空から落ちたその後は
──ズガガガガガガッ!!
近い、近すぎる! 止まったら終わりだ、ミンチにされる!
ああもう、うっせェな! 耳元で雷落とされてるみてェだぞ!
「逃げろ逃げろ逃げろ!」
「持ち上げるよマージュ! 掴まってて!」
「う、うん! ありがとう!」
足の速いエスクリならともかく、オレならマージュ抱えて数メートル走った時点でお陀仏だ! 冗談じゃねェぞ、この威力! 前に食らったヤツの比じゃねェ!
そもそも、なんでこんな急に威力が上がりやがったんだ。前にオレが嘴をへし折ってやった時に見た──あの時の「羽の雨」とは完全に別モンだぞ?
あの時は、もっとバラついてたはずだ。オレの逃げ場を封じて、距離を取るための──
『リュト! あの隠れ家は!』
「もう無理だ! あそこまでぐずぐずにされちゃもう家じゃねェよ!」
もうあの家は捨てだ! 元々廃墟だったが、今は建物としての体裁を成してねェ!
ああクソッ、あの壁まで粉々じゃねェか! せっかくヴィクに直してもらった壁なのに、アイツが汗水たらして丁寧に直した壁だってのに、全部パーだぞ!?
もう家ごと全壊じゃねェか畜生が! アイツが戻ってきたらなんて言うんだよ!
あァ、じゃあ前の時の羽の雨はただの牽制だったってことなのか。オレから一時的に撤退するためだけの、本気じゃない攻撃だったのか。
今のは根本的に違う。徹底的な一点集中、めちゃくちゃな殺意の塊だ。加減なんて欠片もねェ、本気で潰しに来てやがるんだ。
エスクリとマージュを、「餌」だとか「見逃していい相手」じゃなくて、「今ここで潰さなきゃいけない敵」だと認識してやがるんだ!
畜生!
まさか今日戦うことになるなんて思いもしなかった!
いつかは倒すと思っちゃいたが、それも数週間後ぐらいの話だと思ってた!
見逃してもらえねェってことは──今ここで倒さなくちゃならねェってことじゃねェか!
「『炎よ、飛べ』! 『飛べ』! 『飛べ』! 『飛べ』!」
「どう!? マージュ、当たりそう!?」
「っ……無理だ! 全部避けられるよ!」
……ッ。
さっきからマージュがずっと火球飛ばしてるが……どれも一発も当たってねェぞ。全部躱されて、アイツの勢いを止めることすらできやしねェ。
ていうか、ここまで魔法攻撃ぶっぱなされてるのに、なんであのクソ鳥は微塵も怯まねェんだよ! 普段はちょっと攻撃されたら帰ってく癖に、「この程度の攻撃、簡単に躱せるから逃げるまでも無い」ってか?
ってことは、ここで確実に仕留めるつもりなのか。
オレたちを逃がす気はねェってことなのか!
「エペ、変形は! できそう!?」
『……どうだろう。一回くらいなら変形できるかもしれないけど……いつもみたいな硬度は維持できないかも。ふにゃふにゃになる自信がある』
「んだよその自信!」
なんで聖剣がふにゃふにゃになるんだよ。不調ってヤツのせいか?
とにかく、エスクリは攻撃に回れねェってことだよな。エペを三十メートルに伸ばして振り回すなんて芸当は期待できねェって訳だ。
マージュの火球もクソ鳥に避けられて、アイツの背中で空しく消えていくだけ。
オレもジャンプしようが、距離を取られてそのまま落ちるしかできねェ。
……詰んだか?
攻撃は当たらない、防御もできない、ただ逃げ回るだけ。
ただ、そんな風に逃げるだけでいつまで保つんだよ。体力には自信あるけど、相手は一日中空を飛んでるようなヤツだぞ。オレたちより先に疲れて諦めるなんてあり得ねェ。
「……クソッ! 何かねェのか!」
このままじゃ、ジリ貧だ! ヴィクの野郎もなんでこんな肝心なときにいねェんだよ!
いや家の壁弁償を頼んだのはオレだけどよ! 今も廃墟に資材回収しに行ってるのはオレの指示が原因だけどよ!
だがアイツが来たところで何ができる? 盾で防ぐぐらいはできるだろうが……どっちにしろ攻撃の手段がねェ。武器を投げるとは聞いてたが──あんな場所まで投げられねェだろうし……。
畜生が、アイツを倒さねェとオレは自由になれねェってのによ……!
どうにかして、アイツに近づきつつ、アイツに距離を取られないような状況に持ち込めれば……。
持ち込めれば……。
持ち、込めれば……。
あれ? いけるか?
急に一つだけ案が思いついたんだが……。
とんでもなく突拍子もねえし、確実性も何もない案だけど……確かにこの方法なら気づかれずに近づくことができて……あれ? いけそうだな?
「マージュ!」
「え、へ!? なにリュト!?」
いや、いけそうだ!
ここまで来たらやるしかない! ヴィクもいない今、この作戦に賭けるぞ!
「あの『炎の壁』で──人って包めるか!?」
「は……? ……へ!?」
*
「え……本気? いくらぼくでも、無事は保証できないよ?」
「本気も本気だ。それとも、他にいい作戦があるってか?」
『二人とも走りながらよく話せるね』
「マージュはボクが運んでるんだけどね。結構疲れるんだけどこれ」
エスクリが文句言ってやがるが今は無視だ。
この作戦には『オレ』と『マージュ』の二人の実力が必要不可欠だからな。
作戦は至って単純。あまりにもバカげてて、笑っちまうくらい単純。
初めに俺を追い詰めた時、マージュは『炎の壁』を作って、俺の行き先を阻んでた。つまりは、『薄い炎だけの幕を作れる』ってことだ。
んでもって今、マージュは『炎の球』を作ってボスのいる場所まで打ち出してる。要は炎の形を『球状に変形させられる』ってこったろ。
そしてオレは、ボスのいる場所までジャンプすることができて。ボスは炎の球を見ても、『避けるだけで逃げようとはしない』。
つまり……。
マージュの火球の中にオレが入って、そのまま一緒に射出する。
そして、ボスの近くまで来たところで──オレが炎を突き破って一撃食らわせてやればいい。
つまるところ、『炎の壁』を『球状』に折り曲げたものでオレを包んで──オレがジャンプするタイミングと同時に火球を射出する。そうすれば……届きうるはずだ。
オレ自身とマージュの火球が、どっちもボスの高さに届くからって──二つ合わせて近づけばいいだなんて……自分でも狂ってる作戦だと思う。めちゃくちゃ熱いだろうし。マージュも「火傷じゃ済まないよ?」って言ってたし。
だが、ヤツはマージュの火球を見て、距離を取ろうとはしない。サっと避けるだけ。
それなら警戒されず近づくことができる。で、いくらオレを警戒してるとはいえ、そこまで距離詰められてるなら、一撃でヤツを殴り殺せる自信がある。
このまま逃げ続けりゃあのクソ鳥は街の方まで行っちまう。それだけはダメだ。
俺に使命感なんて御大層なもんはねェが──だからって人々を犠牲にしていいだなんて思わねェ。少なくとも一年は世話になった街なんだ。
なら、賭けるしかねェだろ。
この身一つで、あの高みまで届く方法に。
「……準備はいいか! いくぞ、マージュ!」
「……ああ、分かったよ! 火力は弱めて、他の火球と混ぜて飛ばすから!」
……ちょっと声が震えてんな。ビビってんのか? オレを殺すかもしれないって。
優しいな、お前は。でも、今はゆっくりやってる暇なんざねェんだ。手加減なんてすんなよ。オレを信じて、全力で撃ち出せ!
「……!」
目の前が真っ赤に──今だ、ジャンプだ!
火球が進む速度に合わせて地面を蹴りあげろ!
「……行くよ! 死なないでね!」
「……ああ!」
──ゴオオオオオオッ!!
……熱ッ!!
おお、覚悟しちゃいたが──熱いなんてもんじゃねェぞこれ!
全身の水分が一瞬で蒸発しそうだ! 息するだけで体の中全部焦げちまいそうなぐらい熱くなるし、目玉から強制的に涙が溢れそうなくらい熱さが目に沁みやがる! ……んなこと当たり前か!
これが火炙りってやつか。地獄の釜の底ってのは、案外こういう場所かもしれねェな。
ただ、何のためにオレが丈夫な体で生まれたと思ってんだ。
こういう無茶するためにあるんじゃねェのか!
耐えろオレ。ここで気絶したら終わりだ。ただ黒焦げ死体になって地面に落ちるだけだ。
思い出せ、あの屈辱を。自由を愛したオレが見下ろされ続けた日々を。
鳥籠の中で、自由を奪われて、ただ生かされていたあの日々を。
こんなところで終わってたまるか。アイツに借りを返してやらなきゃ気が済まねェ!
「……! ここか!」
火球の勢いが止まった。
あのクソ鳥がオレの入った火球を躱したのか。
今頃、「魔法なんて当たらねェよ」って余裕かましてやがるのか。
翼を傾けて、火球をやり過ごして──その背中が、無防備に晒されてる。
……バカめ、魔法は囮だ。
本命は、中身だ!
──バシュッ……!
……うおおおおおおおおッ!!
「久しぶりだなクソ鳥ィ! 見下ろされるのは初めてかァ!?」
いたぞ! クソ熱ィが、炎を突き破った目の前に──あのクソ鳥の背中がある!
気持ちいい、最高だ! あの野郎の驚愕に見開かれたデケェ目玉が、炎の外の新鮮な空気と相まって……とてつもない解放感だぜ!
──!? ギシャアアアアアッ!
今気づいたか?
遅ェよ!
「もう、オレの……間合いだッ!!」
殴る方向は……っとォ!
……あっぶね、このままじゃ街の方にぶっ飛ばすとこだった、事前に気づいてよかった! ちょっと位置調整しねェとな!
空中で全身を捻って、全身のバネを使って、右の拳に全ての力を込めてやる……!
狙うはド頭、脳天。食らえば必ず殺せる場所。テメェの賢い知能を砕いてやる場所!
勇者シエルの怪力、武闘家の技術、そしてオレの怒り!
全部乗せだ。受け取れ!
──ドゴオオオオオンッ!!
*
「……これ大丈夫か!?」
いや待て、とりあえず状況整理だ。
とりあえずあのクソ鳥はなんとかぶん殴れたとは思う。オレが拳を振り抜いて、そのまま人のいない廃墟の方へぶっ飛ばし、墜落までしたのを確かにオレは確認した……はずだ。
はずだが……ちょっとズレちまったかもしれねぇ。思ってた手応えじゃなかった。
いつもみたいに地に足つけて腰落とした一撃じゃなかったことと……やっぱりアイツの回避が早すぎたこと。それに位置取りに気を取られて、最適な体勢で拳を撃ちこめなかったのもあるかもしれねェ。
いやいや今はそれどころじゃない。
重要なのは──オレが落っこちてる最中ってこった。
──ビュオオオオオッ!
「あーあ! 結局こうなるのかよ!」
カッコつけて飛び出したはいいが、着地のことなんて考えてなかったツケが回ってきたって訳か。いつもなら周りに水辺があるかどうかとか確認するんだが……そんな暇も無かったしな。
ずっと全身を風がビュンビュン吹き抜けてくるのを感じるし、サラシなんざ風に吹かれて完全に変な位置行っちまってる。もう動き回るつもりねェから別に邪魔なもん締め付ける意味ねェんだけど。
さっきまでの高揚感はどこへやら、今はただ冷たい死の予感が背筋を撫で上げてくるだけだ。もはや逆に冷静になってきたまであるぞ。
地面がぐんぐん迫ってくる。
硬い岩盤が、オレの全身を砕く準備をして待ち構えてるのが見える。
目ェ瞑っちまおうか。いや、最後まで見届けるのが落とし前ってモンか?
長年オレたちを鳥籠に閉じ込めてきた元凶に、一発食らわせてやったんだ。オレの自由を奪い、いつも上から目線で見下してきたあのクソ鳥を上から見下ろしてやれたんだ。少なくとも一矢報いることはできた。
そう考えれば確かに悪くない最期かもしれねェが……いやでもオレは自由になりたかったんだよな。
別にオレ……ボクはこんな終わり方なんかじゃ、まるで満足しな──
──ぼよん
……ん?
……硬くない、痛くねェぞ。むしろ、変な感触の何かに包み込まれて……なんだこれ。
ん? 天国か? 天国ってこんな弾力のあるもんだったか?
「……生きてる?」
……目ェ開けても、特に周りの風景は何も変わってねェ。
いつも通りの廃墟……周りは山に囲まれてて、相変わらず閉塞感のある空の景色。
じゃあ床のこりゃなんだ。巨大な、銀色の何か。
……金属? いや、見た目は金属だが、質感がまるで違うぞ。金属の冷たさじゃなくて、もっと生ぬるくて……なんかよく分からねェ感触。
こりゃ一体……。
『間に合ったみたいだね! 怪我はないかい?』
「……お?」
あれ、エペの声?
「リュト、大丈夫!?」
「急いでエペを丸く膨らませてみたけど……痛くない!?」
お、おお……?
え、じゃあ、この金属みてェなのはエペなのか? アイツは剣だったんじゃ……いや。
『硬度を維持できなさそうだったから──いっそのことクッションとして使っちゃおうってことでね! マージュの魔力のおかげで、サイズだけは維持できたし!』
……!
ああ、なるほどな!
そういや、あと一回は変形できそうつってたし。不調を逆手に取ったって訳か。
それでマージュの魔力を詰め込んだエペを、エスクリが落下地点まで爆速で運んで……それでオレを見事キャッチしたと。
いやすげェな。マジで助かった。
「ありがとうな。テメェらがいなきゃ、今頃オレはミンチだった」
「よかったぁ……! 本当によかった……! ボクの心臓が死ぬかと思ったよ!」
「ぼく自身、キミを打ち出した後になって、どうやって降りて来るんだろうって気づいて……」
お、おお。抱き着かれちまった。
暑苦しい……けど、悪くねェ。生きてるって実感が、二人の体温を通して伝わってくる。
じゃあ、終わったんだな。
あのクソ鳥との因縁も、これでようやく──
『──でも! 喜んでる場合じゃないよ!』
ようやく……。
……フゥ。
よし、聞こうか。オレもこんなすぐ終わるとは思ってなかったぜ。
『あのボス……殴り飛ばされたとも微かに動いてたんだ』
『リュトの攻撃も急所からは微妙に外れてて……』
『墜落はしたけど、死んだかどうかは分からない!』
……あークソ。
じゃ、やっぱりオレの拳は微妙に外れてたってことになっちまうのかよ。薄々そうだとは思っちゃいたが……吹っ飛んでる最中に動きを見せてたっつーことはそういうことだよな。
墜落までしたんだ。追加のダメージは入ってるだろうが……それがあのクソ鳥が死んでるかどうかって確証にはならねェ。オレたちへの追跡を一旦諦め、体力を回復するために人間を捕食しようと街の方に逃げようとする可能性だってある。
これで街に被害が出たら堪ったもんじゃない。あの巨体が乗りこんだら住民はどうしようもないし……しかも手負いの獣だ。何をするか分からないって危険性もある。
オレたちが原因で始まった勝負で、オレたちが仕留め損なったせいで、街が火の海になる? そんなこと、いくらオレでも──元勇者シエルとして受け入れる訳にはいかない!
「リュト……動ける?」
「最悪、ぼくたちだけでも止めに行くけど……」
『待って。僕だけ休んでいい? 口は無いけどなんか吐きそう』
「まさか! ……さァ、さっさと行くぞ!」
『えっちょっ』
体のあちこちが痛むけど、そんなの気にしてる場合じゃねェ。
エスクリとマージュも、顔色を変えてついてくる。
目指すはボスの墜落地点。土煙が上がってるあの山裾だ。
頼む、死んでてくれ。
これ以上、オレたちに絶望を見せないでくれ。
息が切れるし、足が重てェけど……でも止まれない。
もしあいつが生きてたら、今度こそ確実に息の根を止めてやる。
今度こそ、オレの命と引き換えにしてでも……。
「……あぁ、そういう理由でこのボスが空から落ちてきたのか」
「いや、手柄を横取りする気は無かった。そこは信じてくれ」
「ただ、目の前に手負いの魔物が現れた訳だし、トドメを刺しておくべきかと……え、別にこれで良かったんだよな。倒しちゃダメだったとか無いよな」
えぇ……。
いざ現場に着いたと思ったら──ヴィクがあのクソ鳥の息の根止めてんだけど……。
いやさ、お前もう……なんかこう……。
確かにお前は廃墟のどこかにいたはずだし、地上戦だから全力出せるんだろうけど……。
……まァいいや。
ありがとな、ヴィク。なんか助かったわ。
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