占い師が語る正体は
やっぱり、旅の朝ってのはいいね。
空気が澄んでて、これから始まる一日への予感が満ちてる。
カトリエの村での滞在も今日で終わり。
着いたときと違ってリュトはいないけど、僕たちもいよいよソワン国へ向けて出発だ。
……っと、その前に。
「悪いな、付き合わせて。最後にどうしても寄っておきたくてな」
「いいよ別に。この一週間ヴィクのお世話になったし」
「そうだよ。むしろヴィクくんのお願いなら大歓迎だから……!」
そう。
ヴィクのお願いで──あの占い師のところにもう一回行くことになった。
彼からの個人的な要望っていうのは珍しいけど……確かに、「占いに興味があるからその時はよろしく」なんてことを言ってたような気もするし。
エスクリはというと……初日の「プレヴィさん尋問事件」の失敗が応えてるのか、どこか挙動不審だ。「ボクはもう余計なこと言わないぞ」って顔に書いてあるよ。
対照的に、マージュは特に気にした様子は無さそうだね。彼女はプレヴィとすれ違っただけだし、純粋な興味しかないんだろう。
ま、僕としても異存はないよ。
前回はエスクリの暴走でうやむやになっちゃったけど……僕だってプレヴィの正体は気になってたんだ。「目が濁ってて色が分からない」「前世の記憶では判断できない」「魔力では判断できない」、でも「シエルの話で盛り上がった」……怪しすぎるから。
今度こそ、僕が冷静に観察して、彼女の正体を暴いてやろうじゃないか。僕はエスクリと違って、自己嫌悪や疑心暗鬼で慌てふためくことは無いし。物言わぬ剣としての立場を活かして、じっくりとね。
……おっと、見えてき……。
……あれ?
「──お待ちしておりました、ヴィクトール様」
「? おう。こんにちは──プレヴィさん」
あ、あれ。
あのプレヴィって占い師が──もう外で待ってるんだけど……。
……待ち構えてた? 盲目なのに?
まるで、今日こうやって話すことが──初めから分かってたみたいに。
それに、前とは雰囲気も違う気がする。
ヴィクも、ただ寄るだけのつもりだったけど、異常な空気を感じ取ったみたいだ。
「後ろのお方々は……お仲間の皆様で?」
「……ああ、そうだ。今日発つつもりだから、プレヴィさんの占いを最後に見ていこうかと」
「なるほど」
……特に変わった反応はしないね。
にこやかに微笑んでるだけ。魔力の波長も……うーん、やっぱり微弱すぎて分からない。マージュの時みたいに「ビビッ」とくるものがない。ただの一般人なのか、それとも隠蔽が上手いのか。
「しかし。この度は皆さま、せっかく来ていただいたにもかかわらず、非常に申し訳ないのですが……」
ん?
「ヴィクトール様『お一人だけ』にお話があります」
「ん? 俺だけ?」
えっ……?
「えっと、ヴィク……?」
「一人、だけで……?」
おっと? 予想外の展開だぞ。
お一人だけでって……それじゃ、密室で二人きりじゃないか。これはエスクリが黙ってな……ほら、案の定顔が引きつってる。
というか、それ以前にヴィクにしか話を聞かせられない事情が分からない。
何が目的なんだ……? ヴィクにだけ伝えたい……「何か」があるとか?
「あー…………分かった。そういう流儀なら、俺は従おう」
「ご理解いただき、感謝いたします」
かたやヴィクは、まるで警戒してない……訳でもないね。
唐突な指示にちゃんと警戒はしつつ、そういうルールなのかもしれないと把握して、失礼にならないような態度を取ってる。
となると、エスクリとマージュは外で待機。ヴィクだけが小屋の中ってことになるけど。
「(……ねぇ、エペ)」
『(な……に……)』
まぁ、こうなるよね。
エスクリがヴィクには聞こえない声量で話しかけてきてるけど……何を言いたいかはもう、手に取るように分かる。
「(中の様子、しっかり見ておいて。喋れるようになったら……後で詳しく教えてね)」
『(了……解……)』
この発言が警戒によるものなのか、それとも嫉妬主体なのか、分からないけれど。
僕はその案に──全面的に賛成だ。エスクリに言われなくてもそのつもりだったよ。
プレヴィにとって、僕はただの「剣」。ヴィクの荷物の一部だ。小屋に入るとき、「剣は置いていってください」なんて言うはずがない。
つまり、僕は堂々と密室に潜入できるってわけだ。スパイにはうってつけだね。
小屋の中でヴィクに何を言うつもりなのか、どうして二人を遠ざけたいのか、そもそもこの「プレヴィ」は何者なのか。それは僕だって気になるし、仲間のためにも、しっかり監視役を務めさせてもらおう。
ま、生憎、僕は刀身を震わせるぐらいでしか返事ができないんだけど……。
「(……うん、ありがと)」
ああ良かった。伝わったみたいだ。エスクリが満足げに頷いて、離れていった。
ヴィクは気づいてないみたいだね、鈍感で助かるよ。
「着いてきてもらって悪いが……二人とも、待っててくれるか」
「うん、いいよ」
「待ってるね、ヴィクくん」
「ありがとうございます……では、参りましょうか」
……よし。
さぁ、潜入開始だ。
*
……静かだね、緊張するな。
ヴィクも用意された椅子に腰かけ……あれ、背筋が伸びてるね。彼も緊張してるのかな。
無理もないか。こんな異質な空間に一人で呼び出されたんだもんね。
ま、背中には僕がいるから「一人」じゃないんだけど。
そのことに気づいてないのが、彼の可愛いところであり、少し寂しいところでもあるけどさ。
「……ヴィクトール様」
目の前には、プレヴィが座ってる。
閉じた瞳。組まれた手。鈴のような声。
まるで人形みたいに動かない。
でも……ただの村娘じゃないことだけは、この僕にだって分かる。
「貴方にお話するのは、貴方が『ただの旅人』ではないと見込んだからです」
……おっと、いきなり核心を突いてくるね。「ただの旅人ではない」。
まぁ、勇者シエルに憧れてて、ソロでボスを十体以上倒した経験がある時点で、十分「異常」なんだけどさ。彼女はそれ以上の何かを感じ取ってるのかな?
「……どうだろうか。俺はただ、強さを求めて旅をしてるだけの……」
「謙遜は不要です。貴方が他所向きに『武者修行』という口実を作って、『ボス討伐』という異常な旅をしていることは、もう占いで分かっています」
「……そうか。随分、買ってくれてるんだな」
おお。やけに詳しいね。
確かにボス討伐は、本来街や国が動いて対応すべき案件だよ。個人で請け負ってる僕たちを「異常」と呼ぶのはごく自然なことだ。
ヴィクも取り繕うのは止めたみたいだ。
でも、そんな人物にわざわざ持ち掛ける話っていうのは一体……?
「……近年、ボスの強力化、そして強化されたボスの発生頻度が増加していることにはお気づきでしょうか」
……え?
……そうなのか?
「そうなのか?」
あっハモった。
いやでも、確かにそうだな。
ボスの強さってのはピンキリだ。エスクリやマージュが一人いればどうにでもなるような相手から、あのトレントや怪鳥みたいに、一人だと対応策が見えてこないぐらい強力なものもいる。
皆が皆、あれぐらい強いならとっくに人類は『ボス』という次なる脅威で全滅しているし。個体数が少ないだけで昔からいた……というなら、そういった強力なボスの情報が少なすぎる。
となると……言われた通り、強力なボスは近年になって増えてきたってことなのかもしれない。あの巨大ワームみたいに、数十年前からいたパターンもあるけど。
なんだか話がきな臭い方向に行きそうな気配が……。
「それは自然発生的なものではありません。何者かが、特殊な魔力を提供し、意図的に歪みを生み出しているのです」
「……なん、だと?」
「そして、『ソワン国』にもその強化ボスは紛れ込んでいます。そのため、この情報を伝えねばと思いました」
「……!」
……意図的に? 誰かが、ボスを強化してるってこと?
それがこれから向かう『ソワン国』にもいるって?
え、冗談じゃないよ。自然災害だと思ってたものが人為的なテロだったってことでしょ。
それじゃ話が全然変わってくるじゃないか。ただの魔物退治じゃ済まなくなる。僕たちの旅の目的だって……。
「……何者かって、誰だ? かつての……魔王軍の残党、とか言われるヤツらか?」
「それは分かりません──」
「──しかし、これから伝える情報は、一般に知れ渡ればパニックを招き、敵にも感づかれる恐れがあります」
「……!」
……これが本題か。
「ですが、ボスに個人で立ち向かい、特に魔法都市ドゥジェームの巨大ワームのように、強大なボスを既に討伐した実績のある……このパーティーなら、と」
「待ってくれ、何故それを。というか何を、言うつもりだ」
「そして、そのパーティーのリーダーであり、勇者シエルのご意志を継ぐ貴方になら……話すべきだと判断しました」
「なに、何を」
「そして、私が伝えたいのは……」
マズイ、ヴィクが雰囲気にのまれかけてる。
というか、目の前のプレヴィ。この女が何か知りすぎてるし──こっちの質問に一切答える気が無い。ヴィクの応答を全部無視して次の言葉を言おうとしてる。
何かを、今必死で伝えようとしているみたいに──
確かに、ヴィクはこのパーティーの実質的なリーダーだ。
確かに、ヴィクたちはボス討伐なんて無謀な旅を続けてる。
確かに、ドゥジェームにいたボスは規格外の存在だった。
確かに、そのボスを僕たちは倒すことができた。
確かに、ヴィクは──勇者シエルに憧れている。
それで、プレヴィは何を言いたいんだ。
嫌な予感がする。肉体が無くて良かった。あったら間違いなく変な反応を起こしてる。
いや、ヴィク一人だけと話をしようなんて言われたときから怪しいとは思ってたけど。
なんだか、思ってた感じじゃない。プレヴィの正体どころじゃない。
今から聞かされる言葉は。
これからの僕たちの運命を大きく変えてしまうような──
「『魔王ル・マルが復活しようとしている可能性』です」
*
魔王、『ル・マル』が……?
……復活?
……えっ?
「聞きなれない名かもしれません。魔王軍の残党による情報撹乱により、その名は闇に葬られ、現在世間では単に『魔王』として定着したので」
「え……あ、ああ。いや、名前は知っている。故郷の伝承で聞いたことがある、あるんだが……」
え、えっと。
ちょっと待って、流石に一度情報を整理させてくれ。
まず……情報操作?
あのしつこい残党たちは魔王の死後も機会を狙って、色々企んでいたってことなのか。
じゃあ、他の皆が魔王の名前を呼ばなかったのは、それこそ僕が最終決戦の情報を強く受け継いだってのもあるだろうけど──十六年の暮らしで、現代の知識に上書きされていたから?
僕だけが覚えていたのは……エスクリに見つかるまで、森の中で誰とも接せず、錆びついていたから。世間の情報から隔絶されていたおかげで、皮肉にも「純粋な記憶」を保っていた。
「つまり、あの魔王が──また復活するっていうことなのか……!?」
「はい」
……そして、勇者シエルの伝承を、何故か人一倍知っているヴィクにとっては──『魔王』という名前は恐怖でしかない。
僕たちは身をもって知ってるけど、彼にとっては「伝説の中の怪物」が現実になるようなものなんだから。
いやでも、本当にそれだけはマズい。
僕たちがどんな思いをしてアイツを倒したと思ってるんだ。
どんな思いをして、どれだけを犠牲にして。何百万、何千万の人が死んで。
どうして、どうして……。
「元々、あの巨大ワームのような『強化ボス』は、世界に数えるほどしかいませんでした。しかし現在、私の占いで分かる範囲でも……全体の一割を強化ボスが占め。近い未来、全てのボスが強化ボスになると予測されます」
……ははは。
冗談でしょ。
世界に何百体と存在するボスの全てが……あの巨大ワームや怪鳥のようになるって?
勇者シエルの生まれ変わり一人では倒せない敵が、勇者シエルですら危ないかもしれない敵が……数百体?
「私は未来の情報や、探し物の場所などを占いで調べることができます……必ずしも的中はしませんが」
「そ、そうか。じゃあ、外れって可能性も……」
「しかし、ここ最近、何度占っても──『遅くても一年以内』に、『魔王ル・マル』と同レベルの邪悪な存在が目覚めるとの結果が出るのです」
「……!?」
……嘘でしょ。
一年以内。早すぎるよ。
「所詮、私は占い師。このような戯言を信じてもらえるとは思っていませんし、現に今まで多くの人々から否定されてきました」
「……だって、魔王は、おとぎ話の存在、だからな」
「はい。ですので、ヴィクトール様が、かの巨大ワームを倒したと占いで知ったときは、もう今しかないと」
……なんてことだ。
別にプレヴィの占いが絶対って訳じゃない。僕たちはそれを無視して今まで通りに旅を続けるって選択肢もある。
でももし、その占いが事実だったら? 気の緩みは一瞬で世界の崩壊を意味する。
ヴィクもすごい青ざめて……そうだよね。
彼は、「勇者シエルに憧れて、同じように世界を救いたい」と思って、旅をしてるんだ。
それは「世界を平和にしたい」という気持ちから来ているだけで、「自分が魔王を倒したい」と思ってる訳じゃない。「今の平和を犠牲にした、自分の見せ場のための魔王の再臨」を望んでる訳じゃない。
「俺だって、所詮……ただの『ごっこ遊び』の人間だ。本物のシエルには遠く及ばない、のに……」
そんな、ごっこ遊びだなんて。違うよ、ヴィク。君は十分強い。
ただそれでも、この世界にそんな危険が迫っていると知って、同じ対応ができるかどうか。
じゃあ……プレヴィも、相当焦ってたのか。
確かに、目の前の相手が魔王の手先かもしれない。情報漏洩を起こすような信心の浅い者にも話せない。
だから、彼に話したんだ。彼とは勇者シエルの話で盛り上がった──正義の信奉者だと知っているから。この情報を悪用する可能性は低いと踏んだんだ。
そんな彼を、このまま何も知らない状態でソワン国へ送り出すことはできないと。
別に、この事実をエスクリやマージュに伝えること自体は大丈夫だよ。
だって二人は勇者シエルだ。魔王側の存在じゃないし、平和のためなら情報漏洩なんて起こさない。戦いのための覚悟だってできている。リュトだって、いざとなれば力を貸してくれるはず。
ただ、ヴィクとプレヴィにはそれが分からない。だから打ち明けられない。
……じゃあ、僕だ。
そのために、わざわざこうしてスパイなんかしてるんじゃないか。
この不調が治って、喋れるようになったら。真っ先に二人に伝えないといけない。
そして、二人を通じて、ヴィクに「一人で抱え込まなくていい」と伝えないと。
そこから全員で「復活を阻止するためにどうすべきか」を考えないと、それで……。
それで……どうするの?
プレヴィがこうして伝えてくれたのは、何も知らないまま死ぬかもしれない者への警告。
もし現実になったとして、そこから何をすればいいのかを教えてくれた訳じゃない。
もし、魔王ル・マルが復活すれば──僕たちはどうすればいいんだ? 勝てるのか?
レベルが上がったとはいえ、魔王がいなくなって平和ボケしたこの世界を守りながら?
あの巨大ワーム一匹倒すだけでも死にそうな思いをしたって言うのに?
そもそもどうすれば阻止できる? 復活の予兆はどうやって確認する?
どこへ行けば復活は止められる? ボスを倒すしかできることは無いんじゃないか?
ただ、ボスを倒しながら、あの占いは外れであれと祈るしか、取れる手段は無い。
もう話も終わる。
後は、プレヴィが「怖がらせてごめんなさい」「でも伝えるべきだと思って」みたいなフォローを入れて、ヴィクが「警告ありがとう」「それでも俺たちは行かなきゃならない」と言って小屋を出るだけ。
小屋を出れば何も知らないエスクリとマージュに迎えられ、「何の話だったの?」と聞かれても答えられず、そのまま僕たちはソワン国へ向かう。
そして。
ただ、『魔王ル・マル』の復活を待つだけの旅を始めることになる。
プレヴィを見定めるという目的はどこへ行ったんですかね。
今のエペ君にはそんな余裕なさそうですが。
これで第4章終わりです。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
今回は幕話をやらず、そのまま5章に移ろうと思います。
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それでは、次話以降も宜しくお願いします(´・ω・`)




