甘いボクは嫌いですか?
最近のボクはどうにもおかしい気がする。
なにか焦ってるのか。
単純なことでも、凄い感情が沸き上がってきてしまって。
これまでも、ヴィクと知らない誰かが話してるだけで……こう。
「彼女はプレヴィ。困ってたようだから助けてたんだ」
「………………ふーん?」
……困ってたから、助けてた?
それだけ? 本当にそれだけかなぁ?
いやさ、二人の様子を逐一監視して、隙を見て話しかけに行ったボクもボクだけどさ。
ヴィクもヴィクで、なんで手を繋いでたの。なんでそんなに親密そうな空気出してたのさ。ボクが見てた間、ずっと楽しそうに話してたじゃないか。
ボクが、どんな気持ちで後ろをついてきてたと思ってるんだ。
だから、今こうして──腕組んで尋問してる訳だけども。
「初めまして、プレヴィと申します」
「……初めまして」
肝心のプレヴィって少女はというと……これまた、清楚系っていうか。
ボクやマージュやリュトとは違う……儚くて、変に触れると壊れてしまいそうな雰囲気を纏ってる。少なくともボクよりは女の子女の子してる。
髪の色は色素の薄い紫で、どうしてかずっと目を閉じてて。
質素だけども清潔感のあるローブで、その華奢な体型を包み込んでる。
鈴の鳴るような、それでいてよく響く声が聞いてて……まぁ気持ちいい。
胸はボクたちほどなくて……それどころかほぼ無いに等しくて。まだリュトみたいな可能性もあるけれど、そこだけは明確に勝ててるのが救いか。
……元男なのにこんなの考えてるのは気持ち悪いかな。
……いや、待てよ。
そもそも、二人が仲睦まじく手を繋いで歩いてるところを物陰からずっと追いかけ回して、会話に聞き耳立てて、イチャイチャしてるのを見てギリギリ歯ぎしりして、二人が立ち止まった瞬間に飛び出して「何してるの!」って水を差して……。
……あれ、ボクの行動がそもそも気持ち悪くない?
でも、もう声かけちゃったし。ヴィクもこっち見てるし。
今更「なんでもないよ!」って逃げる訳にもいかないし……。
「……それで、どうして一緒に? 手を繋いでたのは、どうして……」
「ああ、彼女は──」
「──目が見えないらしくてな」
え。
「はい。生まれてこの方、光を知りませんので」
「いつもは付き人がいるそうなんだが、今日は折り合いがつかなかったらしい。で、普段使いの杖も折れて、途方に暮れていた……と」
「……っ!?」
も、盲目……だって……!?
え、じゃあ、ずっと目を閉じてるのは、ヴィクが手を引いてたのは……そういうこと?
「今はこの村でしがない占い師として、この地でひっそり暮らしております」
「あ、そ、そうなんだ……キミが、噂の……」
「はい。この建物も、私が普段占い屋をしている小屋でして」
「道は分かるから、そこまで俺に誘導してくれって話だったんだ」
う、うわぁぁぁぁ……。
ボクは、なんてことを……。
な、なんか。さっきはつい抑えきれない感情に従ってぐいぐい突き進んでいったけど……目が見えなくて、かつ迷い人なんて──普通は助けるのが当たり前じゃないか。
ボクは何を考えていたんだ。ヴィクが女の人と歩いてる、手を繋いでるってだけで変なこと考えだして勘違いして……そもそも彼が女の人と歩こうがボクには何の関係も無いってのに!
「あ、そうだヴィク! 関所はどうだった? 何か手続きとか……」
と、とにかく! 話を逸らそう!
これ以上この空気のままだと、ボクの精神が崩壊する!
「ああ、それなんだがな。通行証は特に必要ないらしい。誰でも通れるそうだ」
「え、本当? じゃあ滞在は最小限でも……」
「ただ、今は定期的な整備点検で跳ね橋が上がってて通れないらしい。下ろすのには後一週間って話だ」
……へ?
一週間!?
……あ、そういえば聞き込みでもそんな話を聞いたような。
ああ、あれか! 関所が跳ね橋だったってことなのか! ボクてっきり、村の中にある小さな橋か何かのことかと……。
「つまり、一週間はこの村で足止めって訳だ」
「そ、そっか……それは仕方ないね」
なるほどね。
ヴィクが関所に行って、すぐに戻ってこなかった理由もこれで分かった。
手続き自体は簡単だったけど、橋が通れないから時間が余って、その帰りに、この……プレヴィさんと出会って……ってことか。
仕事をサボってた訳でも、女を引っ掛けてた訳でもなくて、ただの親切心。
……うぅ、なんかやっぱり罪悪感が。
「それに──彼女とは、勇者シエルの話で盛り上がってな」
「ん?」
「はい。とても楽しくお話をさせて頂きました」
「へ?」
……勇者シエルのことに、詳しい?
その、失礼だけど。小さな村の、占い師が?
「それではヴィクトール様。この度は誠にありがとうございました。何かありましたら、私の占いを是非とも頼っていただけると」
「そうだな、俺も興味があるし……その時はよろしく頼む」
「ふふ。では、私は失礼させていただきま──」
「ちょ、ちょっと待った!」
「──へ?」
……今、この場で思いついたことではあるんだけど。
エペとかならもっと早く気づいてたかもしれないんだけど。
ただのこじつけかもしれないんだけど──その可能性があるとしたら、放っておけない。
女の子で、ヴィクと仲良くなって、勇者シエルの情報を持っている。
これが意味することは……つまり……。
「その、急にごめん。ちょっとボクに付き合ってよ──プレヴィ」
「は、はぁ……構いませんが……」
もしそうなら、ちょっと、こっちとしては。
話を聞く必要があるかもしれない。
「……急にどうしたんだ、エスクリは」
「え、俺は……待ってればいいのか?」
「というか──また、これなのか……?」
*
ちょっとだけ埃っぽいような。故郷の古庭の匂いがするような。
でも、整理が行き届いてて、思ってたより風通しの良さそうな──プレヴィの占い小屋。
「綺麗な場所ではありませんが……椅子があるので、そちらにおかけください」
「うん。ありがとう」
ボクが思い至った可能性。
それは、目の前の彼女が──五人目のシエルかもしれないってこと。
いやだってさ、勇者シエル自体は有名だよ。その話を小さな村の占い師が知っていたとしても別段おかしなことじゃない──でも、ヴィクと話が合うってのは違うんじゃない?
彼は……何故だかは知らないけど、正確な勇者シエルの軌跡についての情報を知っている。だから、その彼と話が合うってことは……彼女も同じだけの知識量があるってことで。
「それで、話というのは……あ、あれ? お近く、ありませんか?」
つまり、彼女も──普通では知りえないような勇者シエルの話を知っている可能性があるってこと。
もしそうなら、ボクのこの意味不明な感情にも説明がつく。
ボクが「ヴィクと女の人がいること」に焦ってしまうのは、それが「女になった自分自身」だから。男に憧れるボクがどんどんそこからかけ離れた存在になることの焦りでしかないんだ。
だからちょっと……いや、だいぶ失礼なんだけど。
「ごめんね。ちょっと瞼を開けてもらっていいかな?」
「え? まぁ、構いませんが……見ても面白いものではありませんよ? はい」
「ありがとう」
……ふむ。
金色──じゃない、な。
いや、金色ではないけれど。なんか……くすんだ黄色というか。目に光が無い感じ。
これって目が見えないからなのかな。もし目が見えて、目に光があったのなら──金色に、見えなくもないような……どっちか分からない。
「……ごめんね。ありがとう」
「は、はぁ……不思議なお客様で……」
……流石にこれだけじゃ判断できないか。
魔力も……どうだろう、よく分からない。微かにあるような気もするし。
マージュと初めて会ったときはそれですぐに分かったけど……これだけ微量だと、ボクと同じ魔力かどうかは分からない。一般人ならこの量でもおかしくないだろうし……。
それなら手っ取り早くこう聞こう。
「えっと……じゃあキミ──前世の記憶ってのはある?」
「……? ああいや、前世ですね? えぇと……」
いきなり「ボクは勇者シエルで、キミもそうなんじゃない?」なんて聞き方したら頭おかしい人だと思われちゃうし、こういうぼかした言い方にはなっちゃうんだけれど。
でもこれで、向こうも「もしかしてこの剣士もシエルなのでは……?」って思ってくれたら正体を開示してくれるかもしれないからね。逆に「いいえ」って言われたら、その時は……。
「いいえ、私はずっと『プレヴィ』です」
……うーん。
「いつも私がお客様にしているような質問ですが、いざ自分が聞かれると答えにくいものですね……どうでしょう、満足いく回答でしたか?」
「う、うん……参考には……」
……ちょっとこれ分からないぞ?
もしかしたら、まだ向こうが警戒してるだけって可能性もある。
プレヴィは本当にシエルなんだけど、自分の情報を何らかの事情で隠していて、数分前に会ったばかりのボクにそれを打ち明けるって行為の危険性を懸念してるだけかもしれない。
逆に、本当にシエルとは完全に無関係なのかも。
ボクが敏感に考えすぎていただけであって。年齢も近いし、ヴィクと仲良くなってたからそうなのかもって思っただけで、本当にただの一般人ってことなのかもしれない。胸だって、その……大きくないし。
あるいは……本当にシエルだけど──その記憶がない、とか?
シエルの「占い師」としての才能を受け継いだけど……「前世の記憶」をほとんど受け継げなくて。自分がシエルだという自覚が無い、ただの女の子になってるって可能性も……。
……あれ、そもそも、昔のボクに「占い師」の才能なんてあったっけ?
いや、全く無い訳じゃない。前世の座学でありとあらゆるものを詰め込まされた記憶があるし、その時に星占術みたいなものとかを教えられたような気もする。で、それを実際に使えたかどうかの記憶は……まぁ、剣士でしかないボクにはキレイサッパリ残ってない。
だから、目の前の彼女が本当に「勇者シエルの生まれ変わり」なのか……。
「あ、あの? どうしました? 大丈夫ですか?」
「え、あ、うん……」
あれ?
ボクは、この子をこうまでして疑って、何をしようとしてるんだ?
いや、それは自分の気持ちに理由を見つけたいからであって。
……それを何も知らないかもしれない彼女に?
「その、顔色が悪いですよ? 何か、無理をしているのでは……」
「……ごめん、そうかもしれない」
……もしかしてボクがおかしいんじゃ。
勇者シエルっていうのが自分で何なのか分からなくなって、ちょっと似たような要素を持った女の子を「またシエルなんだ」って思い込もうとしちゃってるんじゃないか?
それも、訳の分からない感情なんかに突き動かされて。
ボクは。
既に一生分を生きた、経験の豊富なシエルで。
でも精神は十六歳の少女にリセットされていて。
魔法で自分の精神をバラバラに分割して死亡して。
でも頼れる男でありたいって夢は忘れてなくて……。
……あれ? それを最後に思ったのはいつだ?
少なくともエペが指摘してくれた頃は……いや、エペは今喋ったりできなくて。
「お話は、また今度聞きますよ。今日は一度帰って休まれては?」
「……ごめんね、そうするよ」
なんだろう、これ。
急に自分が不安になってきた。
「変なこと聞いちゃった、忘れて」
「はい、忘れます。また、来てくださいね」
「うん……」
*
「……はぁ」
「エスクリ、今日はもう休め。宿でマージュが待ってるぞ」
「うん……はぁ……」
ため息が止まらないし、地面に鉛でも埋まってるんじゃないかってくらい、一歩一歩が重い。ヴィクの足音は軽やかなのに、ボクだけが泥沼の中を歩いてるみたい。
最悪、本当に最悪だ。プレヴィ……さんにあんな失礼なことをして、勝手に落ち込んで、ヴィクに迷惑かけて。ボクは何をやってるんだろう。自分を見失って……こんなの、勇者失格だ。
「ねえヴィク」
「ん? どうした?」
……ちょっと振り返るだけでも、やっぱり悔しいくらいにカッコイイ。
そのせいで逆に、直視するのが辛い。
今のボクは──キミの相棒に相応しくない人間なんだって教えられてるみたいで。
「前に……教えてくれたよね。キミの知ってる勇者シエルのこと」
「ああ。高潔で、正義そのもので……俺の憧れだ」
「うん、うん……」
唐突すぎるかな。
でも、今のボクが縋りつけるのは、もう過去の栄光しかないんだ。
彼が憧れている「勇者シエル」。その理想像を聞けば、今の自分がどれだけダメなのか、はっきりするかもしれない。彼はボクたちが「勇者シエルの厄介ファン」だって信じてるし、自分も勇者シエルが好きだから、こういう話題には喜んで乗ってくれる。
……騙してるみたいで心が痛むけど、今はその設定に甘えさせてもらうよ。
「でもね……シエルだって、迷ったり、失敗したりするかも、しれないよね」
「……」
「結果的にそれが正しい行動だっただけで、本人は別に勇者じゃなかった……そんなこともあるんじゃないかな」
ああ、どんどん声が小さくなるのが余計に情けない。
こんなことを聞くのは、自分の弱さをさらけ出すようなものだから。
これはシエルの話だけど……シエルだけの話じゃない。今のボクの話でもある。
プレヴィへの態度も、ヴィクへの執着も、全部ボクの「迷い」だ。
「……俺は、シエルが迷いをなんでも乗り越えられる超人だとは思っていない」
「えっ……」
……そう、か。まぁ、そうか。
きっぱりと言い切っちゃって。そうだよね。
彼は、勇者シエルを、才能こそあれどその使い方が正しかったから尊敬してるんだよね。
じゃあやっぱり、正しさを見失いかけてるボクは、ヴィクの相棒に相応しい存在じゃ、なくなってきてるってことじゃ──
「ただ、その迷いがあるからこそ、シエルはより多くの人を勇気づけられたんだ」
……勇気、づけ?
「迷うことは無駄なことじゃない。少なくとも俺はそう思ってる」
……無駄じゃない。
どうして?
「お前が勇者シエルにどういう解釈を抱いているかは知らないが……そうやって迷うことは良いことだ。正しさを模索してるんだから」
「……」
「俺だって──その姿に憧れて今があるんだぞ?」
「……っ!」
え、あ、そ、そう……?
じゃあ、彼が憧れてるのは、完璧な英雄なんかじゃなくて。ボロボロになりながら、迷いながら、それでも前に進もうとする、人間臭いシエルだってこと?
その中で失敗することがあったり、間違えることがあったとしても、迷って正しくあろうとしている間は、彼の相棒に値する人間だって言ってくれるの?
「あ、ああ。なん、なんだ。そうなんだ」
「……本当にエスクリは、勇者シエルのどういうファンなんだ?」
ああ、そうか。
ボクは、完璧を求めすぎてたんだ。
完全に折り合いがついた訳じゃないけど、胸のつかえが少しだけ取れた気がする。
例え、勇者に似合わない想いを抱いたとしても、そうやって悩んで、正しくあろうとしているなら──それは彼にとっての憧れの対象になりえるんだ。
いつかまた、その……この訳の分からない気持ちに突き動かされて、変なことしちゃうかもしれないけど。でもボクは、それを踏まえてなお、沢山迷って自分らしくあろうとするはず。
だから、ここまで思い悩んだりしなくていいんだ。
「あ……そういえば。ねぇ、ヴィク」
「どうした、エスクリ?」
今ならもういい気がする。
ポケットの中にさっきおばあちゃんから貰った、黄金色の小瓶が入ってる。
「これ、あげる。蜂蜜のジャムだよ」
……男がこんなもの渡したら変かなとか。甘いもの嫌いだったらどうしようとか。
それでも彼に喜んでほしいって思って迷ったけれど。もし迷うこともなかったら、きっと「なんだか男らしくない」って言って諦めてたかもしれない。
でも、今なら分かる。ボクが渡したいから渡すんだ。きっと彼は喜んでくれるし、それが今のボクにできる精一杯の「勇者としての姿」だから。
「おお、美味そうだな! 甘いのは大好きだぞ」
ああ、ほら。やっぱり。
迷って、良かったな。
少し情緒不安定な気もしますが、思春期かつ他の要因も色々折り重なっているので……。
前々からエスクリって独占欲とアイデンティティに執着してた節がありますし……。
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