これぞまさしく吊り橋効果……
あーもう、邪魔くせェ。
さっきからビシバシビシバシ、枝のくせにオレの顔叩いてきやがって。痛ってェな。
蜘蛛の巣だのトゲだのもまとわりついてきやがるし……面倒なことこの上ない。
「あの関所をすぐ通れれば、こんなことしなくてよかったんだがなァ……」
ヴィクたちと別れて次の日……丁度昨日だったか。
小さな村だから見るもんもねェし、滞在する理由もねェからさっさとソワン国に行こうと思ってたのに……いざ現場に着いたら「跳ね橋が上がってて通れない」だって? 「一週間も点検にかかる」って?
しかも、「昨日も旅の男が同じこと聞いてきたぞ」とか言われたし。
いや分かるけどよ。関所の衛兵はそういう仕事の人間だって分かっちゃいるけどよ。その間、オレはこの小さな村で特に何もすることなく立ち往生しなくちゃいけないじゃねェか。
こっそり跳ね橋よじ登って飛び移ろうとしたらすぐバレて、「危ないから」「規則だから」「前例が無いから」って、めちゃくちゃ必死に止められちまったし。悪かったって。
ただなァ……。
「あー、全然……ぜんっぜん! 見つからねェ」
こうして、自分のしたいように動けないってのはいい気分じゃない。
今日は関所を通らずにカトリエから抜けるルートを探して、もう半日近く歩き回ってる訳だが……どこまで行っても谷、谷、谷。自然の要塞に囲まれてて、どうにも超えられそうにない。
こいつを越えなきゃ、ソワン国へは行けねェってことなんだが……。
したいことがあるのに、それをできない、できるまで従わなきゃならないってのは、どうにも……こう……。
──『お前は選ばれたんだ、シエル』
大人たちが、オレ……いや、ボクを取り囲んで、口々にそう言ったときみたいに。
多少何でもできる器用貧乏だったせいで、「人類最後の希望」「旗本」「救世主」だって、言われてたあのときのことを──すぐ思い出しそうになっちまう。
当時の魔王軍の勢いは……マジで凄まじかった。
人類は追い詰められて、明日をも知れない状況で。だからって、才能ある子供をかき集めて、「最強の勇者」を作り上げるってのは今でもどうかと思うが……まァ、理屈では理解できる。
定住なんて夢のまた夢、毎日拠点を移動して、何百人も犠牲にしながら少しの猶予を繋いでいくだけの日々。
筋肉だらけの鬼教官は『遊んでる暇などない。剣を振れ。お前しかいないんだ』って。実物のオーガより怖かったし。
目元真っ暗の研究者は『魔法を覚えろ。今日も座学だ。毒の知識を詰め込め』とか、自分の研究そっちのけで。
エルフの先生もいたっけ。『どうして我々が暗殺術に長けているか分かるか? それだけ長い期間戦ってきたからだ』とか。
──『お前が休めば、その分だけ人が死ぬんだぞ』
徹底的な管理。自由の剥奪。分刻みのスケジュール。
いやまァ、当時のボクだって、それが「正しいこと」だって信じちゃいた。
ああしなきゃ勝てなかったのも分かるが──それでも、二度とあんなのはやりたくねェ。
前世であれだけ頑張ったんだ。せめて今はある程度好き勝手するのが許されるべきだろ。
今のオレには、あの頃の「使命感」なんて欠片も残ってねェ。あるのは、抑圧されたことへの「抵抗感」と、何者にも縛られたくないという「渇望」だけ。
むしろエスクリやマージュやエペや、前に出会った「使命感全振り」のシエルの方がおかしいんだ。今世でも世界のために働きたいって……自分の望みを捨てすぎてるぜ。
だからボクは、関所の順番待ちなんてごめんだし、誰かのペースに合わせるのも嫌なんだ。
ボクは、ボクの足で、ボクの行きたい場所へ行く。それが、今のボクの──「オレ」としての生き方ってもんだろ。
だからこうして抜け穴探してる訳なんだけども……。
「……チッ、ここも行き止まりかよ」
目の前でスッパリ地面が終わってやがる。
下の方は……うわ、高っけェ。底が見えねェくらい深ェし、風もビュンビュン吹き上げてきやがるし。
落ちたら……まァ、オレなら無事でも、戻ってくるのが面倒だな。
はァ……諦めて戻るか。
一週間、大人しく待つのも癪だけど……ん? 。
「……お?」
おや? まさかか?
まさかこんなところに?
見間違いじゃねェよな、あそこの……岩肌。
ただの出っ張りにも見えたけど……いや、確かに違う。人工的じゃねェが、自然にできたにしちゃァ、都合が良すぎる配置だ。
「こりゃ……イケるんじゃねェか?」
てことは、あれが話に聞いてた……やった!
マジで見つかった!
一時はどうなるかと思ったが、これでソワン国へ行けるぜ。
じゃあ今日は荷造りで……明日にでも出発だな!
*
「ふぅ……」
出発の準備は大体こんなもんか。
数日分の食糧と地図、清潔な布もなんとか工面できたし、明日にも旅に出られそうだ。
ここはカトリエの村はずれ。人気のない静かな場所。
ここなら誰にも邪魔されずに、明日の計画を練り直せる。
昼間の日差しはすっかり引いて、ひんやりした空気と満天の星がなんともまァ……。
いやァ、最高だ。
この光景を共有できる相手がいないってのはちょっとつまらねェ気もするが、この瞬間はオレが独り占めしてると思うと……とにかく清々しい。そうそう、トロワジーじゃクソ鳥が邪魔でろくに見ることもできなかった風景。
これだけ空気に解放感もあると、明日もしっかり早起きできそう……。
「……ん?」
草を踏む音がこっちに近づいてきやがる……誰だ?
こんな時間に、わざわざこんな場所に来る物好きなんざ、そうそういねェと思うが……。
もしかして、野盗だったりするか? それとも新規の魔物?
こんなのどかな村にそんなの出やがったら流石に無視できねェぞ。ああもう、さっさと野営して寝るつもりだったのに……。
「……って──うわ。なんだよ、お前かよ……」
「……俺で悪かったな、リュト。こんなところで何してるんだ?」
「そりゃこっちの台詞だよ。しかも前の別れからまだ二日だし」
……ヴィクじゃねェか。よりにもよって。
いやオレもさ、どうせいずれまた会うことにはなるんだろうと思っちゃいたが……こんなに早く? どっちも村から出てない訳だし、出会おうと思えばすぐ出会えるのは当然なんだけども。
んで、なんでコイツは何してやがる。しかもなんかエペを背負ってるし。
近くに火の球みてェなの浮いてるし……それどうやってんだ? 明かりか?
正直、これだけ星が出てりゃ、明かりなんて要らなさそうな気もするけどよ。
エスクリはどうした。マージュはどうした。いや、こんな夜中に全員そろってゾロゾロ出歩くのもちょっとおかしいが……。
「俺は散歩してただけだ」
「へェ、こんなとこまで散歩か、暇人だなァ。他の連中は?」
「エスクリは二日前から熱を出してて休んでる。マージュは……『火占い?』とかなんとかの実験をするから忙しいそうだ」
「なんだそれ」
いや、熱っぽいエスクリにそんなこと言うのは理不尽だが……火占いってなんだよ。
二人とも色々やってんだなァ……。
「で? エペを背負ってんのは?」
「エペ? ……ああ、エスクリの聖剣か。いやな、『エペが暇するだろうから持って行って』とエスクリに頼まれて」
何言ってんだよアイツは。
何で二人とも止めねェんだよ。
エスクリもマージュも、ヴィクにエペのことは言わないんじゃなかったのか? 「退屈だろうから」なんて言ったら、まるで剣に感情があるみたいじゃねェか。
ヴィクは……コイツもコイツで「あれはどういう意味だったんだろうな……」とかボヤいてるから助かってるが。普通なら怪しむぞ。
……まァ、熱で頭回ってなかったのかもな。
マージュもなんか忙しかったみたいだし、余裕なかったってことにしといてやるか。
「それでお前は? ここで野営か?」
「……まァな。オレは明日、ここを発つからよ」
「発つ……?」
おお、不思議そう不思議そう。
ま、隠すことでもねェし。どうせ明日にはいなくなるんだ。今言ったところでヴィクには止められやしねェよ。
「……関所はまだ通れないぞ? 知らないのか?」
「いいや? 知ってるぜ。だがオレは──裏ルートを見つけたんだよ」
「裏ルート?」
「ああ。昼間、探索してて見つけたんだ」
驚けよ。感心しろよ。
お前らが大人しく待ってる間に、オレは次への道を自力で切り開いたんだぜ。
まァ、完全に自力かって言われるとそうでもないが。
ただ、一週間もこの村から先に進めないってのが気に食わなくて、街にいた「噂の占い師」とやらにどうすればいいか案を聞いてたんだけども。
そしたらあの占い師、『お探しのものは、谷に面した森の中にありますよ』とか言いやがって、疑心暗鬼であの場所を漁ってたら……本当に見つかったっていう。
「断崖絶壁にかかる、古びた吊り橋だ。スリル満点だぞ」
「……!?」
……おうおう、なんだその顔は。
驚けよ。それじゃどっちかっつーと、引きつって、青ざめてるみたいな……。
「だ、断崖……絶壁……吊り橋……?」
「おう。谷底まで数十メートルはあるかな。風も強ェし、板も腐ってそうだが……ま、オレなら渡れる」
「そ、そうか……」
ん?
あー……そういやそうだった、アンタ高所恐怖症なんだったか。
底の深い谷の上でポツンと風に揺られるボロボロの吊り橋……。
……うん、コイツには無理だ。
「……そんなものがあるのか。ちょっと気になるな」
「お?」
……と思ったが──ヴィクの奴、顔色は悪いままだが、興味を示してきたぞ。
怖いもの見たさか? それとも、単なる好奇心か?
「へェ、物好きだな」
「……」
「ま、見るだけならタダだ。明日、案内してやるよ」
「……ああ、頼む。どんな道なのか、確認しておきたい」
確認してどうすんだよ。
お前らには関所が開くのを待つっていう安全策があるだろ。
まァ、見送りがてらってことなら拒む理由もねェし、むしろ歓迎するけどよ。
あ、でも、エスクリとマージュは来ないだろうな。
アイツらには高所恐怖症のことも隠しておきたいだろうし、アンタ一人でこっそりくることをお勧めするぜ。
とりあえず、明日になれば分かることだ。
ビビって腰抜かしたら、笑ってやるよ。
「じゃ、明日の朝な。遅刻すんなよ?」
「ああ、分かってる。おやすみ、リュト」
おお、ばいばーい。
……あっ、今気づいたが、あの炎ってマージュの魔法か。アイツそんなこともできんのか、すげェな。それ踏まえてもこの明るさならまだ要らねェと思うけど……。
さて、ヴィクも見送ったことだし、オレもさっさと寝るか。
明日は早い。カトリエとも、コイツらともおさらばだ。
自由な一人旅が、また始まるんだ。
楽しみで仕方ねェな!
*
「──ほら! 着いたぞ。ここだ」
「……こ、これか……?」
ほれほれ、昨日も見た──スッパリと大地が途切れた断崖。
風が吹き上げてくるのがより際どいよな。オレの髪が短くて良かったぜ。
そして、その谷に架かる一本の吊り橋。ボロボロで、板も腐ってて、風が吹くたびにギシギシと悲鳴を上げてる。普通なら渡ろうなんて思わねェ代物だが……オレにゃァ関係ねェ。これこそが、次の道さ。
ほら、下を覗けば……高っけェだろ?
おい見ろよ、なに後ろの方にいるんだよ。顔も真っ青だし。
アンタの震えが背中のエペにまで伝わってるぜ。溶けた飴みたいにぐにゃぐにゃ揺れてやがる。ここまで怖がるなら来なけりゃ良かったのにな。
可愛いなァテメェはよ。
「……その、凄いな。悪いが、俺には無理だ。ここから見送らせてもらう」
「ハハッ、だと思ったぜ。アンタやっぱ高いとこ怖いんだな」
そんな絞り出すような声で言わなくても。
まァ、無理もねェよな。こんなもん、高所恐怖症じゃなくても足がすくむ。
ましてやコイツにとっちゃ、地獄への入り口に見えてるんだろうぜ。
……ん? 待てよ。
今の「高いとこ怖いんだな」っての、背中のエペにまで聞こえちまったか? 思いっきし、しかも「やっぱ」って言っちまったし。
あーまずったな、せっかくオレだけの秘密だったんだが。エペはこの男の唯一の弱点知らなかったのに、ついうっかりして漏らしちまったよ。なんかぶるぶる震えてやがるし……よっぽど意外だったのか。
……まァ、いっか。エペは口が堅そうだし、そもそも今は喋れねェみたいだし、本人の立場上ヴィクと会話することもねェだろうしな。
可哀想だから、エスクリとマージュには内緒にしといてくれよ、聖剣さん。
「……情けないとこ見せたな」
「いーってことよ。誰にだって苦手なモンはある」
強がりじゃなくて、本心だ。完璧超人より、弱点がある方が人間味があっていい。
それに、怖いと分かっててここまで来たんだ。その根性は認めてやるよ。
……じゃあ、コイツ、なんでここまで来たんだ? んな怖がってんのに。
ただの見送りか? それとも、重要な情報はなんでも探そうとする癖か何かか?
それとも……。
「なァ、ヴィク」
「……ん?」
「アンタの憧れるシエルは……使命のためなら、嫌なことも逃げずに、我慢すべきって考えてたと思うか?」
丁度いい、ちょっと聞いてみたかったんだ。
コイツはきっと自分の嫌なことも飲み込んで、人のために尽くそうとするだろう。勇者シエルの生まれ変わりでもなんでもないってのに。
てことはコイツ、「勇者シエルがそういう人間だって思い込んでて、そんなシエルに憧れてるから自分もそうしよう」って考えてることになるんじゃないか? 実際、前聞いたときはオレの実績や環境を踏まえた評価だった気がするし。
そして、実際のシエルはそんな崇高なことまるで考えてなくて、使命なんざクソくらえって思ってた……それが真実。少なくともオレとしては。
だから、そこら辺どう思うのかなっていうのを……。
「えっと……気を悪くしないでくれよ?」
……あっ。
そうだ、今のオレは勇者シエルの過激派オタクで、解釈違いに厳しい同担拒否のガチ恋勢なんだった。
すっかり忘れちまってた。
前もこんなことあった気がするな。おのれマージュめ。
「彼は……周りの期待に押し潰されそうになりながら、それでも戦い続けた。逃げ出したくても逃げられなかった……悲劇の英雄……のはずだ」
「……!」
「だから、シエルにも……怖いことや逃げたいこと、嫌なことはあったし、それを全て受け止めるべきとは、思っていなかった……と考えている」
お、おおお……!
相変わらずコイツ、解像度が高い……!
オレの環境や実績だけじゃなくて、当時のオレの心情まで正確に把握しているだと……!
「そ、そうか。いや、その考えなら別にこっちはいいんだ」
「……なるほど。そろそろオレも勇者シエルの過激派ファン仲間入りを……」
「それはダメだ」
「そんな」
ま、その答えが聞ければオレとしちゃ満足だ。
別に答えの内容にかかわらず、ここを発つことは変わらねェんだし。
ただ、ちょっと気分が良くなったってだけ。
お前こそ真の勇者シエルファンだよ。オレたちみたいなのと違って。
……やっぱり、コイツがついてこないのは惜しいな。
一人旅こそ至高ではあるが……ヴィクと二人なら、それはそれで楽しくなりそうだ。
一緒にいても気を張らなくていいし、むしろ楽しい。オレのことめちゃくちゃ理解してくれてるし、お互いの相性だっていい。
この橋がボロい吊り橋じゃなきゃ……無理やり連れて行ける可能性もあったんだがな。
「……よし!」
ただ、敵わないことをぐだぐだ言ってもらちが明かない。
オレの目的は、我慢なんかせず、行きたい場所に行くことなんだ。
「それじゃあな、ヴィク。二人によろしく頼むぜ」
「ああ。また会おう、リュト」
「ふふふ……今度は即再会なんて止めてくれよ?」
「まあ、善処するさ」
……煮え切らねェ返事だな。
これまでの再会頻度見てりゃ断言できねェのも納得ではあるが。
次会うときにはもうちょっとマシな顔して迎え入れてやるよ。お互い、無事ならな。
そのときはまた、あのマッサージでも頼もうか?
それじゃあまたな、ヴィク。待ってろよ、まだ見ぬ世界。
オレは一足お先にソワンへ行ってるぜ!
リュトは前世への抵抗感が今の行動に一番強く表れてる感じですね。
その中であわよくば相性の良いヴィクも連れて行けたらな、と考えてる感じで。
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