犯人は……この中にいる!
トロワジーに滞在して三日目。
……ヴィクくんと一旦別れて二日目。
今日は、とても不思議な一日だった。そして、とても長い一日だった……ような。ペンを動かす手がちょっとだけ重いのは心の中に、まだ消化しきれていない感情が渦巻いているからなのか……。
えっと、まず、街の様子について書いておかないと。
初日はまだよく分からなかったけど……二日目になってからは本当に変化が顕著で、本当に驚いた。この街に来てすぐの時に感じてた、あの冷ややかな空気が──まるで嘘みたいに消え失せていたんだから。
朝、エスクリと一緒に市場へ買い出しに行ったときも。初日は、ぼくたちが通るだけで避けられたり目を逸らされたりしていたのに、今日は違った。
パン屋のおばさんは、「たくさんお食べ」って優しい笑顔で焼きたてのパンを一つ余分に袋に入れてくれた。 宿屋のおじさんも、道行く人も、みんなぼくたちを見ると、どこか優し気な目でこっちを見てくるようになった。「これからよろしくな」「困ったことがあったら言いなよ」って。
最初はとにかく戸惑った。
何か裏があるんじゃないか……なんて疑ったりもしたけど。
彼らは──ぼくたちを気遣ってくれていた。
リュトの言ってた通りだったんだ。
この街の人たちは、「ボスの情報を知らない余所者」に、わざと冷たく接していた。
そして、「真実を知ってしまったぼくたち」に同情の眼差しを向けてくれている……。
多分、ぼくとエスクリが頻繁に空を見上げながら行動してるのを見て、真実を知ったってことを。そして、もう二度とこの街から出られない運命にあることを、町の住民たちは悟ったんだと思う。
だからこその優しさなんだ。「お前たちもこっち側の住人になったんだな」っていう、悲しい連帯感。同じ鳥籠の中に閉じ込められた被害者同士として、せめて仲良く暮らしていこうっていう、切実な思いやり。
現状に対する諦めでしかないけれど……彼らに罪はない。この街にいる以上、あのボスに勝てない限りはどう足掻いても外に出られない。皆ただ必死に、この絶望的な状況の中で生きようとしているだけだ。
このままじゃいけない。
ぼくたちはこの人たちを縛り付けている元凶を、あの空を飛ぶ化け物を、絶対に倒さなきゃいけない。
勇者シエルの転生体として……いや、一人の魔法使いマージュとして。
……なんて、カッコいいことを書いてみたけど、正直に言えば、ちょっと不安。
だって、ヴィクくんがいないから。
住み込みで壁を直しに行くってのは分かってるけど。物資の補給においても、宿で休んでるときでも、隣の場所が空っぽっていうのは、落ち着かないっていうか。こんなにも心細くなるなんて思わなかった。
昼間、エスクリと二人で食事をした時も、会話が弾まなかったし、ずっとソワソワしてた。宿でもエペの手入れをしながら、何度も窓の外を見ていたのをぼくは知ってる。
きっと、ぼくと同じことを考えていたんだと思う。
今頃、向こうはどうなっているんだろうって。
「ヴィク……ちゃんと野菜食べてるかな……」
『心配なのはそこなのか』
廃墟での作業。大変なことになっていないだろうか。
リュトは……まぁ、変なことしないと思う。ぼくと違ってちゃんと自立してそうだったし、あんまりヴィクくんを意識してる様子も……なかったと思う、けど……。
ああもう、ダメだ。考え出すと止まらない。
結局、今日は一日中、そんなことばかり考えて過ごしてしまった。
これじゃあ、戦う前に自分がダメになってしまう。やっぱり、同じパーティーメンバーなのに離れ離れっていうのは、良くない。精神衛生上、非常に良くない。
夕食の後に、エスクリと話し合った。お互いに言葉少なだったけど、結論はすぐに一致した。
もう、待っているだけなんて無理だ。行動を起こすべきだという意見で異論はなし。
以上、本日の記録終了。
よし、明日は忙しいぞ……!
「……で、荷物持ってウチ来たと」
「……」
「……」
「残念ながら今アイツは資材集めに行ってていねェぞ」
「……!?」
「……!?」
「んな顔しなくても……愛されてんだなァ、アイツ」
*
「ま、ちょうどいいじゃねェか──作戦会議をしたいと思ってたんだ。付き合えよ」
……へ?
「で、時間がたっぷりあるとはいえ、ずっとここにいる訳にはいかねェ。問題はあのクソ鳥をどう攻略するかなんだが……」
……いやまぁそうか。
ぼくたちはいずれ、ここのボス倒さないといけないんだから……メンバーが集まればこうやって作戦会議するのはおかしなことじゃないか。
ヴィクくんに会えなかったことは拍子抜けって言うか、ぶっちゃけ残念だし寂しいけど。
資材集めってリュトも言ってたし、多分すぐ戻ってくるよね。それまでぼくたちは、どうやってボスを倒すか考えておく方が良いかも。
……ヴィクくんがいないなら、自分のファンのフリする必要も無いし。
ああ、なんであんな面倒なこと言っちゃったんだ。今思ってもあれは悪手だった……。
『スピードならエスクリだよね。昔のシエルと遜色無い速度が出せると思うけど』
「そうだな。エスクリなら追いつけるかもしれねェ。だが……」
「……あの高さまで攻撃する手段が無いよね。前みたいにエペを巨大化させれば可能性はあるけど……」
『無理だと思うなぁ。今度あれだけの魔力を流し込まれてもまともに変形できる自信がない』
……う~ん、難しい問題だよね。
確かにスピードタイプのエスクリなら、あのボスに追いつくことも逃げ切ることもできるだろうけど……剣士の彼女じゃ射程が足りない。
不調のエペをまた百メートル規模で巨大化させる訳にもいかないし、もしするにしても今のエペにそれができるかどうか。そもそも、前とは違って的が大きくないから……巨大化したところで当てられるかどうか分からないし。
『リュトはどう? 君ほどのパワーがあれば、ジャンプで届いたりしない?』
「それなら試したことあるぜ。一応アイツがいる高さまでは届く」
あるんだ。
ジャンプで届くかどうか試したんだ。
それで届くんだ。
へぇ。
「ただなァ……そこまでジャンプしてもアイツは距離取ってくるからよ」
「あーそっか。キミは警戒されてるし、空中で距離取られちゃうのか」
「そ。接近戦闘職の辛いとこだよな。遠距離攻撃ができねェし」
……そうか、剣士とか、格闘家ならそうなのか。
確かにね、ぼくは魔法使いだから視界に映る範囲ぐらいならどこにでも火を出せるけど……物理的に接触が必要な相手には分が悪いか。
ジャンプするだけであのボスの高さまで飛び上がれるってのは俄かに信じがたいけど……相手が鳥なら距離取ればいいだけだもんね。自分自身も空中で移動できる訳じゃないし、そうやって逃げられたら手が無いんだ。
『ちなみにヴィクは瞬間的な最高速度ならエスクリを超えられるし、平気で武器を投げるから遠距離攻撃もできるよ』
「バケモンじゃねェか。アイツ、オレよりパワーあるんだぞ」
う~ん、すっごい。
改めて聞いても思うけど……リュトの言う通り、彼じゃなきゃ化け物でしかないスペックだなぁ。その気になればエスクリにだって追いつけるし、リュトよりも力があるだなんて。
暗いところが怖いって弱点が無かったら今頃世界中のボスを狩りつくしてたのかも。
……というかエペも饒舌だね。
ホントに不調なの? 割と元気だったりしない?
「というか、遠距離攻撃なら──マージュがいるじゃん!」
「へ、え、ぼく?」
あ、しまった。
さっきから考えるのに夢中で会議に何も参加できてなかった。
「そういやそうだな。魔法使いなら遠く離れた場所にも攻撃できるよな」
「それは、そうだよ。割と当たり前だと思うけど……」
「いや、オレ魔法の記憶全然残ってないから。思いつかなかった」
「ボクも正直全然残ってないよ。マージュが仲間になって初めて思い出したまであるし」
「うぅん……ギャップを感じるなぁ」
……いや、ギャップっていうか、二人が忘れてただけなんだけど。
でも、期待されてる視線が痛い。エスクリもリュトも、「どうだ? いけるか?」みたいな期待のこもった目でこっち見てきてるけど……。
「どうだろう。マージュなら、あいつに当てられる?」
「炎の壁も精度良かったし……結局のとこ魔法ってのはどうなんだ?」
「………………いやぁ。無理じゃない、かな」
……魔法の知識がほとんど残ってない二人だから仕方ないけど、簡単に言われてもね?
相手は実質的に空飛ぶ要塞みたいなものなんだ。しかも超高速で移動する、意思を持った生き物。
「確かに火魔法は遠くまで届くよ。でも、発動まで時間がかかりすぎるし、いくら精度が良くても……あてられるかはちょっと怪しいと思う」
「そっかぁ……」
「なら、仕方ねェなァ……」
そもそも身体能力がバチバチに鍛えられ上げてる二人と違って、あんな速い相手、ぼくは目で追うのだけでも精一杯なんだよ。ぼくの動体視力は一般魔法使いと変わらないんだから。偏差射撃しようにも、魔法専門のぼくじゃ相手がどう動くか読めないし。
だけど……。
「だけど……とりあえず、一回試してみる?」
「……いいのか?」
「うん、まあ。当てはせずに、補足できるかどうかだけだけど」
そうだ、何もしないってのは確かに良くない。
今は狙われてないからいいとは言え、リュトの言う通り、ずっとこのままトロワジーの中に閉じこもってる訳にはいかないし。ある程度のリスクを把握したうえで、ちょっと一歩踏み出してみる価値もあるかもしれない……よね?
『そうだね。机の上で考えてても、分からないし』
「だね。当たらないとか、届かないとか……今のところ全部、予想でしかないから」
「違いねェ。無理そうなら止めとけば良い話だからな」
「だ、だよね……! よし!」
とりあえず、屋上行っちゃおう。実際にやってみたことで、そこから劇的な作戦を思いつくかもしれないし……何も試さないってよりは良いだろうから。
ヴィクくんはいないけど、帰って来た彼に、何か一つでもいいお土産を作ってあげたいからね。
*
『……なんか、近くない?』
「そう……だね。ボクでもジャンプで届きそうなくらい……」
う、うん……うん?
変だな。なんか、ボスが──すごく低空飛行してる……。
ちょっと近い、近すぎるよ。
いつもは小鳥みたいに小さく見えるあの影が、今はちゃんと巨大な一つの生き物として──目を凝らせば羽一枚一枚の質感まで分かるくらい……近くを飛んでるんだけど。
「……マズいなこりゃ。実験は中止だ」
え……?
ちゅ、中止?
いや確かに異常な状態だけど……えっ、あれそんなに異常事態なの?
いつもよりリュトの声も低いし、なんだか不安になってきたんだけど……。
「あの低空飛行は──獲物を狩る時にするヤツだ」
!?
「えっ、獲物!?」
『じゃあ、あれは……今から誰かを攻撃しようとしてるってこと?』
「そういうこった」
え、マジなの?
ちょっと実験しようと屋上に出ただけなのに──まさに今狩りの現場に鉢合わせちゃったってこと?
ま、待って。そんな急に言われても。
というか、ボスの狩りって……対象は人間じゃないか!
「こうなるときの理由は基本的に三つだ。一つ目は『街から逃げようとしてる奴を見つけた時』……ただ、これはねェと思う」
え、えっと。整理させてね。
ボスが攻撃をしようとするパターンその一……「街から逃げようとしてるヤツがいる」。
これは分かる。確かに分かる。
ボスは情報を徹底的に秘匿して、「餌が入ってくる街の構造」を守ろうとしてるから、真実を知ったうえで街から逃げようとしてる人がいるなら真っ先に攻撃しに行くはずだ。
で、街の人は皆それが分かってるからそんな真似しないし、街に新入りがやってきたらすぐ噂になって広まるから……今逃げようとしてる人がいるってことは無いと思う。
「二つ目は『攻撃を仕掛けようとしてる奴を見つけた時』……だが多分、これも違う」
……ボスが攻撃をしようとするパターンその二。
……「攻撃しようとしてるヤツがいる」。
これも当たり前。ボスも無抵抗でやられてはくれない。街の中にしろ、外にしろ、攻撃を受けようものなら反撃するのは至って当然だ。
でもそうだね。まだ誰も何もしてない。
今ちょうどボスを倒そうと行動してる人が街にいる訳がないし。ボクたちもボスに対して敵意を向けてるけど……まだ実際に行動には移してない。エペだって鞘に収まったままだし、ぼくは魔力を練り上げてすらいない。
じゃあ三つ目……。
「残る一つは──『街の中に今すぐ消すべき危険存在を見つけた時』だ」
『……危険存在?』
「あァ、そうだ。アイツは定期的に縄張りの外まで偵察に行ってる。で、他所のボスが攻め込んで来たり、あるいは──『最近、強力なボスを倒したような存在』を探して、そういうヤツに最大限の警戒を払ってる」
「それって……」
……他のボスとの縄張り争いや、自分の王座を脅かしかねない明確な脅威を──問題になる前に取り除こうとする傾向がある……ってこと、だよね。
それも、そうだ。あの巨大ワームが街にやってきたら食い扶持が減るから、きっとあのボスは抵抗する。国討伐軍とかがやって来ても、自分の地位を死守するために先制攻撃を仕掛けようとするだろうけど。
けど……。
「あり得るのは三……か? 雑魚のボス程度じゃ反応しねェし、山の近くの地域にとんでもなく強いボスがいて、そいつが攻め込んで来てる? それとも、そのボスを倒したヤツが近くにいるってことか……」
「最近……」
『強力なボスを……』
「倒した存在……」
「そうだ………………三人とも、どうした?」
……マズイ。
エスクリも冷や汗をかいてるし、エペもなんか変に縮こまってる。
だって、凄まじく心当たりがある。その犯人をぼくたちは知っている気がする。
心臓が変な音を立てて、喉の奥まで嫌な予感が競り上がってくるような気分がさっきから止まらない……。
だって、ぼくたち、つい最近、そんなことがあった気がする。
土煙の中で暴れる化け物。ヴィクくんの指示で飛び込んだ体内。
そして、ぼくの魔力と、エスクリの剣技と、エペの能力と、ヴィクくんの作戦が一つになって……あの巨大な脳髄を貫いた感触。
……なんだか耳鳴りがしてきた。
心なしか、あのボスもこっちを向いてる気がする。
「……あのワームって強かったよね?」
「うん……ドゥジェームはあのワームのせいで何十年も苦労して来た訳だし……」
『間違いなく、所謂、強力な個体だった。この街のボスが警戒するレベルの』
「おい? お前ら、さっきから何の話してる? まさかだが、まさかだよな?」
リュトの焦ったような声が聞こえて来るけど……正直それどころじゃない。
というか、やっぱりそれしか考えられない。否定したいけど、否定できない。どうしようもないぐらいに事実は変えられない。
ぼくたちは、巨大ワームを倒して、意気揚々とこの街に来た。
それが、まさかこんな最悪の形で裏目に出るなんて。
……現実逃避しよう。
よかった、ボスに狙われている可哀想な一般人はいなかったんだね。
あーよかった。
あー……あー……!
「なァ、ボスがこっち向いてるんだが」
「えっとだね、リュト……」
「なァ、ボスがめちゃくちゃ力溜めてんだが」
『すごく言いにくいことなんだけど……』
「なァ、あれって『羽の雨』の構えなんだが」
「というかもう察してると思うけど……」
こっちを睨むボスの目。
鋼鉄のような硬度でガチガチ鳴る羽。
音が出そうなくらい引き締められた翼。
周囲には誰もいない。
犯人は──ここにしかいない。
答えは……一つ。
非常に認めたくないけれど……事実。
最初から、あのボスの狙いは……。
「……に、逃げろおおおおぉっ!!」
……ぼくたちそのものだったんだ!
──スガガガガガガガガガ!!
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