない。
呼吸はしてるけど、ただ空気を出し入れしてるだけ。
生気なんて欠片も感じられない、人形のような姿。
自分自身だったはずの人間が、中身を失ってそこにいるなんて。
「……ティル。来ましたよ」
声をかけても、ピクリとも反応しない。
僕の声が届いていないのか、それとも意味を理解できていないのか。
毎日こうやって話しかけても、返事が返ってきたことは一度もありません。
死体みたい、なんて例えもあながち外れでは無いのかもしれません。
彼は一度死んで、無理やり生き返らされたんですから。
魂が摩耗して、自分という器を保てなくなってしまった成れの果て……。
それが、今のティルなんです。
別に、彼を生き返らせたことが間違っているとは思っていません。
僕の仕事は癒すこと、回復させること、修復させること。こんな思いをするなら死ねばよかったなんて間違っても考えたりしないし、それは癒しの神への裏切りでしかないんです。
実際二人は別人として生きている訳ですから。
「……ティル。今日は、知り合いを連れてきたんです」
彼の痩せこけた手は……相変わらず冷たいまま。
でも、脈は打ってる。生きている証拠……のはず。
いつか、回復魔法や蘇生魔法がもっと発展したり、傷ついた人の精神をも癒す魔法ができれば──その時は彼も自身を再構築できるようになるかもしれませんが……逆に言えば、それが実現できない限り、彼はずっとこのままということ。
……二人は何を思ってるんでしょう。
彼女たちは彼女たちで、僕たちとは違う人生経験を積んできているはずです。自分たちの「未来」かもしれない姿を見て、自分自身が死亡したという事実を突きつけられて、元のシエルの部分的な喪失という現実を理解して、一体何を考えているのか……。
僕、エスクリ、マージュ。
そして、ベッドの上のティル。
かつて一つの魂だった四人が、こうして一堂に会するなんて……本当は感動的な場面なのかもしれませんけど──
「……………………み」
……ん?
「……あれ、今の」
「ティル……さん、が?」
……そんなまさか。
いや、確かに今僕も聞こえましたよ。「み」って。
でも、それをティルが?
今の今まで、ずっとこの調子だったのに?
そんなことって……。
「……ティル?」
だけど、さっきの発言が僕や、エスクリ、マージュの声でなかったのは事実。
僕たちは皆、女の子……というか、女の子みたいな声をしているし。そんな弱り切った感じでもない。
じゃあ、本当に……?
「……動い、てる? 動いてるんですか?」
……そんな、まさか。
いやでも、微かに、振動してる。
今までピクリともしなかった、かつて金色で今は濁り切ってしまった瞳が──微かに揺れて。焦点の合わなかった視線が、彷徨うように僕たちを……追っている。
え……嘘でしょう。
こんなこと、今まで一度も……。
「……み、ん……な……?」
……ッ!
*
「……ボク、治癒術師の人を呼んでくるよ!」
「え、えっと! じゃあぼくは受付の人に伝えて来る!」
まさか、まさか、まさか。
空耳じゃない。確かに、ティルの口から、声が聞こえたはず。
彼が、喋った……?
意識を取り戻したというんですか? このタイミングで?
「ティル!? 聞こえますか!? 僕です、ルメドですよ!」
「ルメド、か……?」
「そうです! ルメドです!」
……!
しっかり返事をした! まさか、あり得ない!
人格と一緒に、記憶は消えてしまったはずなのに……。
でも、握りしめた手を、微かに力が込められて握り返されたような。
虚ろだった瞳が、ゆっくりと巡って……僕を見てる気がする。焦点も合ってるし……見えているんですか、僕のことが?
「なんだか、さっき……シエルの、ような……」
「落ち着いて、無理に喋らなくていいですから」
声が掠れて……ああもう、当たり前じゃないですか。これまでずっと声を出したことが無かったんですから。聞き取るのがやっとの音量とはいえ、喋れてること自体が奇跡のはず。
とにかく、意識が戻ったなら今は安静にさせないと……。
「それが……三人……? は、ははは……懐かしい、な……」
「へ? ……あ、ああ。そう、ですね。確かに」
……そうか!
今までティルはずっと意識が混濁していて、何もできなかった。
なのに、どうしてこのタイミングで微かに復活したのか。
ここに……三人のシエルがいたからなんだ!
人格が消失したとはいえ、肉体が微かにその感覚を覚えていたから?
記憶というよりは、魂が焼き切れる寸前に焼き付いた、最期の残響のようなものなのかもしれないけれど。シエルとしての自我が消失しても、当時見た光景が今も脳内に深く刻み込まれているのか。
この場所に丁度三人のシエルが集まったことで、かつて僕たち四人で戦っていた思い出が蘇って来て……奇跡的に眠っていた意識が呼び起こされた……。
……そういうこと、なんですか?
「……あの時……」
「ダメです、安静にしてないと……!」
「いや……言わせてくれ……! あのとき、僕は……」
え、え?
なに、何を、言いたいんですか。言わせてくれって、どういう。
止めなきゃいけないのに。下手に止めようとしたら、この奇跡が消えてしまいそうな気もするし、僕はどうすれば……! というか、あのときって……?
……あの、作戦のとき?
ティルが──あの、正体不明の毒を受けた……?
「……僕は、近づいてない……んだ……遠くから、撃ってただけ……」
「え、えっと……」
……そうだ。
それが作戦通りです。何もおかしなことはない。
ティルは弓使いで、彼が率いる部隊も遠方から狙いを定め出て狙撃する……前線の中でも後衛に位置する場所の担当だったはず。
そうですよ、ティル。君は安全圏から、的確に急所を狙っていたはず。
僕は本部で回復を担当していたから当時の戦場は理解していませんが……君のおかげで、前衛の二人は動きやすかったはずです。
なのに、どうして……。
「……毒なんて……受けた、はずは……ない……噛まれてないし……毒ガスでも、なかった……のに……」
「……それは、いったい……」
……確かに、その通りのはずなんです。遠方から攻撃をしていた、魔物に接近していなかったはずの君が特に倒れたのはおかしいことだと思っていました。でも、実際に君の体内には毒物が流れていたし、僕が懸命に解毒したからこそ、今こうして生きていられるんですよ?
実際に肉体を分解すれば何か分かるのかもしれませんが……魔法で人体を回復させる僕にそんなことはできませんし。原因はずっと不明のままなんです。
……じゃあ、どうやって毒を受けたんですか?
物理的な接触がなかった。毒霧のようなものを吸い込んだわけでもない。遠距離から触れもせずに毒を植え付ける、あるいは本人が気づきもしない瞬間に毒を仕込む……そんなことが可能な魔物がいるとでも言うんですか?
もしそうなら。
毒の感染経路が、僕たちの想像を超えるものだったとしたら……。
……そんなことができるなら、どうして──僕は狙われなかった?
どうして作戦に参加した人たちに、狙われる人と狙われない人がいた?
分からない。
あの蛇を倒すための……きっと重要な、道の情報になるはずなのに……。
「……僕は……触れてすら、いなかった……のに……」
「……ティル? ティル?」
「……」
「……そんな」
……また、元に戻ってしまった。
瞳から光が消え、また元の虚ろな人形に……。
じゃあ、さっきの一瞬の覚醒は。
懐かしい感覚で意識を蘇らせている間に、彼は曖昧なはずの記憶を無理に掘り起こし、その事実を、伝えようとしてくれていた……。
触れてすらいない、毒の牙でも毒の煙でもなんでもない、全く何か別の要因で追い詰められた……その事実を、警告として必死に残そうとしてくれていた……そういうことなんですね?
……今日は、ただのお見舞いのつもりでした。
定期的に来ている、君のお見舞いのつもりで。
ただ、エスクリとマージュという新たな二人のシエルたちにも、君のことを教えてあげようと思っただけなんです。
それがまさか、ここまで大きな出来事に繋がるだなんて……思ってもみませんでしたけど。
「……ありがとう、ティル。ゆっくり、休んでください……」
……君の言葉、確かに届きましたよ。
ボスにそんな理不尽な力があるとは思いませんでしたが……でも、ヒントは貰いました。
君がくれたこの情報は無駄にはしません。僕たちが必ず、希望に変えてみせます。
「……おやすみなさい」
また、来ますからね。
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